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創作BL「青い月に啼く」6(前)

人間と魔の混血種が住む民族区域が舞台
混血種が自治のため結成した「凶徒(マフィア)」のとあるファミリーの話

混血種
人里に住む者は殆ど人間と同じ生態だが、身体能力や見た目に強く血統が現れる者もいる
青い月が昇る夜、本来の魔の姿に戻るとされている

登場人物
スターシステムを採用し「鹿書房」こと伍月鹿作品のキャラクターが別人として登場します



「私を裏切りなさい」

 全てのはじまりの言葉と口づけは、私にとってはどんな愛の言葉よりも魅力的に感じた。
 タラスクの血が沸く。
 優しくほほ笑んだチトラの瞳を覗きこんで、私は、胸に手を当てた。

「仰せのままに」

 
 数年前、まだ一介の構成員に過ぎなかった私は、ある日、若頭に呼び出された。

 ボスとその家族が住み、表稼業の拠点となっている屋敷は、街の外れに位置している。湖に面していて自然も豊かな土地だ。敷地に踏み入れると街中の雑踏が消え、野生の動物が暮らす音が全てとなる。
 果実を育てている一角を車で抜け、その先は歩くことにした。
 蒸留所の横はいつも酒の香りが微かに舞い、心地のいい気分になる。酒は飲めないが、酒を飲む者の傍にいるのは好きなのだ。
 顔見知りと合図を交わしながら、屋敷に近づく。
 表に数人の幹部がいた。
 彼らは屋敷からテーブルや椅子を持ち出して酒を飲み交わしていたらしい。私は彼らの誘いを断りながら、指示通り裏に回った。
 最後まで引き下がった者を振り切ったとき、庭に面しているボスの部屋からルーが出てきた。

「相変わらず、ゼルはモテモテだね」

 私を待っていたルーは、そんな揶揄いの言葉を投げた。
 
 夜の街と呼ばれる自治区の一帯は、混血種が集まる地域だ。
 様々な妖怪、獣などの血を引く者は、世界的に見ても珍しくなりつつある。
 先の戦争で人間に敗れた彼らは、迫害され居場所を奪われた。
 生息地を追われ、同種族で繁栄を続けることが難しくなった先祖は、他の種族や人間と交わってきた。私達の世代で、はっきりと自身のルーツを語れるものは少ない。種族の特徴を持たず、見た目はほとんど人間と同じ者だって少なくなかった。

 その所為か、一族の血を濃く受け継ぐ者が優遇される、という奇妙なねじれが自治区内には存在する。
 また、そういった存在はいずれ裏社会でのし上がる運命であるらしい。
 私の牙や左右で異なる瞳の色に、何かを期待して追従してくる連中が多いだけだ。肩を竦め、ボスの部屋を振り返る。

「ボスはまだ帰ってきていないよ」
「じゃあ、今日は」
「チトラの個人的な用。そう聞いているはずだよね」

 私が頷くのを確認したルーは、私を湖の傍に経つ用具小屋へ連れて行った。
 尾行がないことを念入りに調べてから、扉を開ける。
 小柄な相談役のあとから小屋に入ると、不釣り合いなセキュリティロックが背後でされる音が聞こえた。

 小屋は、簡素なホテルの一室程度の空間だった。
 木製の壁に釣りをする為の道具が並んでいる以外、内部は用具小屋に見えなかった。

「ゼル、よく来たね」

 奥に腰かけるチトラが手を下げる。
 明かりとりの窓がいくつかあるらしい。
 心地のいい日差しに照らされた蜂蜜色の髪に、微かな輪が浮かんでいるのが目に入る。

 小屋の中には、大小さまざまな椅子が並んでいた。
 いかにもチトラが好みそうな調度品や酒瓶も並べられている。
 ここは、彼にとってちょっとした書斎代わりのようだ。
 中に入るのは初めてだったが、若頭が頻繁にこの小屋に出入りしていることは知っていた。幼い頃にここを根城にしていた名残だろう。彼好みに仕上げられた空間は、密談には確かに丁度良さそうだった。
 
