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創作BL「青い月に啼く」4(前)

人間と魔の混血種が住む民族区域が舞台
混血種が自治のため結成した「凶徒(マフィア)」のとあるファミリーの話

混血種
人里に住む者は殆ど人間と同じ生態だが、身体能力や見た目に強く血統が現れる者もいる
青い月が昇る夜、本来の魔の姿に戻るとされている

登場人物
スターシステムを採用し「鹿書房」こと伍月鹿作品のキャラクターが別人として登場します




 幼い頃、自分は外で生きていくことになると確信していた。

 生まれた頃に住んでいた、狭くて静かな田舎町が嫌いだった。
 そこは、都会の人間が憧れるような、郊外にあるごく普通の田舎だった。文化から極端に取り残されたわけでもなく、利便性はそれなりにある町の片隅、と表現するのが正しいのだろう。少なくとも電気は通っていたし、デリバリーの配達も来る。車さえあれば暮らしていくのには十分な街並みだった。

 僕はいつか、自治区の外に出るのだろう。
 幸い、僕は混血種の血はさほど濃くない。
 少しくらいの差別や搾取なら耐えられる。そう自分に期待して、いつ訪れるかわからない将来の為に準備をすることに少年時代を費やしていた。
 周囲の皆がそうしているように、都会で成功する。そう確信していた。

 そしていま、僕はまだ「ここ」にいる。

 ◇◇

 窓の外では、レオの子供たちや同世代の従弟たちが遊び回っている。
 庭に並べたテントの下でマリエとカウが料理を並べ、親戚たちをもてなす準備に忙しい。
 レンの女はいなかったが、代わりのようにシナノやススムが手伝っていた。料理が得意なススムは女性陣に気に入られたようで、あれこれと役目を任されている光景が微笑ましい。
 いつもなら張り切って手伝うラムネの姿がなかった。
 今日は、彼女の恋人が来ているからだろう。庭のどこかで逢引きしているのか、朝から姿を見せていなかった。

 平和で牧歌的な光景だ。
 田舎の旧家の、つまらない休日といえばそれまでだ。
 それを仮初と知る者だけが、これらの光景を有難がれるのかもしれない。いつの間にかそちら側にいる自分は、単に歳をとったのだろう。

 今日は、青い月夜の訪れを祈る鬼宿日だった。
 元々はこの辺りで収穫の感謝をする日として定着している神事だったが、混血種が住みつくようになって意味合いが少しずつ変化していた。
 現在は家族が集まり、青い月を無事迎え過ごせることを願う日となっている。
 皆で集まって食事をするのは、先代から続いている習慣である。

 青い月が出る夜は、何が起こるかわからない。
 故に自治区は全ての入区門を閉じ、身内だけでひっそりと過ごすものだ。

 だが、我々のような「凶徒」には別の習慣があった。

 青い月毎に行われる凶徒の宴は、全ての参加者が仮面をつけ、上下身分関係なく交流をする。
 宴に参加できるのは、正式にコミッションに承認されたファミリーと、そのファミリーと協力関係を結んだアソシェーテであることが条件だ。
 普段は不可侵が徹底された凶徒同士、情報交換や裏取引、または区外に本部を持つ枝葉組織の区内侵攻拡大など、様々な交流と陰謀が飛び交う夜だ。
 そんな男たちの静かな戦いを加護するため、女たちが身内に食事を振舞うのが鬼宿日の目的だった。

 女子供の前で、仕事の話は厳禁だ。
 仕事人間の者たちも今日ばかりは仕事から解放され、穏やかな顔を見せている。

 ただ一人を除いて、という注釈をつけなければならないのが、晴天の中で唯一の陰りだった。

 目の前の扉が開く。
 不愛想な男が姿を現し、音もなく立ち去っていく。
 重い足音はバイク用のブーツの所為だろう。庭のご馳走にも目をくれずに遠ざかっていく姿を目で追ってみたが、すぐに背中は見えなくなった。

