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息子の病と...この11年⑤

※黄色い粉薬が錠剤に変わった頃から
息子の症状は更に良くなり
眠るのは勿論、良く食べるようになった。
そして何かをしたい意欲も出始めた。

バイトをしてみようかと言い出した時には
私も娘も目を丸くして驚きそして
飛び上がって喜んだ。

田舎の街には
バイトをする場所は限られたほどしかないが
娘の提案もあり、近所のスーパーのレジ打ちに
挑戦する事になる。

こんな日が来るなんて...私は感激のあまり
よく笑いながら泣いたものだ。

息子は毎日楽しそうで
バイトの様子を娘と私に事細かく話してくれる。

こんなに元気なんじゃから
そのうち統合失調症なんて間違いでした...なんて日が来るんじゃないかとすら私は思っていた。

ところが
今度は元気になり過ぎて
これまでと違う症状が現れ始める。

「おはよ〜」
元気はつらつに起きてくるのが
明け方の3時過ぎ。
その当時流行っていたダンスをしながら
「姉ちゃん!動画撮ってぇね!」と言い出した。

娘と私は飛び起きて
「まだ明け方よ、りゅうごろ」と
努めて穏やかな口調で言い宥める。

ある時には
「俺はねぇ、バイトが楽しい!
俺の生き甲斐よ!」と言う事もあった。

息子の目は大きく開かれ
鼻の穴も広がり
まさに興奮状態。

この異変にいち早く気付いたのは娘で
「母さん、今のりゅうごろの元気ぶりは病的よ」
と真剣な顔で私に言う。

確かに元気過ぎるけれど
前の...生きる屍のようだったりゅうごろより
よっぽど人間らしくてええわぁね...
と返答したのだが。
娘の見解が正しかったと知るまでに
そう時間はかからなかった。

明くる日もまた明くる日も
明け方3時過ぎの起床と
ダンス動画の依頼
果ては
色んなものを次々購入するようになる。

さすがにこれは行き過ぎだと気付いた私は
次の受診の際に主治医に状況を説明した。

すると主治医から
「ん〜...それは躁状態ですね。
僕は鬱状態より躁状態の方が
怖いと思っています。
りゅうごろ君は外に外に出ようとしたり
色んな人と友達になろうとしたり
片っ端から買い物をしたりなどありませんか?」
そう尋ねられ...当てはまる事ばかりで
私は言葉を失った。

今のりゅうごろは躁状態なのか...
ただ元気過ぎるっていうだけじゃなかったのか...

またしても私の頭は大混乱。

主治医から十分な説明を受けた後
躁状態と鬱状態の間の状態に保つような薬を
出しますと言われた。
それまでに飲んだ事のない初めての薬。

まだ10代なのに精神科の薬が増える。
また薬が変わる。
やっぱりりゅうごろの統合失調症は
嘘なんかじゃないんじゃ...と思い知る。

薬を飲み始めて10日もしないうちに
明け方に起きてくる事はなくなった。
動画を撮ってくれとダンスをする事も...

その代わりに
バイトの時間に起床が出来なくなった。

何とか起きてバイトに行っても
幾つもの業務に頭が混乱し
疲れが蓄積され
更に起床出来なくなっていく。

バイトは3ヶ月という短期間で
辞めざるをえなくなっていた。

ボーッとした様子で起きてきた息子が
私に言ったのは
「俺は...楽しかった前の方(躁状態)がええ...
前の方が良かった...」

その言葉が突き刺さって
私はまた泣いた。

     つづく

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