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片想い探偵 追掛日菜子 |#3| 辻堂 ゆめ

午後九時四十分。

大きなサングラスをかけて真っ赤な口紅を塗った日菜子は、お洒落な居酒屋の店内でちびちびとオレンジジュースを飲んでいた。年齢確認をされないように変装グッズを持ってきたのは正解だった。案内される前にカツカツと歩いていって席に座ってしまった日菜子のことを、兄と同じくらいの歳に見える店員がしばらくのあいだ不思議そうな目で見つめていたけれど、すぐにドリンクメニューを持ってきてくれた。なんとか怪しまれずに済んだらしい。

カラン、と音がして、入り口のガラス戸が開いた。

日菜子はそっと顔を上げ、横目で入り口の様子を窺った。はっと息を呑み、慌てて口元を押さえる。

そこには、たいそう豪華なメンバーが顔を揃えていた。

元エース・銀杏拓哉役の、一ノ宮潤。

一年生部員・朝顔陽介(あさがおようすけ)役の、赤羽創。

部長・桜雅之役の、草野京太郎。

そして──主人公・紅葉裕太役の、須田優也。

それぞれマスクをしたり眼鏡をかけたりと多少の変装はしていたものの、さっきまで舞台を見ていた日菜子にとって判別の障害になるものではなかった。彼ら四人はこちらに近づいてきて、日菜子が陣取っている席の隣のテーブルへと合流した。既に一時間半飲んでいてできあがっている大平昴ら三名に四人が加わり、七名での宴会が始まった。

日菜子は感激に浸りながら、舞台メイクを落として素の状態になった須田優也の姿をじっと見つめた。サングラスには、視線をうやむやにするという機能もある。すぐそばにいる推しを横目で凝視していても、顔の向きさえ気をつけていれば、ほぼバレることはないのだった。

「草野さんまで来てくれたんですか。ホント、お疲れ様です」

大平昴ら三名がペコペコと頭を下げる。やはり、人気俳優の草野京太郎はこの中でも別格らしい。それなのに個室でもない居酒屋で飲んでいて大丈夫なのだろうかと気になるけれど、彼らと日菜子以外に三組いる客は全員男女のカップルで、それぞれの話に夢中の様子だった。ここまで追いかけてきたファンは、さすがに日菜子しかいないようだ。

草野京太郎と一ノ宮潤は生ビールを頼み、須田優也と赤羽創はウーロン茶を注文した。

「あれ、赤羽はまだ未成年か」

「そうです」

「須田はもう二十歳じゃなかったっけ」

草野が首を傾げると、優也は「そうなんですけど、明日も公演なんで」と控えめな声で言った。「偉いなあ。草野さんと俺は飲んでるのに」と一ノ宮が優也の背中を叩く。

──あっ、忘れてた。

須田優也の肉声を聞いて、日菜子は慌ててテーブルの上のレコーダーへと手を伸ばした。録音ボタンを押し、彼らからは見えないように上手くメニューをかぶせて隠す。

去年の誕生日に、両親に買ってもらった高性能のレコーダーだった。雑音が多い場所でも、聞き取りたい音の方向に先端を向けておけば、きちんと目的の音だけを拾ってくれる優れものだ。「英語の授業でネイティブの先生が来たときに録音したいから」という理由で買ってもらったのだけれど、兄は「絶対違うって。非合法な使い方をするやつだって!」と最後まで強硬に反対していた。