「いまのは?」

 隣にいたミノルが尋ねてきた。
 彼らが鉢合せになるのは初めてだったようだ。僕はどう答えるのか悩んだあと、隠す必要はないだろうと判断する。

「ユーメィ。チトラが飼ってる運び屋だね」
「運び?」
「国際政府から隠したい荷物、人、武器、情報、なんでも運ぶ。調達や手配はしないけど、承った物を必ず依頼人の元に届けるのが使命らしい」
「へえ。あんな若い男がねえ」
「うちの連中は見た目と中身が釣り合わない。言葉を間違えると、ソマギが煩いから気をつけて」
「おっと。そうだった」

 ファミリーでも断トツで長寿の吸血鬼は、国際政府樹立の瞬間を見届けた生き証人だ。
 少なくとも50年はあの外見をしていることになるが、出会ってこの方、彼が老け込んだ記憶はない。
 軽い脅しに震えあがる素振りを見せたミノルは、長く座った腰を椅子の上で緩慢に伸ばした。

「さて、ボスは空いたかな。彼と話すのに順番待ちだなんて、すっかり人気ものになっちゃって」
「そうだね。僕も同席しても?」
「勿論。君にもいてくれないと緊張しちゃうよ」

 朗らかに笑ったミノルは、僕が席を外すよう言われていた場面を見ていたらしい。
 外の者とボスを二人きりにはしたくなかった。
 だが、ボスが外せといえば従わざるを得ないのも、相談役の悲しい性である。

 欠伸をしながら扉に向かう彼の後を追う。
 軽く開いたままになっていた扉を叩くと、機嫌の良さそうな声が返ってきた。
 ミノルはこちらに軽いウインクをする。
 彼に続いて、ボスの部屋に足を踏み入れる。

「やあ、チトラ。先日は、うちの子が迷惑をかけたね――」

 柚子やベルガモットのような爽やかな香りが舞う部屋は、屋敷で一番日当たりのいい場所であった。
 上質な家具や、上等な統一感のある部屋だ。
 その中心に立つ男が、ゆっくりとこちらを振り返った。

「やあ、情報屋。久しぶりだね」

 窓際で煙草を吸っていたボスは、柔和にほほ笑んだ。
 揃えたばかりのはちみつ色の髪が日差しに反射して、まるで彼自身が発光しているかのようだった。
 
 自治区には、いくつかの凶徒が存在する。
 多くの組織が親組織を外部に持つ中、彼が率いるファミリーは完全に自治区内で構成されていた。
 混血種の街である自治区は、それ故にうちのファミリーこそが長だとする者も多い。

 すなわちそれは、彼に敵が多いということだ。

 そんな重圧を課せられているとは思えない優男風の容姿は、見るものをはっとさせ、跪かせてしまう不思議な魅力があった。
 何度か顔を合わせているはずのミノルも言葉を失い、彼に見惚れるのが経験でわかった。

 僕はミノルをすり抜け、定置に腰かけた。
 相談役に用意されている席に、日は当たらない。それでも座り心地のいい椅子は、今日も僕をそっと包み込んでくれた。

「チトラ。ユーメィの話は首尾よく終わったのかい」

 皮肉を含めて尋ねると、チトラは目を丸くしてみせたあと、眉を少し下げた。

「ああ、追い出して悪かった。ルーの仕事ではなかったから、余計なことを耳に入れる必要もないと思って」
「君がいいなら構わないんだ」
「鬼宿日くらい、君も休んだらいいのに。人が集まると、つい仕事の話になってしまって悪いね」
「それが僕がここにいる理由だよ、ボス」

 口先だけで笑うと、チトラもほほ笑んで腰かけた。
 正直、僕のへたくそな演技はバレているだろう。
 相談役は、彼の女房でも側近でもない。ボスが不要と感じれば介入はできない立場だ。それでも、独占欲めいたものを抱いてしまうのは、僕自身にもプライドがあるからだ。

 置いたままになっていたカップには、温くなったコーヒーが沈んでいた。
 チトラがトウシを呼んで、新しいものを用意させる。

 ブランデー入りのコーヒーを飲んだミノルは、ようやく自身を取り戻したらしい。
 不用意に人を入れたことを謝罪し、本題である貴弘の処遇をやっと尋ねた。

 ミノルが連れてきた貴弘は、アントでナオトが監視していた。
 青い月が昇る前にどこかへ隔離するか、自治区から退去いただく必要があるだろう。
 今回ミノルが訪れたのは、彼を引き取る為である。
 野暮用で外していたミノルが自治区に戻ってきたのは、今朝のことらしい。
 彼はそれまで、貴弘が監視下に置かれていることも知らなかったと告げる。

