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創作BL「青い月に啼く」

こんにちは。架空書店「鹿書房」店主、伍月鹿です。
本日はお遊びで始めた新シリーズ(になる予定)のオリジナル小説を掲載します。
note上で不定期掲載をしていきたいと考えております。どうぞよろしくお願いします。

※2024年7月28日追記。完結しました!加筆修正版を投稿サイト掲載中

創作BL「青い月に啼く」

人間と魔の混血種が住む民族区域が舞台
混血種が自治のため結成した「凶徒」のとあるファミリーの話

混血種
人里に住む者は殆ど人間と同じ生態だが、身体能力や見た目に強く血統が現れる者もいる
青い月が昇る夜、本来の魔の姿に戻るとされている

凶徒
混血種のみで結成された犯罪組織(マフィア)のことをいう
構成員に人間が含まれることもある

登場人物
スターシステムを採用し「鹿書房」こと伍月鹿作品のキャラクターが、
別人として登場します
本編にない絡み、関係性、趣向など作者特権で好き勝手するのが作品の主な趣旨です

短編を詰め合わせるような形でストーリーが進行していく予定です
わたしの「マフィアパロ書きたい! 性癖詰め込んだ話が書きたい!」というお遊びで始めたものなので、見切り発車のゆるさをもお楽しみいただけると幸いです



 
 青い月。
 それは、魑魅魍魎、八百万の神が蔓延るといわれるこの地が、最も危険に満ちる夜だ。
 特に夜の街と呼ばれる一帯では、自らを守る術を持たない者は、踏み入れることすら許されない。
 迷い込んだら最後、その者は一生消えることのない傷を負い、その後も青い月がやってくるたびに、恐怖に打ち震えることとなるだろう。

「あの……、やはり僕は遠慮をしたいのですが」
 そんな危険な場所に今夜、一人のまっとうな人間が巻き込まれることになった。
 入り口で躊躇ってみせた僕の声を、男は鮮やかなまでに無視をする。
 頭上に浮かぶ月のように青く澄み切った色をした彼の瞳が、静かに、もう手遅れだと僕に告げた。
 容赦なく進む車椅子のタイヤが、よく磨かれた大理石の床を滑る。僕はどうとでもなれと動かない膝で指を組み、これから起こる不可解な夜に身を委ねた。

 世界戦争が集結して、もうすぐ五十年が経とうとしている。
 国際政府は節目の年に、あちこちで式典を行う予定らしい。
 終戦を喜び、恒常的な平和を祝うための式典は、各地の主要都市を巡回する。政府が目指すのはさらなる発展だ。国民の団結や永続的な政府への支援を集めるのが目的なのだろう。
 国際行事は、大きな金が動く。
 どの区でも利権や貢献の栄誉を欲しがり、ここぞとばかりに協力に名乗りを上げる。
 すべての土地で式典が成功した暁には、より強固な支持を得るに違いない。
 国民は政府の絶対的権力にひれ伏し、感謝をするのかもしれない。

 だが、その「国民」に全ての人間が含まれているとは限らない。

「我々のような凶徒にとって、国際政府の持続は永久に終わらない悪夢のようなものですからね」
 穏やかな音色で政府批判をした男は、戸惑う私にまた酒を勧めた。
 コンポートのシロップを酒で割ったカクテルは、甘さもあってグラスが進む。だが、アルコールの制御が難しかった。私は誘いを断り、通りかかったウェイターに水を頼む。
 立ち去る背で揺れる尾はキツネのものだろうか。
 視線を奪われた私を咎めるように、目の前の男は小さく咳払いをする。
 相手の種族を詮索するのは、宴の御法度らしい。
 私は居住まいを正して、慣れないルールに従順な姿勢を見せる。
「つまり、あー、我々は、政府の式典に参加する必要もないと?」
「いえ。勿論、国民の一人として貢献させていただくつもりです。しかし、それは政府に忠誠を誓うからではありません」
 きっぱりと告げる彼の横に、赤黒い液体を手にした男が腰掛ける。
 長い足を優雅に組み、水を持つ私にも礼儀正しくグラスを掲げた。バカラの中で揺らぐ液体はさらりとしていて、空気に触れるたびに変色するようだ。
 私は嗅ぎ覚えがある気がする香りを気にしないように務めながら、旧知の仲らしい二人が挨拶を交わすのを待つ。