まったく失礼な話だ。優也くんの声を録音してどこかに載せたり売ったりするわけではなく、個人での鑑賞用にするだけなのだから、法律違反にはならないだろう。

──まあ、たぶん、グレーゾーンだけど。

七名で乾杯をしてから、彼らは和気藹々と談笑し始めた。

「今回の舞台って、いつ頃から草野さんの出演が決まってたんですか? キャスト発表されたとき、けっこうびっくりしましたよ」

大平昴が問いかける。草野は「去年の十一月くらいかな」と天井を見上げながら言った。

「好きな漫画だったから、すぐにOKを出したんだ。小松原(こまつばら)さんから直接打診が来てさ。勝手に承諾しちゃったから、マネージャーには後で怒られたけどね」

「へえ! 確かに、草野さんって、小松原さんと仲良いですもんね」

小松原というのは、おそらく演出家のことだろう。こういう裏話が聞けるのも、追っかけ行為の旨味の一つだ。

「にしても、今回のキャスト発表、ずいぶんと延期されましたよね」

赤羽創がウーロン茶のグラスを持ち上げながら言った。

「公演が三月からなのに、発表が年明けになってからで、チケット販売開始がその一週間後からって。びっくりしましたよ。何があったんですかね」

「ギリギリだったもんね」優也が同意して、腕を組んだ。「稽古も、結局本格的に始まったのは一月中旬からだったし、大変だったなあ」

「それ、俺が無理言ったからかも」

赤羽と優也の会話を聞いた草野が、ぼそりと呟いた。「え、そうなんですか?」と一ノ宮が問いかけると、「ちょっと、いろいろとね」と草野は意味ありげな口調で言った。「条件で揉めたりしたんすか」と一ノ宮がさらに尋ねたが、草野は笑うだけで、答えようとはしなかった。

「そういや、君たちにはいつ依頼があったの? 小松原さんがどのタイミングで俺に声かけたのか、いまいちよく分かってないんだよね。あの時点で、構想もキャストもだいぶ固まってたのかな?」

「俺は──」一ノ宮が顎に手を当てる。「十二月の頭くらいですかね」

「僕は本当にギリギリで、年末くらいでした」

優也がそう言うと、「俺もそれくらいですかね」と赤羽が頷いた。

「ってことは、桜部長役の俺を押さえてから、他を決めていったんだな。小松原さんも、有能な人だけど、スケジュール立ては下手だな」草野が大口を開けて笑う。「ま、あの人の演出能力は心から信頼してるけどな」

「すごい人っすよね。小松原さんと仕事するのは初めてなんで、俺、嬉しくって」

一ノ宮の言葉に、「初めて? まじで?」と草野が反応した。

「はい。須田と赤羽もだよな?」

そうです、と優也と赤羽がそれぞれ頷くと、草野が「意外だなあ。みんな今回が初めてなんだ」と椅子の背にもたれかかった。

「小松原さんは、最高の演出家だよ。能力も、人格も。俺、あの人には一生ついていこうと思ってる」

「本当にいい人ですよね。今回誘ってもらうまでは雲の上の人だとばかり思ってたんですけど、俺みたいな新人にも何かと優しくしてくれて」

赤羽が嬉しそうに言った。

「俺、見に行きたかった舞台のチケットを小松原さんからもらったんですよ。一ノ宮さんの主演舞台を見に行きたいけど金がないってぼやいてたら、まさかのまさか、コネ使って用意してくれて」

「俺の主演舞台? というと」

「『青春ゴール』です」

「あれ? ホントに?」一ノ宮が腕を組み、首を傾げた。

「めちゃくちゃかっこよかったです。俺、あの舞台を見て、一ノ宮さんに惚れちゃって。なんてまっすぐな演技をする役者なんだろう、って。試合のシーンとか、本物のゲームを見てるみたいで、心から見習いたいと思いました」

「そっか。赤羽が見に来てくれたなんて知らなかったな。そんなに褒められると照れるぜ」

少し顔が赤くなってきた一ノ宮が、美味しそうに生ビールを一口飲み、「ありがとな」と恥ずかしそうに言った。「でも──」ともごもごと口の中で何かを呟いてから、「まあいいや」と顔を上げる。

「ちょっと俺トイレ行ってくるわ」

一ノ宮がそのまま立ち上がり、日菜子のすぐそばをすり抜けて店の奥へと歩いていった。ふわりと微香がした。いい匂いの香水だ。一ノ宮を追いかけていた頃の日菜子だったら、この場で卒倒していたかもしれない。

「そういや須田、小松原さんとキャンプ行ったとか言ってなかったっけ」

大平昴が優也に問いかけた。「ああ、そうだよ」と優也が頷く。

「小松原さんも僕も、趣味がアウトドア系でさ。だから、キャンプ用品や釣り具のことで話が合って」

──そうなんだ!

