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創作BL「青い月に啼く」4(後)
人間と魔の混血種が住む民族区域が舞台
混血種が自治のため結成した「凶徒(マフィア)」のとあるファミリーの話
混血種
人里に住む者は殆ど人間と同じ生態だが、身体能力や見た目に強く血統が現れる者もいる
青い月が昇る夜、本来の魔の姿に戻るとされている
登場人物
スターシステムを採用し「鹿書房」こと伍月鹿作品のキャラクターが別人として登場します
大きな音が、それ以外の音を奪う。
影が疼く。
すっかり薄くなった人間の形をした幻が、私をかきたてる。
全てを殺せと、私に囁く。
私が闘うのに躊躇っているのは、家族を失うのを恐れているからではない。
自分自身の歯止めが利かなくなるのが怖いのだ。
「お前はここにいろ」
ヘリックスの怒鳴るような声が、遠近感を失った鼓膜に響いた。
咄嗟に身を屈めたのと、更なる音が聞こえたのは、殆ど同時だ。
悲鳴が聞こえる。
テントが破れ、庭に出来上がったばかりの食事や食器が転がる音が聞こえる。
ルーとヘリックスが出ていくのと同時に、トウシが駆け込んできた。
彼は上着を脱ぐと、私の頭に被せる。
「場所は」
「庭です。外の林から小型の爆発物が投げ込まれたようです」
冷静な彼が外の状況を話す。
見たところ、女子供は皆無事らしい。庭にいたシナノが皆を避難させていると聞き、ひとまずはほっと息をつく。
「ボス、顔をあげないでください」
窓の外を伺おうとした私に、トウシが言う。
彼の役目は、私を守ることだ。私が擦り傷ひとつでもつければ、彼はヘリックスの制裁を受けることになるだろう。
だが、彼らがそうであるように、私にも役目があった。
「私は、家族を守るためにいるんだ」
彼の大きな手を振りほどく。
ボディーガードの習慣からか、トウシはさほど抵抗を見せなかった。溜息をついて私に上着を被せ直す姿は、上司に似てきたのかもしれない。
庭に、ヘリックスが出てくる。
彼はどこかに連絡を取りながら、兵隊を動かし始めていた。
普段は農作業をしている男たちが、武器を持つ。
誰かが庭の向こう側を指し、そちらの方に走っていく。
スクリーンの映像を見ているかのような光景だ。私は窓を開け、床板に足をかけた。
また、何かが破裂する。
男たちが走り抜けていく。
こちらを振り返ったヘリックスが目を開く。
彼の顔が驚きや焦りに変わるよりも前に、私の前に、何かがふわりと舞った。
「ボス、」
出窓を窮屈そうに潜り抜けたトウシが、悲壮な声を出す。
私は首を振って、どこも怪我をしていないことを伝えた。
私達の足元に落ちた手りゅう弾は、足を出したルーが爆発よりも前にどこかに蹴ったようだ。
庭の木に当たり、枝葉が舞う。
その軌道を追うように落ちたゼルの長い髪が、私の肩を覆った。
「ボス、ご無事で」
「ゼル……、君も」
耳元でささやかれ、そう返すのが精いっぱいだった。
逆光に立つ彼の表情はよく見えない。
彼の胸元に赤い石が光る。
休日に似つかわしくない正装は、音もなく私から離れていく。
トウシが私を守るように立つ。
息を切らしていたルーが青い顔でその隣に立ち、部下に指示を飛ばす。
あっという間に部下に囲まれた私は、チョコレート色の長い髪が遠ざかっていくのを見守ることしかできなかった。
◇◇
けが人数名。
死者はなし。
そんな報告と共に男たちが戻ってきたのは、日がすっかり沈んだ後だった。
食事会は中止になった。
無事だった食材はススムが盛り付け直し、代わりの酒はレンがすぐに運んできた。
屋敷内で食事を済ませた女たちはショック状態から立ち直りつつあるらしい。仕事に立ち入らないとはいえ、彼女らは凶徒に嫁いだ女だ。争いやトラブルには慣れていて、肝が据わっているのだとレオが得意げに語る。
職務室に幹部が集まる。
