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×ゲーム 3┃山田悠介

森野が他の生徒に話しかけたことをきっかけに英明は、当時一番仲の良かった三人のそばに席を移した。

「ホント久しぶりだな」

幹事の剛司の手が、肩にのせられた。

「遅かったな。ぎりぎりまで仕事か?」

次いで、吉池哲也にそう尋ねられた。

「まあまあ、今日はとことん飲もうぜ」

最後に言ったのが石松正だった。

剛司は昔からリーダー的存在で、怖いもの知らずの、悪く言えばガキ大将だった。女子は泣かすし先生は困らせる。学校では問題児だった。だが、今では随分と落ち着いている。大人になったのだろう。

明るくて元気だったのが、吉池と石松だ。この二人がいるといないとでは、場の雰囲気は大違いだ。とにかく人を笑わせるのが好きで、学校ではしょっちゅう喋っていた。そのおかげで授業が中断し、先生に何度も叱られたものだ。英明からすれば愉快だったが、真面目な生徒には鬱陶しいだけだったろう。悪さを考えるのも哲也か正のどちらかだった。ジャンケンに負けた奴が、デパートのおもちゃ売場からゲーム機本体を盗んでくるというのはスリルがあった。結局その勝負には哲也が負けた。本当なら彼一人が逃げなければならないのに、哲也が、いくぞ! などとこちらに声をかけたものだから、英明たちも被害をこうむった。全員足が速かったので、捕まりはしなかったが。

そんな彼らに英明を含めた四人がクラスの中心的な存在で、当時はほとんど悪さしかしなかった。万引きや自転車盗みもやった。ある時は石を投げて車のガラスを割ったこともある。

「三人は今日休み?」

英明の質問に、剛司が答えた。

「俺は休み。祝日だしな」

「いいなあ。羨ましいよ」

郵便局員は休みが毎週違うので、日曜日はもちろん、祝日に出勤しなくてはならない時もあるのだ。

「哲也は?」

「俺も休みだよ」

「正も?」

「俺は仕事だった」

次第に盛り上がってくる周りの声で、よく聞き取れなかった。

「え? 何?」

英明は声を張り上げ、聞き直した。

「仕事! 早めに切り上げてきた」

「へー、そっか」

「で、仕事は大変?」

剛司に聞かれ、英明は眉間に皺を寄せながら言った。

「大変大変。これから年賀状の季節だしさ。雨なんて降った日にはもう最悪だよ」

「そうだよな。外回りは大変だよな」

「辞めようとか考えないの?」

哲也のその一言に、「そんなこと簡単に言うなよ」と思ってムッとしてしまった。顔に表れていなければいいが。

「辞められるものなら辞めたいさ」

「てゆーかさ、今日は仕事の話をするのやめようぜ」

英明も正の意見に賛成だった。せっかく久しぶりに会ったというのに、仕

事の話だけではつまらなすぎる。

それからは、実はあいつが好きだったとか、よく万引きをしていた駄菓子屋が潰れてしまったとか、あの先生はカツラだったんじゃないかとか、他愛ない思い出話で盛り上がった。

やがて話題は少しずつそれていき、現在つき合っている彼女がいるかどうかという詮索に移った。

「お前は今、彼女いるの?」

哲也にそう聞かれ、答える前に剛司が横から割り込んできた。

「逃げられたんだよな? また」

いくら酒の席だとはいえ、あまりに不躾すぎると英明は思った。

「それはもう一年前の話だよ。てゆーか、それは内緒だったろ」

そう言うと、肩をバシバシと叩かれた。

「まあまあいいじゃねえかよ。もう昔のことだぜ」

「昔のこともなにも、俺そんな話知らないぜ。お前知ってる?」

哲也と正が知らないのは当然だった。このことは剛司にしか話していないのだから。

これまで女性とつき合ったのは、現在も含めて三人だ。それが多いのか少ないのかは別として、過去に二度、英明はつき合っていた彼女と、一ヶ月も経たないうちに別れている。しかも両方、ある日突然、別れが訪れた。一人目は一年半前で、二人目は一年前だ。理由は全く分からなかった。だから英明は自分の何が嫌われるのかを真剣に考えた。が、結局答えは出ず、一時期は恋愛恐怖症にまで陥った。ようやく立ち直ることができた現在、明神理香子という女性とつき合っている。彼女は同じ郵便局の保険課に勤めていて、つき合ってもう一ヶ月が経つ。