日菜子はサングラスの下で目をきらめかせた。一見インドア派に見える須田優也の趣味が、キャンプや釣り。そんな情報は、ネット上のどこにも落ちていない。

「ちょうど昨日も、いろいろ情報交換してたんだ。小松原さん愛用のキャンピングカーとか、冬でも絶対に寒くないシュラフとか」

優也はスマートフォンを取り出し、写真を見せながら説明した。男子たるもの皆ある程度は興味があるのか、「この車いいな」「ダウンの寝袋か、そりゃあったかいだろうな」などとコメントしている。

「あと、おすすめのアウトドアナイフも教えてもらったよ。この間の休みに買いに行ったんだけど、いざ手に入れたらテンションが上がっちゃって。それからずっと鞄の中に入れっぱなし」

「ナイフ持ち歩いてんの? 危ねえ奴だな」草野が冗談めいた口調で言った。「アウトドアナイフって、何に使うんだ?」

「木を切ったり、加工したり、あとは食材を捌いたり──何にでも使えますよ」

へへ、と須田が恥ずかしそうに笑い、その表情が日菜子の胸を打った。

一ノ宮潤が戻ってきて、「何の話?」と会話に混ざった。入れ違いに、「俺もトイレ」と赤羽創が立ち上がり、テーブルから離れていった。

「須田の趣味がキャンプ? 専用のナイフも買った? 何それ、イメージと全然違うんだけど」

帰ってきた一ノ宮が、話の経緯を聞いて驚いた顔をした。

「アウトドアナイフって、折りたたみ式のやつ?」

「ああ、それはフォールディングナイフですね。確かにそれが持ち歩きやすいし一般的なんですけど、僕が買ったのは違うんです。シースナイフって言って、刃の部分を専用の鞘に入れて持ち運ぶタイプで」

「へえ、かっこよ。見せてよ」

一ノ宮に言われ、優也は椅子の背にかけていたリュックを取って膝の上に置き、その外ポケットから黒い鞘に入ったアウトドアナイフを取り出した。刃をちらっとだけ見せて、すぐに中にしまい込む。「こんなところで出したら不審者扱いされますから。人に見せるのも初めてなんですよ」と弁解する優也は、日菜子の目から見ても可愛らしかった。

トイレから赤羽が戻ってきてからは、もっぱら明日に控えている千秋楽の話題になった。「千秋楽だけカーテンコールの台詞が違うから、間違えないようにしなきゃ」と一ノ宮がぼやくと、赤羽が「いいなあ。脇役だから、どちらにしろカーテンコールは台詞がないや」と肩を落とす。「ま、下積み期間も後から考えればいい思い出さ」と、そんな赤羽に対してベテランの草野が声をかけた。

ひとしきり盛り上がった後、午後十一時になる前に、彼らの短い宴会はお開きになった。「明日も頑張ろうな」「おう!」という頼もしい声とともに、俳優陣がぞろぞろと店を出ていく。

日菜子もテーブルの上のレコーダーを回収し、ショルダーバッグに入れた。オレンジジュース一杯分の会計を済ませ、急いで店を出る。遠くに須田優也らの背中を見つけ、追いかけようと早足で歩きだした直後、バッグの中でスマートフォンが鳴っているのに気がついた。