「すまない。先に紹介するべきでした。彼はソマギ。貴方のホテルのオーナーです」
「今晩は。素敵な青い夜ですね」
「どうも……」
 こちらに身を乗り出して握手を求める手に、敵意はない。
 おずおずと握り返すと、彼の指先は死人のように冷たかった。驚いた私に、彼も男同様、穏やかな笑みを返す。
 仮面でその風貌全ては見えない。
 だが、持ち上げられた優美な口元が、彼の器量の良さを惜しみなく想像させた。

「さて、トウマ。今夜、宴に参加していただいたからには、わかっていますね。貴方も我々の一員として、今後は協力関係を結ばせて頂きます」
「政府を裏切れ、ということでしょうか」
「無理にとはいいません。しかし、我々には何も与えず、権力を持つことにしか興味のない独裁政府を支持していないのは貴方も同じでしょう」
 事実を突きつけられれば、私も頷く他ない。
 男は素直な私に及第点を出すように、穏やかな口元から微かに歯を見せた。
「仲間になれとはいいません。しかし、協力関係を結ぶことはできます。我々は貴方を支援し、助ける。貴方はいつでも我々の力を使うことができるし、自治区内で起きたトラブルはこちらが解決します。政府の期待できない助けを待つよりは魅力的なはずだ」
「では、私は貴方たちに何をすれば……」
「安心して下さい。売り上げを上納しろとか、莫大なみかじめ料を払えだとかは言いませんよ。資金の徴収は私の役目ではありませんから」
 私の問いかけにソマギが答え、ジョークのあとのようににっこりと笑う。仮面から覗く栗色の毛がライトを反射して、美しい輪を作っていた。

 天上人が纏うようなリングを持つ男は、悪魔のような牙を覗かせながら私を射貫く。
 仮面の下に隠れているはずの瞳が怪しく輝いた気がして、私は背筋が凍る思いがした。
「我々には様々な顔があります。貴方はその中の一つに過ぎない。ただ良好な関係を築きたいだけですよ」
 男が続け、この会合に人間を呼ぶ意味を語る。

 凶徒の宴に参加できるのは、正式にコミッションに承認されたファミリーと、そのファミリーと協力関係を結んだアソシェーテであることが条件だ。
 それ以外は侵入者と見なされ、会場に蔓延る様々な種族の餌食となるだろう。
 私が無事にここから帰還するためには、彼と正式に協力を約束するしかない。そういう話のようだ。
 元より、決定はしていたことだ。
 だが、改めて価値観の違いを見せつけられると、とんでもないことに関わってしまったのだと実感する。

 これが古い仕来りなのだと嘆いた若い男は、根の部分は善良なのだろう。
 こちらが了承を示すと、無邪気な子供のように礼を告げた。
「いまこの瞬間から、貴方の生命は私が保障します。ホテルの経営で困ったことがあれば、なんでも相談してください」
 あっさりと交わされた契約に戸惑う間もなく、一枚の名刺が渡される。
 コンシリエーレの名と連絡先が書かれたそれが、男との連絡手段のようだ。顔をあげると、男の背後で別の男が手を振っていた。彼がコンシリエーレその人のようで、上質な正装姿の中で吊るしのスーツが目立っていた。
 一体、いつから観察されていたのだろうか。青い月の宴は、人間の常識が通用しない。わかってはいたが、実際に体験するまでわからないことだらけだ。

「そう。勿論、何もかもが無償で行われるわけではありません。今後、我々の間に血の掟が結ばれることをお忘れないように」
 三杯目のコンポートカクテルを飲み干した男が、付け加えるように告げた。
 それはまるで、優秀なビジネスマンが契約のために取る手口だ。
 人は、最後に追加されたことには頷きやすい。大事なことは別れ際に告げるべし。指南書にも書かれているような常套手段である。
「血の、」
 思わず警戒した私に、ソマギが微笑みかける。
 たったいま、正式に私の上司になった男は、長い手足を優雅に組み直し、再び上等なバカラを目線に掲げた。
 赤黒い液体が、鉄のような香りを周囲に薫らせる。
「絶対に裏切らないという誓いです。その身に流れる血によって結ばれ、もし破るようなことがあれば」
 ソマギがバカラを傾け、中の液体を飲み干した。細く長い喉が鳴り、浮かぶ喉仏が上下する。
 グラスの底に、黒く染まりきった気味の悪い滓が残る。
 私が目を囚われているのを確認するように、男は、赤い唇をなぞるように舐めた。
「……その血をもって、代償を支払っていただきます」

