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×ゲーム 2┃山田悠介

大和北郵便局に戻ったのは四時三十五分だった。英明は急いでバイクのスタンドを立て、キーを抜いた。そして、自分の班に戻ろうとして慌てて引き返した。バイクのキロ数を憶えておかなければならない。一日の走行距離を必ず記入しなければならないのだ。

「27518……。よし」

数字を頭に叩き込むと、再び走って班に戻った。

大和北郵便局の集配課は第一集配課と第二集配課に分かれており、英明は第二集配課三班に所属している。一つの班に職員が約八人、短時間職員が一人に、ゆうメイトと呼ばれているアルバイトが各班に三名ほど振り分けられている。第二集配課には一班から五班までがあり、各班には必ず責任者である班長が一人と、副班長が一人存在する。各班の人間は朝のミーティングで班長、もしくは副班長の指示に従って仕事を進めていくのだ。

英明が戻ると、副班長の松本がデスクに座って黙々と事故郵便を片づけていた。事故郵便とは、引っ越した人宛の郵便物を現住所に届ける仕事で、この作業を行わなければ、郵便物が届かない、という苦情のもとになる。その日の事故郵便は必ずその日のうちに片づけなければならないのだが、今日はなんとしても定時で上がろうとしていた英明にとって、事故郵便を片づける時間はなかった。

「お疲れさまです」

英明は副班長に声をかけた。

「おう、お疲れ」

いつもながらの歯切れのよい返事だ。

英明は業務レポートを引き出しから取り出し、ボールペンを胸のポケットから抜いた。

業務レポートには、一日の配達量を書かなければならない。これもまた面倒な作業だった。

苦労しながらレポートを書いていると、松本副班長に尋ねられた。

「小久保、事故郵便溜まってるんじゃないのか?」

その言葉に、英明は眉をピクリと動かした。書く手を一旦止めて、

「え、ええ……ちょっとだけ」

と顔を引きつらせながら作り笑いを浮かべた。

「どうする? 超勤(残業)一時間かけるか?」

曖昧なままだとズルズルいってしまいそうなので、英明は正直に言った。

「すみません。今日はどうしても用事がありまして、あの、だから」

話せば分かってくれると信じていたとおり、それ以上深く詮索してくることはなかった。

「そうか。なら仕方ないな。市川に任せよう」

英明はホッと一息ついた。

「すみません」

「まあ、しょうがないだろ」

業務レポートを書き終え、残っている書留を責任者に渡し、急いで配達鞄を指定の棚に片づけた。後は終了のチャイムが鳴るのを待つだけとなった。

しばらくすると、十歳年上の市川が戻ってきた。お喋り好きな彼は、班の中で一番仲の良い職員だった。

「お疲れさまです」

市川は相変わらず青いタオルを首に巻いていた。汗かきだからと言うのだが、十一月の下旬にもなってタオルは必要ないだろうと、英明はいつも疑問を抱いている。

「おう、お疲れ」

「市川さん。俺、今日、定時で帰りますんで、事故郵便お願いしますね」

と言うと、市川は露骨に嫌な顔をした。

「えー、やだよ。俺だって今日は定時なんだから」

「いや、松本さんが一時間超勤つけるって」

「マジで?」

すると松本副班長が横から割って入ってきた。

「そういうことだから頼むわ」

「えー」

市川は顔を顰めてうなだれた。

終了のチャイムが局内に鳴り響いた。

「それじゃあ、今日は俺、これで失礼します」

冷やかすように英明は市川に敬礼した。

「おいおい、ふざけんなよ。もう帰るのかよ。一服しようぜ」

「今日は急ぐんです。すみません」

「何かあんの?」

「あれ? 言ってませんでしたっけ?」

「何だっけ?」

「今日は、小学校の同窓会なんです」

英明は私服に着替えるために、自分のロッカーに急いだ。



駅から少々離れた賑やかな商店街には、たこ焼きやクレープなどの店がズラリと並んでいた。

中年男性のタバコの投げ捨てを、英明は見て見ぬふりをして追い越した。

青果店からは威勢のいい声が聞こえてくる。ずっとこの調子なのだろか、店主の声はひどく嗄れている。

後は、人、人、人。

溢れるような人の群に遮られ、なかなか前に進めない。

腕時計を確認した英明は、チッと舌打ちをした。

「しょーがねーか」

結局、約束の場所に到着したのは五時半に近かった。英明は目当ての居酒屋に入った。

祝日だからだろうか、五時なのに既に席の半分以上は埋まっている。友達を目で探していると、店員がこちらに近づいてきた。

「いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?」

愛想のいい女性店員に英明は、いや、と否定する。

「待ち合わせなんですが」

「ご予約の方でいらっしゃいますか?」

「ええ、新庄で」

英明がそう答えると、こちらへどうぞと案内してくれた。

店の奥まで進むと、大きな座敷部屋から騒がしい声が聞こえてきた。それが六年三組のメンバーであることは間違いない。

「おう! 小久保! 久しぶり。遅かったじゃねーか」

今日の幹事を任されている新庄剛司の声で全員の視線を浴びることになった。久しぶりに会う仲間たちはヒソヒソと確認しあっている様子だ。

まずは、当時担任だった森野悟志先生に頭を下げながら近づいた。

「先生、お久しぶりです。小久保です。憶えてますか?」

森野はビールの入ったコップを上げた。

「久しぶりだな。今何をやってるんだ?」

少し照れながら現在の職業を伝える。

「郵便配達をしています。実は大和北郵便局なんですよ。家から近いからラッキーっす」

「そうかそうか。あの小久保が今は郵便配達員か。何だか信じられないな」

英明は、へへと笑った。

「先生もお元気そうですね。今も東鶴間小学校ですか?」

「今は中野小学校だ」

「へー、そうなんだ」

森野を改めてよく見ると、やっぱり当時に比べて歳をとったなと感じた。皺だって増えたし、頭の毛も少なくなった気がする。卒業してから約十年が経った。担任の頃の森野は二十七歳だったので、今は三十七歳か……。

「それより先生、結婚したんですか?」

森野は機嫌よく頷いた。

「したよ、二年前にな。結局は職場結婚だったけどな」

「それはおめでとうございます」

「おう! 祝いを兼ねて一杯注いでくれ」

「わっかりました」

英明はビール瓶を両手で丁寧に持ち、斜めに差し出されたコップに注いだ。

「おうおうサンキュー」

森野は相変わらずだった。当時から明るくて面白い先生で、生徒全員に好かれていた。少しおだてるだけで次の授業をレクリエーションに変えてしまう性格は直ったのだろうか。

「ほら、お前も飲め」

今度は森野がビールを注いでくれた。

「お前強いのか?」

「いえ、あまり飲めませんけど」

「なんだ、だらしないな。元俺の生徒だったらガンガン飲まなきゃ駄目だ」

そういうわりには、顔が真っ赤になっている。まだほとんど飲んでいないはずなのに、実は森野こそ酒に弱いのではないかと疑ってしまう。

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