開け放したままの扉の向こうでは、すっかり機嫌を直した子供たちがはしゃぐ声がした。
今日は皆、屋敷に泊まることになるだろう。
数時間前に誰かが告げたニュースは、子供たちから昼間の記憶をすっかり拭い落としたらしい。非日常に興奮状態のおかげで、こちらも声を潜める必要はなさそうだった。
実行犯と思しき男は、シマの外へ逃げた。
ルーガルーが総出で追っているが、深追いはするなと伝えてある。
回収できた爆弾の破片は、銃弾と同じで登録義務のあるものだった。こちらはアオイがアントに情報を集めさせているが、所有者がわかったところで襲われた事実には変わりない。
「行動するときが来たのだ。あとは何も考えずに進むしかあるまいよ」
レオが言い切る。
彼が胸ポケットから取り出し、瓶に入った錠剤を口に含む。酒で流し込まれたのは心臓病の薬だろう。
「そうね。今回は被害が最小で済んだとはいえ、家族を襲うなんて許さない」
ラムネが吐き捨て、桃色の瞳を冷たく光らせる。
恋人を外まで送ってきたという彼女は、もうすでに甘い逢瀬の名残を拭い去っていた。
「しかし、軽率な行動をしてはいけないよ。それこそ、相手の思うつぼかもしれない」
アントから駆けつけてくれたアオイは、いつもよりも顔色が悪かった。
先ほどから足をさすっているから、無理をさせたのかもしれない。
傍に寄り添うショウの表情は硬く、いつもの献身的な笑みからは人間みが失せていた。
それだけ、取り繕ってはいられない状況ということだ。
彼らの思いは、私にも痛いほどわかる。
「宴では血が流れる、ですか。できれば気に入りの一張羅を汚したくはありませんでしたが……、致し方無いでしょうね」
一人、普段の調子を変えないソマギが、皆に笑いかける。
彼の上品な唇から覗く牙は鋭い。彼がほほ笑めばほほ笑むほど周囲の空気は冷え、部屋の隅で待機するソルジャーたちが震えあがるのが見えた。
強硬派、穏健派、それぞれの意見が飛び交い、議論は終わりが見えない。
だが、ここにいる者の意思は一つだ。
皆、家族を守りたい。
私達は、争うためにいるのではない。
この生きにくい世界で、自分たちの身を守るために、自分たちの居場所を守るために集ったのだ。
机の上で組んだ指に、力が入る。
昼間、何も守れなかった手だ。
呪われ、守られることしかできない気弱な手。
爪が食い込んだくらいでは血を流すこともできない無力な指先が、わかり切っている結論に恐怖する。
「……チトラ?」
ふいに、黙ったままだったヘリックスが私を呼んだ。
顔をあげる。
真っ先に反応したのは、視界の隅にいたアサリだった。
ジャックが若い男の腕を掴み、赤く染まった瞳をシナノが覆い隠す。
椅子が倒れる。
ナオトが指を鳴らして、崩壊を止める。
空中で動きを止めたそれは、音もなく元の位置に戻った。
「大丈夫か。少し休め」
「そうした方が良さそうだ……すまない」
「こっちのことでしたら、お気になさらず」
ソマギが軽やかに言って立ち上がる。
暴走しかけている部下を宥めに行く背中は優雅で、微塵の動揺も見られない。
ナオトが音を吸収したおかげで、部屋の外に異常は伝わっていないらしい。
ショウが差し出してくれたハンカチを有難く受け取って、部屋を出る。
寝室に向かうと、背後から当たり前のようにゼルがついてきた。
途中で振り返り、ひと睨みする。
無表情を崩さなかった男は私を追い越すと、そのまま慣れた足取りで寝室の扉を開けた。
中は当然ながら、閑散としていた。
この部屋は、部下も滅多に入ってこない。忍び込もうとするのもレオの子供くらいだ。
私が入るまで従順に扉を押さえていたゼルは、許可を取らずに中にも足を踏み入れる。
ショウのハンカチが赤く染まる。
何かを告げるのも億劫で、私は部下の行動を黙認した。
ふとした拍子に鼻血が出るのは、私の昔からの体質だった。
吸血鬼がいる部屋で出したのは迂闊だった。しかし、私の部下ならば見慣れた光景であるだろう。
