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目の前で人が焼かれていく…インドで考えた「生と死」 #5 ガンジス河でバタフライ

エッセイストにして旅人、たかのてるこさんの出世作として有名な『ガンジス河でバタフライ』。ハチャメチャな行動力と、みずみずしい感性が反響を呼び、長澤まさみさん主演、宮藤官九郎さん脚本でテレビドラマにもなりました。コロナの影響で、海外旅行に行けない今だからこそ、改めて読んでみたい本書。てるこさんと一緒に、インドの旅気分を味わってみませんか?

*  *  *

ガンジスの火葬場で

30分ほど歩くと、向こうの方にいくつか煙が上がっているのが見えた。

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ここに来る道々、人の火葬を興味本位で見るなんて不謹慎かと思ったりもしたけど、火葬場にはインド人がチラホラいたのでホッとした。彼らは堤防にちょこんと腰掛け、火葬場をぼんやり眺めていた

私たちも、近くの切り立った堤防に腰を下ろすことにした。ここからだと、ちょうど火葬場全体を見渡すことができる。火葬場といっても平らな空き地の数か所に丸太の薪が組んであるだけで、派手好きなインドでは珍しく、まわりに建物らしきものは何もなかった。

青竹で作られたタンカに、赤い布で全身を覆われた遺体がのせられていた。赤い布の上には、オレンジ色の花輪がかけられている。そのタンカを遺族らしき人たちが河岸まで運び、ガンガーの水を手ですくって遺体にかけ始めた。どうやら死者に最後の沐浴をさせてあげるのが、葬式での習わしになっているようだった。

沐浴が終わると、遺体をのせたタンカは積み上がった薪の上にのせられた。遺族らしき人がなにやら唱えながら遺体のまわりを数回まわり、薪に火がつけられる。火は徐々に燃え上がり、次第に煙がこっちの方まで押し寄せてきた。

スズさんの話によると、自殺した人や、寿命を全うできなかった人や、すごく貧乏な人は、火葬されることなくそのままガンジス河に流されるということだった。

私はスズさんに言った。

「こうやって遺灰を河に流しちゃうってことは、みんな、お墓がないってことだよね?」

「そういえば、インドってお墓を見ないねぇ」

私たちは時折、思いついたことをぽつりぽつりと口にしながら、遺体が燃えていくのを静かに眺めていた。圧倒されるわけでもなかったし、特に恐ろしいとも思わなかった。目の前で今まさに人が焼かれているというのに、自分がこの火葬風景を自然に受け入れていることの方が不思議な感じがした。

死は「肉体の締め切り」か

メラメラと燃えている死体を眺めながら、私はただ、自分もいつかはこんなふうに死ぬんだなぁということばかりを考えていた。人間は死ぬからこそ、生きているような気がしてならなかった

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人はなまけグセがあるから、締め切りがないと何もできないものだ。試験があるから勉強するし、試合があるから特訓する。締め切りがあるからこそ、それに間に合わせようとする。死は「肉体の締め切り」のようなものなのかもしれない。締め切りがあるということは、どんな人にも、生きている間にやるべきことがあるということなんだろうか……

薪についた火は、火の粉をパチパチ散らしながら燃え上がり、遺体を覆っていた布を焼き始めた。だんだん黒焦げの体があらわになってくる。顔なんかもう真っ黒で、その人が男か女かの見分けもつかなかった。遺体を焼く係の人が、まんべんなく焼けるよう遺体を棒で小突いている。遺族たちも私たちと同じように、燃え上がる遺体をただ静かに見つめていた。

泣いている人の姿はなく、特に悲しそうにも見えなかった。火の勢いのせいか、遺体はときどき身悶えするようにうごめいた。もう死んでいるんだから、もちろん意思なんかないんだろうけど、身をくねらせて焼かれていくその姿は、「天寿を全うしたー!」というその人の最後の叫びのように思えた

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ガンジス河でバタフライ たかのてるこ

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