バッグを開け、スマートフォンを取り出す。画面に表示されていたのは『お兄ちゃん』という気の抜けた五文字だった。

「もしもし?」

スマートフォンを耳に当てるやいなや、「今どこ?」という兄の尖(とが)った声が耳に飛び込んできた。

「ええっと……これから電車」

「これからぁ? お前、本気で補導されるぞ」

兄が長いため息をついたのが、電話越しにも分かった。

「日菜の帰りが遅そうだから駅まで迎えに行ってくれって、お母さんに言われちゃってさ。だから着く時間が分かったら教えること。十一時半くらい?」

「え。それは、その」

「……まさか、須田優也とやらのストーカーをしてるんじゃないだろうな」

「し、してないよ!」

「だったら早く帰ってきてくれ。俺はもう眠たいんだ。あー、早く寝たい。死ぬほど眠い。布団が俺を呼んでる」

そんなことを言いつつ、毎回きちんと最寄り駅まで妹を迎えに来てくれる兄は、心根の優しい人間なのだと思う。たぶん、だけど。

「しょうがないなぁ。帰ることにするよ。明日もあるしね」

「あ、お前やっぱり終電まで粘るつもりだっただろ」

「そんなこと言ってないよぉ」

兄との電話を切り、駅へと向かった。須田優也の姿も、他の俳優たちの姿も、もうどこにも見えなくなっていた。

翌朝も、朝四時半に起きた。

もぞもぞとベッドから起き出し、大きく伸びをして、パジャマを脱ぎ始める。今日の服は、暗い会場の中でもきちんと舞台から見えるように、白を基調としたコーディネートだ。真っ白なワンピースを頭からかぶり、デニムのブルゾンを羽織ってから、部屋の真ん中にあるアコーディオンカーテンを勢いよく開ける。

部屋の反対側にあるベッドでは、兄がすうすうと寝息を立てていた。片脚が布団から突き出していて、両腕は万歳をするような形で頭上に投げ出されている。

その兄のすぐ横の壁から、十数人もの須田優也がにっこりとこちらに向かって微笑みかけていた。

部屋中の須田優也に見守られながら、セミロングの髪を梳かし、鏡を取り出してきてメイクを始めた。昨日は大人っぽい緑色のアイシャドウを使ってみたけれど、今日は居酒屋に潜入する必要もなさそうだから、可愛らしいピンク系の色にしてみる。瞼には入念にラメをのせ、睫毛も丁寧にカーラーで巻いた。チークも、昨日みたいに大人っぽく横長に伸ばすのではなく、頬骨の上に丸くのせてみる。

あらかた準備が終わったのは、午前六時を過ぎる頃だった。椅子の背にかけてあったショルダーバッグをつかんで急いで部屋を出ようとすると、「朝からうるさいなあ」と部屋の反対側から眠そうな声がかかった。兄がベッドの上に起き上がって、眼鏡をかけているところだった。

「あ、ねえねえお兄ちゃん」

「何?」

「今日の服、どうかな? 優也くんに気に入ってもらえると思う?」

眠そうに目をこすっていた兄が、「ん?」と顔を上げる。そして、はっとした表情のまま、数秒間硬直した。

「どうしたの? どこか変?」

「あ、いや」兄が歯切れの悪い返答をして、そっぽを向く。「お前さ、いつもそれくらい化粧とか服に気を使えば──なんていうか、いい感じなのにな」

「いい感じって?」

「女子としての平均値を、わりと、というか、けっこう、まあ、超えているだろう……いや、超えているのかもしれない……ってこと」

「えー、そう? 優也くんが目を留めてくれたらいいなぁ」

素直にはしゃぐと、お決まりの長いため息が返ってきた。

「どうしてお前は、自分の好きなアイドルに会いに行くときしかお洒落をしないんだ」

「アイドルじゃないよ。舞台俳優」

「どっちでもいいよ」

「化粧なんて、いつもいつもできないもん。きちんとやるのは、特別な日だけ」

はいはい、と兄はやけっぱちな返事をして、ごろりとベッドに寝転がってしまった。やっぱり、まだ眠いらしい。

「じゃ、行ってくるね!」

日菜子は兄の十倍くらい元気な声を出し、軽い足取りで部屋を出た。

午前七時からヘアセット。午前八時直前に、関係者入り口到着。十五分ほど待って、入り待ちをしているファンとともに須田優也のお見送り。

事は昨日とまったく同じスケジュールで進んだ。そして、開場時刻ぴったりに、日菜子は再び、舞台『白球王子』の公演会場へと足を踏み入れた。

今日の席は、最前列ど真ん中だった。少し左側に寄っていた昨日よりもいい席だ。昨日は終演後の尾行のことで頭がいっぱいだったけれど、今日はもう少し集中して観劇に臨むことにする。開演までの一時間は、昨日の公演を振り返る時間に充てた。

