この先には、何がある? 5┃群ようこ
新人
この頃の取材は、スポーツ系と旅行が多かった。京都のお茶屋、プロレス、ゲイバー、そして海外と、あちらこちらに連れていってもらった。
京都のお茶屋では舞妓さんは他県から来ている人がほとんどと聞いて驚き、突然乱入してきたお茶屋の美人な娘さんが、人払いをしたあげく、「私は籠の鳥で将来をすべて決められ、こんな辛い人生はない」と嘆くのを、慰めつつ聞くはめになったり、ゲイバーでは新入りのゲイボーイが自衛隊出身で、まだ芸が何もできないので股間のブツに、手持ちのおもちゃ花火をガムテープでくくりつけ、火をつけてただ店内を走り回る姿に驚いたりした。
そこで素顔で飲みに来ていた、他店のゲイバーのママにどういうわけか好かれてしまい、「うちの店で働いてくれないかしら」としつこく口説かれ、「あなたに会うんだったら、きれいにしてくるんだった」などといわれ、私は「はあ、そうですか……」というしかなかった。
店の名前と電話番号を書いた紙をもらい、たまに取り出して眺めはしたが、電話をすることはなかった。
二十歳のときにアメリカのニュージャージー州に行ってから、二回目の海外旅行に出かけたのもこのときだった。
何だかよくわからないけれど、旅行雑誌の編集者の話ではスペイン観光局の引率の旅ということで、局長のスペイン人の男性と、日本人の女性が随行し、他の出版社の編集者とライター、グラビア撮影がある雑誌はモデルの女の子たちも一緒だった。大手広告代理店の若い男性二人も同行していた。
仕事がどのような企画で成り立っているか、深い部分はよくわからず、私はスペインに行けると知って、ただ、
「わあい」
とのんきに喜んでいるだけだった。
スペイン十日間、フランス四日間の二週間の旅行だった。基本的に現地の行動には制限がなく、ほとんど野放し状態だった。
私は同い年の女性編集者と、「観光地や風景を紹介するより、地元の人たちや生活している感じを書いたほうが楽しい」と意見が一致して、特に周辺の観光地に行くことはなく、私一人でホテルの周辺のマーケットや個人商店で買い物や散歩をしていた。
午前中、ホテル近くの地元の人たちが行くマーケットで、パンを二個買った。見るからにシンプルでおいしそうな丸いパンで、茶色い紙袋に入れてくれた。
視線を感じたのでふと見ると、少し離れた場所に立っている、お洒落をしたおばさまが、じっと私を見ている。
すると突然、肉売り場のお兄さんに、指をさしながら、あれこれいったかと思うと、私にその袋を彼に渡せとジェスチャーをする。私は指示されるままに、彼に紙袋を渡すと彼女は、〝パンを半分にカットし、ハムを指差した後にそれをパンにはさみ、ひと口食べて、ああおいしい〟というジェスチャーをし、にっこりと笑った。
そして彼女は彼に、そこに野菜があるのだから、それも一緒に入れろといってくれているようだった。
お兄さんが生ハムと野菜をはさんだパンを、紙袋に入れて渡してくれた。
私が手提げ袋から財布を取りだそうとすると、おばさまは首と手を大きく横に振る。申し訳ないと思いつつ、彼女に向かって頭を下げると、彼女はにこにこ笑いながら、手を振って去っていった。
いったい彼女にどういうふうに見られたのだろうかと、マーケットを出た私は首を傾げた。自分で編んだセーターに、穿き慣れたパンツ、ぺたんこ靴という服装からして、とても観光客には見えないのは確かだが、パンを二個買ったら、それが生ハムサンドになって戻ってきたというのは、相当なわらしべ長者状態だった。
ホテルに戻って生ハムサンドを食べたら、本当においしかった。まずパンがとてつもなくおいしいし、生ハム、野菜も最高だった。
日中、自由行動をしていた編集者と、夜、食事を一緒にしながら、この出来事を話した。
「確実にいえるのは、群さんは作家には見えないですよね。留学生だと思われたんじゃないですか」
「はあ、なるほど」
「パンしか買ってないのを見て、これはかわいそうにと。でも群さんだったら、ハモンセラーノ一本だって買えちゃうのにね」
編集者は笑っていたが、私は彼らに対して申し訳ない気持ちと感謝でいっぱいだった。
その後、スペイン人の運転手さんや、マーケットのレジのお姉さんに、
「あなたは十五歳」
などといわれ、ぎょっとした。留学生どころか、貧しい家の子供だと思われた可能性が大だったのである。
* * *