 目が慣れて、アントの店主であるアオイがいるのが見えた。
 彼とチトラの傍に、ルーが立つ。
 隅の暗がりで、ソマギが読書をしているのに気づいた。こちらの様子を気にも留めない様子はいつも通りで、私は彼と言葉を交わしたことさえない。
 中央に置かれたテーブルの横で、レオが銃を磨いている。ヘリックスがその様子に口を出しては煩がられていて、私にも気さくな笑みを向けた。
 錚々たる面子だ。
 ここにいるのはまだ若いが、ファミリーにとって重要な人物ばかりである。

 有名人に囲まれて身構えた私に、チトラは穏やかな笑みを見せた。

「まあ、座ってくれ。あ、そこは気を付けて」

 彼に注意され、チトラの正面に置かれたソファーに、毛布の塊があるのに気づいた。
 言われなければ、安易に腰かけていたかもしれない。
 私は小さな塊を避けて、あいていたヘリックスの隣に座ることにした。

 近くで見ると、毛布は微かに動いていた。
 獣でもいるのかと首を傾げると、中にいるものがもぞもぞと寝返りを打った。
 毛布がズレる。
 隙間から覗いたのは、小さな人間型の指だった。

「こども……?」

 屋敷に、こんな子供はいただろうか。
 ボスは高齢で、彼の子供は皆自治区の外で働いていると聞いている。
 跡継ぎ候補のチトラは、ボスとは血縁ではない。チトラの父がボスと友人で、その影響で彼は子供の頃からこの敷地で暮らしている。
 レオの子供かとも思ったが、毛布に覆われたシルエットは赤ん坊にしては大きい。一番上の子の誕生日を行ったばかりだから、彼らの年齢に関する記憶は確かだろう。

「ボスの隠し子だよ」

 私の疑問に、ヘリックスが茶化すような言い方をした。

「ヘリックス。言い方に気を付けようね」

 アオイの叱責が飛んでも、ア・バオ・ア・クゥーはクスクスと笑うだけだ。彼は私の前に新しいグラスを置き、何を飲むか尋ねてくる。

「酒は、」
「下戸なんだっけ、お前。酒飲みそうな顔してるのにな」
「顔は関係ない」

 くだらないやり取りをしている間に、レオが子供の傍に座りなおした。ズレた毛布を掛け直してくれたことで、ようやくこちらにも子供の顔が見える。
 覗いた黒髪は、何の変哲もない幼い人間に見えた。
 だが、ここにいるからには何らかの血を持つのだろう。

 今日、呼び出されたことと関連しているのだろうか。
 邪推をする間もなく、子供の薄い瞼が動く。

 長いまつげが揺れた。
 眩しさに戸惑うように、幼い眉が顰められる。
 やがて印象的な瞳が覗き、私ははっと息を呑んだ。

「我々の秘宝の御目覚めですね」

 ソマギがもったいぶった調子でほほ笑むと、本を閉じた。
 大人たちを見回した少年は、無垢な瞳を丸めた。その表面が次第に水牢のように潤い涙を零す。
 そのあとの光景を見て、私は、彼らの目的と、今日ここに呼ばれた理由を理解した。

 チトラを振り返る。
 なおも穏やかにほほ笑んでいた彼は、私に尋ねたのだ。

 全てを裏切る覚悟はあるかーーと。



登場人物
回想のチトラ ファミリーの若頭
回想のレオ カポレジーム。一番上の子が最近2歳になった
回想のアオイ ソルジャーの一人。アント店主見習い
回想のヘリックス ソルジャーの一人だが、次期カポレジーム候補と囁かれている
回想のソマギ カポレジーム。使えないソルジャーをまた首にした
回想のルー ファミリーのコンシリエーレ

回想のゼル ソルジャーの一人。時期カポレジーム、または若頭補佐と期待されている

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