 その夜。
 僕は自宅に帰ると、胃の中のものを全て吐いた。
 それでも治まりきらないむかつきは、一晩かけて僕の全身を蝕んだ。
 家まで送ってくれた息子が心配し、何があったかしきりに聞きたがったが、それだけは語るまいと固く誓った。息子を巻き込みたくない思いと、語るのも恐ろしいという恐怖、どちらが勝っていたのかは自分でもわからない。

 数日寝込み、体力が回復するまでさらに数日かかった。
 ようやく僕が外に出られるようになった頃には、青い月は完全に沈み、見慣れた銀色の月が夜空に浮かんでいた。

「支配人。もう体調はよろしいのですか」
 部下に出迎えられ、長く不在にしたことを謝る。
 部下たちには、体制が変化すること、ホテルの運営に大きな変化はないことは伝えてある。今日も通常通り営業ができているのは、僕がいなくとも揺るがない立派な部下たちのおかげである。

「何か、困ったことはなかったかな。碌な引き継ぎもなく休暇を貰ってしまい、申し訳なかった」
「いいえ。新オーナーが何もかもやってくださいましたから。支配人から命を受けたと誰よりも働いてくださってます」
「新オーナー?」
 その肩書きは、男の横にいたソマギが持つものだ。
 あの夜、彼と僕は初対面だった。
 しかし、宴の仕来りで互いに仮面をつけていたため、実際に顔を合わせたことはない。
 眼前に、あの恐ろしく怪しい牙が浮かぶ。

 血のように金属の香りがする液体を、極上のワインかのように飲み干した男。栗色の美しい髪を持ち、真っ赤で魅惑的な唇に笑みを乗せた男が、僕に微笑む。
 死をもっての制裁。
 血の掟とはそういう意味だ。
 僕は政府を裏切り、また異なる独裁者に支配されたということになる。

「トウマ支配人、復帰されたのですね」
 ふいに呼ばれ、振り返る。
 ハンドルを握る手に、思わず力が入る。指の中の軋みは男の足音に消え、上質な革靴がきちんと揃えられるのを僕は覚悟を決めて視界に入れた。
「改めまして、ソマギと申します。これからよろしくお願い致します、支配人」
 そのときの衝撃を、どう筆に記そうか。
 想像したこともない「美」がそこには存在していた。
 穏やかで中性的な美と、色気を持つ精悍さが同時に存在している。くっきりと刻まれた二重の線や鼻筋、唇や顎の形に至るまで、これ以上ないバランスで彼の美貌を形成していた。
 深い茶の瞳は好奇心や友好に輝き、栗色の髪は宴で見たものより柔らかく整えられている。
 差し出された指先は相変わらず冷たかったが、彼がどんなに微笑んでも、あの恐ろしい牙は姿を現さなかった。僕は白昼夢でも見ている気分で、彼が僕の腕を上下するのを見守った。

 部下たちが、彼に見惚れているのがわかる。
 老若男女、彼に目を奪われない人間はいないだろう。圧倒的な美はその場を支配し、掌握するのに長けていた。先程の部下の熱狂的な口調に納得し、改めてこの自治区の実体を知る。

 凶徒。
 人ではないものが織りなす自衛組織。
 巨大犯罪組織とも称される彼らが支配するこの地は、甘美な檻だ。

 檻に迷い込んだ僕は、彼らの力にひれ伏すしかないらしい。その代わり、こちらが忠誠を誓う限り、半永久的な安寧を与えられる。独裁的で偏りのある政府とどちらがマシかは、議論するまでもない。
 どちらにせよ、もう逃げ出すのは不可能であった。

