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世界が称賛する草間彌生に「国民栄誉賞」を与えよ

会田誠をはじめ、数々の著名アーティストを輩出してきた伝説のギャラリー、「ミヅマアートギャラリー」。その主宰者である三潴末雄が、その軌跡をみずから語った著書が『アートにとって価値とは何か』だ。草間彌生、村上隆、奈良美智など、海外からも高く評価されている日本のアートシーン。その礎はどのようにして築かれたのか? アート好きなら必読の本書の一部をご紹介します。

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順風満帆でなかったアート人生

同時代を生きる現役作家たちの中で、最も明白に芸術家らしい過剰さと狂気を感じさせるのが、草間彌生だ。

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57年、狭い日本の画壇を飛び出してアメリカに渡った草間は、60~70年代にかけて、絵画だけでなく、数々のインスタレーションやハプニング的なパフォーマンスを展開した。草間の代名詞とも言える水玉のモチーフは、強迫神経症で幼少期から見てきた幻覚を、苦しみから表現に転じたものだという。

カウンターカルチャー全盛の当時、裸になってのボディアートやペニスを象ったオブジェなどを使った草間の作品は、とてもシャープで天才的な閃きに満ちていた。

その表現スタイルに影響を受けたアーティストは少なくない。のちに草間が世界の有名な作家たちに対して「あなた方のその表現は、わたしが最初にやったことだ」と言及しているように、この時期からすでに草間は非常に先端的な活動を繰り広げていた。

その後、パートナーの死で体調を崩し、73年に帰国。それから20年を経て、93年にヴェネチア・ビエンナーレへの日本代表としての参加を機に、再び活動を活発化する。実に60歳を過ぎてからの活躍で、世界的な再評価を受けた

アメリカに居続けていれば、順当に評価が進んでいたと思うが、いったん日本に戻ったことによって忘れ去られた。そこから草間のアート人生が再スタートしたところに凄味がある。

余談ながら、こうした草間彌生の活動に触発された一人の若者がいた。日本の現代アートの代表的なコレクターである精神科医の高橋龍太郎である。

10代の過剰な青春時代を過ごしていた高橋龍太郎は、米国で孤軍奮闘する草間の姿に深い共感を覚えたと話す。のちに本格的にコレクターとしての活動を始めた高橋は、草間の作品を特に集中的にコレクションしている。

その高橋コレクションが、90年代以降に多くの若い新人アーティストを育てていく役割を果たすのだから、そのきっかけになったという意味でも、草間の偉大さは格別である。

草間彌生の「成功の理由」

草間の再評価のきっかけになったのが、アレキサンドラ・モンローという、のちにアメリカのグッゲンハイム美術館のチーフ・キュレーターになった女性だ。

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国際交流事業で90年代初頭に日本を訪ねた彼女は、横浜美術館での2年間の研修で、具体美術協会やもの派といった日本の美術運動を研究する中で、草間の重要性に気づき、ニューヨークのロバート・ミューラー・ギャラリーに紹介した。それが草間の転機になった。

そしてヴェネチア・ビエンナーレを経て、94年にフジテレビギャラリーで行われた草間の個展に出した作品のほとんどがミューラーに買い取られた。当時の草間の作品は、今では考えられないほど安かったので、そういうことができた。

この作品がグッゲンハイムソーホー分館など、海外の美術館で展示され、世界的な再評価への道が拓けていったのだ。

世界的なアーティストとなった草間は、2011年、パリのポンピドゥー・センターで個展を開催した。さらに続けてロンドンのテート・モダン、ニューヨークのホイットニー美術館など、世界の超一流の美術館で次々と展覧会を開いている。日本の作家で、これほど世界のトップクラスのコンテンポラリー・アートミュージアムで展覧会が開かれた作家はいない

こうした世界での成功には、作品の質だけでなく、それだけの展覧会を展開できる作品数があることも欠かせない条件になる。草間の年齢を感じさせない旺盛な制作能力は、まさに天才的と言うしかない。日本政府はスポーツで活躍した人物だけにではなく、世界レベルで文化的に活躍している草間彌生に国民栄誉賞をあげてほしい

この世界での評価が環流するかたちで、日本でも国立国際美術館で草間の個展が開かれ、来場者は20万人を超えた。さらに14年現在、新宿区に初の個人美術館が開館準備中である。

日本人が世界に通ずるアーティストとして世界に出ていくには、このように国内に居場所がなく海外に飛び出し、欧米マーケットへのルートを持った理解者を得るというかたちでしかない。残念ながら、それが日本の現代アート界の現状だ。

逆に言えば、欧米の研究者や評論家に発掘されさえすれば、忘れ去られたドメスティックなムーブメントであっても、考えられない規模でマーケットの再評価を受けるということが起こりうる。

かつて植民地のもの珍しいプリミティブアートを発掘して欧米に持ち帰り、それを見たピカソらがインスピレーションを受け、新たな表現のアクチュアリティをつくったように、日本の多様なアート表現に、欧米のキュレーターらが興味を持てばブームが起こる可能性もあるのだ。

(2014年刊『アートにとって価値とは何か』より抜粋 )


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