午後六時──ゆっくりと会場の照明が落とされ、ステージの幕がするすると開いた。

須田優也が、野球帽をかぶり、真っ白なユニフォームを身に着けて、ステージの上へと走り出てくる。舞台は、須田優也の投球練習のシーンから始まった。見えないボールを真剣な目をして投げ続ける優也は、昨夜居酒屋ではにかみながら趣味の話をしていた二十歳の男性とはまったく違って見えた。日菜子の目に映っているのは、間違いなく、鳴り物入りで高校野球部に入ってきたばかりの十五歳の少年だった。

「この野球部を、乗っ取る覚悟でやれ」

三年生の部長が一年生の主人公に告げる。漫画原作の名台詞は、舞台でも健在だった。草野京太郎は、時に温かく、時に厳しい目をしながら、まだ幼いところもある主人公を様々な場面で支えていく。

その絆に割って入ろうとするのが、一ノ宮潤だ。今までは俺が絶対的なエースだったのに、という悔しさ。チームが勝ち上がるために顧問が一年生をマウンドに立たせる決断をしたときの、誰にもぶつけられない想い。一見、主人公を苛め抜く悪役のように描かれているが、元エースのやりきれない気持ちは、観客にも痛いほど伝わってくる。

先輩たちからのプレッシャーを受け止めて頑張りすぎる須田優也を、赤羽創ら他の一年生が癒す。ストーリー自体はシリアスだけれど、観客を笑わせるような台詞も、こういう脇役のキャラクターがしっかりと言ってくれる。

そして、また、あの感涙必至のシーンがやってきた。

「俺の三年間をどうしてくれるんだよ!」

一ノ宮潤が、観客が震えあがるほどの剣幕で吠え、優也に躍りかかる。一ノ宮潤の手には、ナイフが握られている。優也は必死で一ノ宮の攻撃を避けながら、右腕をかばい、左手でナイフを叩き落とそうとする。

揉み合っている二人が、一瞬、舞台袖へと消える。

直後、一ノ宮がステージに飛び出してきた。それを追うように、ナイフを手にした優也が現れる。

「俺の野球人生だってまだ終わりじゃない!」

渾身の力で叫び、頭に血が上った優也がナイフを振り下ろそうとする。

「やめろ!」

ステージの反対側から全速力で駆けてきた草野京太郎が、優也と一ノ宮の間に割って入った。しかし、ナイフを持つ優也の右腕は止まらなかった。ナイフはそのままの勢いで、ずっぽりと、草野の脇腹に突き刺さった。

草野が絶叫し、大きな音を立てて倒れた。昨日よりも、迫力が増していた。

優也がはっと我に返り、草野に駆け寄る。

──部長! 部長!

日菜子の脳内で、先に台詞が再生される。昨日のシーンと、微妙に間合いが違う今日のシーンが重なり合う。

優也が倒れた部長にすがりついて後悔の言葉を叫び続けるという、昨日日菜子の涙腺が決壊したシーンまで、あと少し──の、はずだった。

優也はそれ以上叫ばなかった。床に倒れ伏した草野を呆然と見下ろし、「えっ」と小さく声を漏らす。そして、彼は、手元に残ったナイフへと視線を落とした。

その刃先には、べったりと、赤い液体がついていた。

ステージの上では、草野京太郎が、腹を押さえてもがき苦しんでいた。白いユニフォームが、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。

ようやく──観客席から、悲鳴が上がった。

◇ ◇ ◇

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