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日本を代表する現代美術家、村上隆は何がスゴいのか

会田誠をはじめ、数々の著名アーティストを輩出してきた伝説のギャラリー、「ミヅマアートギャラリー」。その主宰者である三潴末雄が、その軌跡をみずから語った著書が『アートにとって価値とは何か』だ。草間彌生、村上隆、奈良美智など、海外からも高く評価されている日本のアートシーン。その礎はどのようにして築かれたのか? アート好きなら必読の本書の一部をご紹介します。

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したたかな「戦略」で成功をつかむ

1960年代のカウンターカルチャーの時代に登場した草間彌生が「天然の天才」だったとすれば、草間が再評価される90年代にデビューしたもう一人の世界的アーティストである村上隆は、西洋中心のアートマーケットに対して、したたかな戦略を持って立ち向かった天才である。

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村上の特徴は、自身がアーティストであるだけでなく、まさにキュレーターやギャラリストとしてもたぐいまれな才能を発揮して、世界のアートマーケットに切り込んだ先駆者としての顔を持つことにある。

日本画出身の村上は、日本の伝統的な技法や表現様式に通じていながら、アカデミックな日本の伝統美術の在り方とは異なる、オタク的なポップカルチャーに目をつけた。その根っこにアメリカによって敗戦国としてのトラウマを刻みつけられた日本の屈折を見出し、それを巧みに取り出して露悪的に示すことから始まった。

そのことに対して、何かに似ているとか、オタクのパクリじゃないかとかいった嫉妬にまみれた反発は絶えないが、本質を抉り取って料理する力はまぎれもなく天才的な才能だ。

しかも、それをリキテンシュタインらがやっていたフラットベッドの思想を再解釈しつつ乗り越える「スーパーフラット」というコンセプトを打ち出して、西洋現代アートのメインストリームに真正面から殴り込みをかけたことは、本人は百姓一揆だと謙遜するが、本当に慧眼と言うしかない。

フラットベッドとは、自然主義的な立体のリアリズムが絶対的な規範になっている西洋近代美術史への批判として、平面的表現を追求するという実験だった。日本では、それが実験レベルでなく、当然の表現として定着しているという先進性を、村上は「スーパーフラット」と題したアメリカでの展覧会でみごとに示してみせた。

明治以降、戦前戦後を通じて西洋で、このような独自の文脈を持った展覧会を実現する戦い方ができた日本人芸術家は、一人としていない。アーティストのみならず、評論家にもキュレーターにもいない。村上が、初めてなしとげたのだ。

村上以前と以後との違いとは

村上以前、西洋での日本の芸術家の展覧会は、基本的にアートの本筋とは別物の、エキゾチシズムの範疇でしか取り上げられることはなかった。日本人のアートは、いわば“土人のみやげもの”の扱いを受けていたのだ。

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さもなければ、60年代の草間やフルクサスに参加していたオノ・ヨーコなどがそうだったように、せいぜい西洋の枠内で起きたムーブメントへの参加者としての受け入れられ方だった。

村上の場合は違った。西洋の人々が本流だと信じる歴史的な流れの中に、評価の枠組み自体を自前で打ち立てたのである。日本では、いまだに十分理解されているとは言えないが、この村上の現代美術史における意義は、いくら強調しても強調しすぎることはない。

2010年、ヴェルサイユ宮殿で村上隆展が開かれた際、現地のフランスだけでなく日本でも、「伝統ある宮殿を軽薄なキャラクターアートまがいのオブジェで汚すなど国辱ものだ」といった拒否反応があった。

その批判は、フランスの厳しい審美眼の世界で、以前にはジェフ・クーンズ作品なども展示したヴェルサイユ宮殿自体の選択の意味をあまりにも軽んじたピント外れもいいところのものだ。

あの展覧会企画は、フランス財界を代表する実業家フランソワ・ピノーが指名した館長の主導のもと、ギャラリストのエマニュエル・ペロタンがサポートして、カタールの王族がスポンサーにつくという世界的なネットワークに支えられた、非常に戦略的なものだったのだ。そして当然、出展作品は、それだけ高い要求水準に応えるものになっている。

展示された『オーヴァル・ブッダ』(2007‐2010年)の金箔は、石川県金沢の職人たちが総動員された最高水準の技術であり、制作費だけで億単位の金が動き、地場産業へのきわめて大きな貢献にもなった。

さらに、作品を現地に運んだヤマト運輸にしても、あれだけの美術品を輸送するには相当な技術を要したという。巨大な美術品の新たな運送梱包技術の開発にも村上は一役買っている

まさに村上隆という一人の突出した作家の存在は、職人や企業を含めた日本の総合的な文化技術のデモンストレーションとして大きく機能していたのである。

(2014年刊『アートにとって価値とは何か』より抜粋 )


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