「それで、今はいるのかよ。彼女」

「いるよ」

軽く答えると、剛司が冗談めかして言った。

「蕪木毬子」

同時に、全員が崩れ落ちた。笑いが止まらない。

「ふざけんな」

英明は腹を押さえながら声を張り上げた。

「それより今日、蕪木は呼んでないの?」

哲也が面白半分に剛司に言う。

「馬鹿。呼べるわけないだろ。誰が呼ぶんだよ、あんな奴。それに、呼んでも来ねえよ」

「そりゃそーだ」

「今思い出しても、本当にうざったい女だったよな」

憎しみを込めるようにして英明は言った。全くだよ、と剛司が吐き捨てた。

蕪木毬子。当時、六年三組でいじめられていた女子の名前だ。今の今まで、英明の頭の中からは完全に消し去られていた名だった。

六年生の頃、英明たちの間では『×ゲーム』が流行っていた。体育の授業でのリレーの順位や、テストの点数など、何かにつけて敗者には『×ゲーム』を与えた。段ボールで作った小さな箱の中に十枚ほどの折り畳んだ紙を入れ、負けた者は箱の中から一枚引いて、そこに書かれてある『×ゲーム』を行わなければならないのだ。

 ○○先生のスカートをめくる。

 今日は給食を食べてはいけない。

 校庭十周。

 授業中にギャグを一発。

 芸能人のものまね二つ。

その他にもいろいろな『×ゲーム』を作っては、箱の中に紙を入れた。

だが、本当は自分たちが楽しむためのものではない。蕪木毬子のために作られたのだ。

彼女に対する『×ゲーム』にはいろいろなものがあった。その中で一番屈辱的な『×』を、英明は苦々しく思い出していた。

蕪木毬子にマジ告白。

これだけはどうしても引きたくなかった。これほどいじめ続けている女に告白することなど許されなかった。しかし、英明は二度もそのクジを引いてしまった。しかもそれを引き当てたのは英明だけだったのだ。仕方なく英明は告白をした。その時、三人が陰で冷やかすようにニヤニヤと笑っていたのを今でも憶えている。

「前からお前が好きだったんだ」

蕪木の目の前に立ち、真剣に告白をした。これは『×ゲーム』だとは決して言ってはいけなかった。しかし、告白しても彼女は表情一つ変えず、読んでいた本から顔も上げなかった。むしろそのほうがよかったのだが、告白をするという行為そのものが屈辱的で、英明は彼女の存在自体に怒りを感じていた。早く消えてしまえとさえ思っていた。

いじめが始まった原因は、小学一年生の時、彼女が蟯虫検査に引っかかったのが原因だと聞いている。その他にも、蕪木にはいじめられる要素がいくつもあった。

 暗い。

 無口。誰とも話さない。

 小説好き。本ばかり読んでいるオタクである。

 少し太っている。

 汚らしい。

 頭が悪い。

 天然パーマ。

 出っ歯。歯は矯正中。

 笑顔が醜い。

 不細工。

 運動音痴。

何一つ取り柄がなかった彼女に、クラスみんなの視線は冷たかった。担任だった森野ですら、あまり話をしなかったのではないか。要するに彼女はクラスの邪魔者だった。その邪魔者を英明たち四人は徹底的にいじめた。彼女の父親は既に他界しており、母親と妹の三人暮らしだった。それでも誰も同情などしなかった。英明たちが中心となって、残酷なまでに痛めつけた。

告白をするという『×ゲーム』だって、ただのお遊びだったのだ。

他にはこんなものがあった。

 靴を隠す。

 消しゴムのかすを頭にかける。

 イスに画鋲をばらまく。

 トイレに閉じこめる。

 頭に思い切りバスケットボールを投げつける。

 水をぶっかける。

 机に菊の花をかざる。

 体操着を破いておく。

 エアガンで撃つ。

 髪にガムをくっつける。

 髪にライターの火を近づける。

 机の中にゴキブリの死骸を入れる。

 給食に木工ボンドをかける。

あの時、罪悪感など全くなかった。毎日毎日、「死ね、消えろ」とクラスのみんなで言い続けた。

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