 チトラはミノルを疑っているわけではないと、穏やかに意思表示してみせた。
 
「私が見たところ……、あの子は本当に巻き込まれただけなのだろうね。少なくとも、彼が女性を買ったわけではないのは確かだろう」
「タカヒロくんが人間だとは知らなかった、というのは言い訳に過ぎないが、正直私も、どうしてそんなウソをつかれたのかわからないんだ」

 ミノルにも正体を偽っていた男は、何か目的があって自治区に入ってきたのだとみている。
 そこを不幸にも、何者かに利用されたのだ。
 尋問をしたヘリックスも、貴弘にスパイの才能はないとすぐに認めた。
 彼の班が作成したものだろう。机に置かれていた報告書を何枚かめくったチトラは、たっぷりと時間をかけてミノルに視線を戻した。

「ミノルは、あの子とどこで知り合ったんだったかな」
「外の大学だよ」

 ミノルは外部講師、貴弘はそこの生徒だったと彼は語る。

「熱心に混血種について調べていた。私が出入りできる立場だと知ると、連れて行ってほしいと頼まれたんだ。その熱意に負けて、取材の見学くらいなら構わないと思った」
「彼を一人にしたのはまずかったね」
「そう思う。しかし、まさかルーガルーの縄張りで誘拐まがいのことが起こるなんて思わなかったんだ」

 それに。
 全てが言い訳になるのを承知なのだろう。ミノルは控えめに言葉を付け加えると、心底申し訳なさそうに肩を縮めた。

「あの夜も、本当はすぐに戻るつもりだった。だが、急に政府を名乗る男に召集命令を出された。なんでも、私が出版した雑誌の文章が気に入らなかったとかで、朝まで拘留場だよ」
「……ルー、この話は?」
「初耳です、ボス」
「そうか。じゃあ、本当に」

 彼が吐息だけで吐き捨てた言葉は、聞かなくてもわかる。

 他人のシマで、堂々とした犯行。
 何も知らないファミリーの客人に殺人の罪を着せ、何かをあぶり出そうとしている行動。
 敵対組織の影にチトラが気づかないわけがない。だが、これまで黙認してきたのは、彼が争いを好まないからだ。

 首を傾げるミノルに礼を言って、すぐに貴弘と共に自治区を出るよう手配をさせる。

 護衛につけたモノミと共に部屋を出るミノルは、最後まで腑に落ちない顔をしていた。
 しかし、正式にファミリーの人間ではない彼に、これ以上の情報を与えるのは危険である。
 

 入れ替わるように入ってきたヘリックスが、食事の用意ができたと告げる。
 席を立とうとしないチトラを見て、ボスの右腕は呆れるような溜息をついた。

「次の宴では血が流れる」
「……」
「その前に肉でも食っておけ。今日はその為の日だろう」

 乱暴な言い方をするのは、彼の癖である。
 僕はボスを彼に任せ、先に庭へ向かうことにした。
 窓から見えるテントの下では、もう家族たちが集まり始めていた。戦争前の緊張感などなかったように笑いあう顔が見える。
 

 先代のボスは、数年前、敵対ファミリーに殺された。
 あの時の痛みと苦さを覚えているから、チトラはペリュトンの影が薄くなるのに任せている。
 僕だって同じだ。
 僕は、先代のボスに雇われた相談役だった。
 息子のように良くしてくれたボスに報いる為に、僕はこの土地に留まることを決めた。
 チトラは、僕が都会に憧れていることを知っていた。知っていて、臆病ものの僕を歓迎してくれた。
 
 ある時、酒に酔ったチトラが、僕に謝ったことがある。
 この地に縛り付けてすまない。
 その囁くような声に向かって、僕はちゃんと笑えていたのか。それが今でも気がかりである。

 爆発音が聞こえたのは、僕が部屋の敷居を跨ぎかけたときだった。


登場人物
ユーメィ:チトラが贔屓にしている運び屋
フリーで地区問わず仕事をする情報屋の一種
中身は問わず、秘密裏に運びたいものを必ず指定先に届けると評判
 「道楽書房の夢」雨美

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