 ソマギの横に、宴の夜に水をくれた男が立つ。
 そのすぐ傍にはホテルの制服を着た見慣れない男もいる。彼らとも深い関係になっていくことを、その日の僕はまだ知るよしもなかった。


◇◇

 銀の月が夜空に浮かぶ。
 コンポートのシロップが甘く喉を焼き、私の心をまたはしゃがせる。
 向こうに見える灯りは、最近できたホテルのものだ。無数の灯りの分だけこの地に人が訪れ、怪しくも平和な夜を過ごすことができる。
 数年前までスラム同然だった街も、発展し、人々の暮らしは良いものに変化している。
 観光客の誘致も、立派な地域振興だ。自治区に人をいれることを嫌がる者も多いが、結果区が潤えば文句を言いに来る者も減るだろう。
「チトラ、」
 未来計画にほくそ笑む私を、無骨な声が呼ぶ。
 普段なら、邪魔をするなと跳ね返すところだ。しかし、いまの私は気分がいい。
 そのまま振り返ると、呼んだ本人が驚くような顔をするのがおかしかった。
「どうした、ゼル。カッパが出たような顔をして」
「……河童は池にしかいないと思うが」
「用件を告げるか、共に飲むか、どちらかにしたまえ。私は忙しいんだよ」
 夜風が、男の長い髪を揺らす。
 長い睫毛が羽ばたくのが見えるのは、男の背が私より高いからだ。
 見上げた表情からは感情が見えず、ガラスの右目は外灯を反射して月のように冷たく光る。
 かつて魂を分け合った男は、いつのまにかすっかり遠い存在になってしまった。
 そんな悲しみが酔いを溶かし、私の気分を沈ませる。
 下戸の男は、素直に用件告げることに決めたらしい。いくつかの業務報告を始める唇が、また新しい傷で引き攣れているのを見つけた。
 かさぶたになりかけている赤い傷に口づけると、彼はまた驚きに顔を歪ませた。

「また私の許可なく怪我をしたな」
 噛みつくようなキスは、粛清の合図。
 絡めた舌先は、絶対的な支配の証だ。
 男の長い髪を掴み、強引に引き寄せる。慌てた左目が泳ぐのに対し、動かないガラスの右目は冷静そのものに見えた。興が乗って更に口づけを繰り返すと、彼の左瞼から涙が零れる。
 最後にむしり取ったかさぶたから、薄い血が流れた。
 舌先に乗せただけで分かる苦さは、彼がまた不摂生をしている証拠だろう。美食家の吸血鬼が自慢の美貌さえ崩しそうな味に噎せると、男はおろおろと残った酒をグラスに注いだ。
 口直しのカクテルが、また私を酩酊させる。

 死の口づけで濡れた唇を、男が拭う。
 ルージュのように伸びた血が、私の怪物を揺り起こす。

 月が作る影は、まだ完全ではなかった。



登場人物(元作品)

トウマ:ホテルの支配人
とある縁で地方都市内自治区にできた新しいホテルの支配人となった人間。過去の事故で足を悪くし、普段は車椅子で移動している
 「それは不可能です、ナポレオン」椿斗真

チトラ:首領
自治区内で権力を握る凶徒ファミリー(名前未決定)のトップ。表向きは酒や果実などを製造・販売する事業のオーナーだが、正式に承認されたマフィアのボス。酒に強い。ペリュトンとの混血
 「月下花間二人酌」ディア・チトラ・ム―ルー

ソマギ:ホテルオーナー
トウマが支配人になったホテルの所有者。周囲を圧倒させる美貌の持ち主で、いくつになっても見た目が変わらないと噂されている。吸血鬼の一族だが、人間との交配を重ね、吸血以外でも生き延びる術を得ている美食家。
 「パティスリー棚岡の磨かれた銀のフォーク」棚岡杣木

シナノ:ソマギのソルジャー
管狐。声が出せない
 「キラプロ! おじさん声優、アイドルはじめました」川島科乃

アサリ:ソマギのソルジャー
吸血鬼。右手の指が動かせない
 「パティスリー棚岡の磨かれた銀のフォーク」色内朝里

ゼル:ソルジャー
タラスク。右目が義眼。チトラとかつては深い関係にあった。酒に弱い
 「月下花間二人酌」ガゼル・リンヤン


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