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小林聡美さんの悲喜こもごも「岩盤ヨガ」体験記 #4 聡乃学習

主演をつとめた『かもめ食堂』をはじめ、数々の映画・テレビドラマで活躍中の女優、小林聡美さん。1月からはドラマ「ペンションメッツア」(wowow)に主演しています。『聡乃学習』は、小林さんががていねいに、かつ軽やかにひとりの日常を送る様子をつづったエッセイ集。くすっと笑えて、そして読後、すがすがしい気持ちになれる本書から、一部を抜粋してお届けします。

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「初老の伸び縮み」後編

ヨガ自体久しぶりなのと、さらに岩盤浴の経験もない私は、適当なTシャツとタイパンツで、体験レッスンに参加してみた。

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なるほど、スタジオの中は相当ムンムンしており、タオルを敷いた上にうつ伏せになって目をとじ、“無”となって腹を温めている人たちがすでに何人もいた。照明は薄暗く皆うつ伏せなので、どのくらいの年齢層なのかは把握することができなかったが、揃ってピタっとしたタンクトップにこれまたピタピタのタイツのようなパンツのようなものをはいており、Tシャツにタイパンツ、といった緩いいでたちの私は明らかに新参モノ感がにじみ出ていた

入室してきたインストラクターは二十代の女性。これまた健康的にピタピタである。このクラスは初心者クラスで、簡単なストレッチ的なヨガのポーズからなるものであった。岩盤に敷いたタオルの上に座って、ゆっくりと前屈したり、のけぞったり、ねじったりしては、腹から息を絞り出す。面白いほどに汗が出る。しかし、汗が出るのは面白いが、己の体のなんたる固いことよ。「こ、こんなはずでは」と、ポーズのたびに啞然とした。

周りのひとたちもそれぞれで、柔らかいひとあり、固いひとありであったが、ひとつ気づいたのは、私はこのクラスの中ではかなり高齢だ、ということであった。十人ほどの参加者のうち三十代、四十代が七割強である。Tシャツにタイパンツで体の固い五十代。完全に独特の世界観を醸し出していた。なるほど、ヨガというもの、本来はおそらく老若男女が取り組めるものであろうが、岩盤ヨガ、となるとやはり、女子感がやんわり漂う。

確かに岩盤の熱で、室内は軽いサウナのような状態の中、高血圧、心臓疾患などの心配の濃い世代は敬遠しなくてはならない運動といえる。そういう私もここ数年人間ドックもしてないし、もしかしたら無謀なチャレンジだったかもしれない。しかし、なんとか初回体験レッスンは運ばれることなく終え、人生で初めてくらいの大量の汗をかいた。その日は一日、プールで泳いだ後のような、心地よいほてり感が続いていた。

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それにしても固い。あっちもこっちも固すぎる。岩盤ヨガ体験レッスンによって、現在の体の固さを如実に目の当たりにし、これは週に一回の岩盤ヨガだけで解決する問題ではない、と、私は家でもストレッチをしようと決心した。しかし、これがまずかった。

お風呂上がりに岩盤ヨガでまったくびくともしなかった体勢をおさらいしてみる。それは、正座をして、膝をつけたまま膝下を扇状に開いて座り、そのまま後ろに倒れる、というやつ。若い頃は難なくできたはずなのに、いつからできなくなったのだろう。扇状に開いて座るところまではできた。そこから後ろへ倒れる。太ももの前側とか、お腹とかがビーンと伸びる、はずだった。

むむ。ぐぐっ。んがっ。ともがいていると、膝が「ぱきっ」と鳴った。あらあ? なんか筋違った? ててててっ、とその窮屈な体勢を緩めたけれど、膝の違和感は残り、翌朝、それは見事に痛みとなって私の膝に張り付いていた。これは明らかに怪我といっていいレベルの痛みである。曲げ伸ばして痛い。歩いて痛い。えーん。これではもはやストレッチどころの騒ぎではない。

病院へ行ってレントゲンを撮ってもらい、診断された結果は、「膝の腱の炎症」とのことだった。全治二、三か月。に、にさんかげつ? これから岩盤ヨガで新陳代謝促進と柔軟性を取り戻すはずが、家でのストレッチもどきで、しばらく運動のできない体となってしまったお粗末。これか。こういうことなのか。初老。「今までと同じと思うな五十代」「無理せずにできるところでやめとこう」。標語が次々とできあがる。

それにしても膝の痛いのは辛い。テレビのCMで、やれグルコサミンだやれコンドロイチンだと賑やかなのがわかる気がする。私の場合は怪我だけれど、いずれにせよ、経験して初めて健常な膝のありがたさを実感するし、膝を痛めているひとのいろんな辛さも理解できる。初老はまだまだこれから経験することがたくさんありそうだ

膝の痛みを抱えながらおとなしく暮らしていたら、膝の元気な頃通販で注文していた、岩盤ヨガ用のピタピタのパンツが届いた。このパンツをはいて岩盤の上で汗をかく日はいつのことだろうか。パンツを伸ばしたり縮めたりしながら、そんなまぶしい日を夢見る初老の私であった。

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聡乃学習 小林聡美

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