ベッドに倒れこむと、どろりとしたものが喉へ逆流する感覚がした。
「まだ寝転ばない方がいい」
ゼルが素っ気なく言う。
喉に降りた血を吐き出して、肩を竦める。
私をじっと見下ろした男は緩慢に動くと、ベッドに腰かけ、私の頭を持ち上げた。
いわゆる、膝枕というやつだ。
ゼルの身にまとうムスクのような香りが舞う。
心地のいい姿勢ではなかったが、血が鼻に戻るの感じられた。支える手は私にとってちょうどよく、させるがままにさせることにした。
ふと、昼間の光景が瞼に浮かぶ。
ゼルは、窓から飛び出した私の前に、躊躇いなく立ち塞がった。
爆弾が私を狙ったものなのか、偶然なのかはわからない。だが、彼が動かなければ、今頃庭には私の肉片が散らばっていたのかもしれない。
彼の胸には、昼間にも見たブルーガーネットがまだ光っていた。
「……君は何故、休日にも正装をしているんだい」
「なんとなく、です」
「説明が下手だからと咄嗟に嘘をつくのはやめろ。君が理由なく行動するはずがない」
ゼルの几帳面さは、よく知っていた。
完璧主義で、自己完結型。集団行動を好まず、他人への不寛容な面を持つ。自分の不完全さを直視することに耐えられず、いつだって完全を自身に求めている男だ。
そんな人物が、理由もなく鎧に身を包むはずがない。
私の指摘に口元をもごもごとさせた男は、やがて、とぎれとぎれな調子で真実を話した。
「私を、信用していない者も多い」
「……」
砕けた口調は、私にとっては聞き覚えのある響きのままだった。
「だから、せめて恰好だけでも、服従を示している。如何なる時であっても私はチトラのものであるという証だ」
ぼそぼそと話すゼルの声は、決して聞き取りやすいものではなかった。
だが、言いたいことはなんとなくわかる。
ゼルと私は、長い付き合いになる。
組織が現在の形に落ち着くまで、彼は私の影であり、私の全てだった。
先代が亡くなった事件に関わり、彼は組織から追放される寸前だった。それを私が阻止し、自らの手で制裁を加えた。
以来、彼は裏切者のレッテルを抱えながらも、ファミリーの一員としてこの家で過ごしている。
口内の血の味が、薄まる。
後に残った感触を楽しんでいると、ゼルが頭を垂らした。
流れるように落ちた髪が、頬を微かに撫でる。
一房を手に取ると、私を覗き込んでいた瞳が微かに揺らめいた。
「鼻血、止まったようですね」
「うん。……でも、まだもう少し傍にいて」
「はい」
従順な返答。
硬派で神経質までに整えられた言動や身なり。
鎧に身を包んだゼルは私の知る彼からはほど遠い存在だが、時折、ひどく見覚えのある表情を見せる。
冷たい頬に触れる。
騒動のあと洗いでもしたのか、今日の彼は傷ひとつない綺麗な顔をしていた。
「……今日は、怪我しなかったんだな」
腕を持ち上げ、髪の隙間から覗く耳に触れる。引っ張ると、薄い皮膚はすぐに熱を持った。
困惑する左目に対して、ゼルのガラスの右目は、何の表情も浮かべない。
光を持たないそれは、無感動に私に闇を見せていた。
起き上がり、ベッドに腰かけたままだった男を押し倒す。
ふわりと広がった髪に触れながら、過去の傷跡で歪んだ唇に口づけた。
「っ、ん」
「声を出すな」
命令をすれば、従順に彼は声を押し殺す。
冷たく硬い表情に、微かに感情のようなものが浮かぶ。
瞼が震え、髪と同じ色のまつ毛が微かに音を立てる。
とっさに伸びてきた腕は許容して、ベッドが軋むのも構わず男の体躯を全身で抑え込む。
血の味がするのは、私の舌だ。
なのに、何度も交わっているうちに、どちらの舌の味がわからなくなっていく。
「……っ、は、」
舌に、鋭いゼルの牙が触れる。
じんと痺れるような感覚がするのは、幻想か、実際の痛みか。鎮痛剤を歯で噛み砕いた苦さが口内に広がって、また彼の悪癖に気づく。
喉に微かに残っていた血が、彼の顎を汚した。
触れた髪の感触が手のひらにまとわりつく。
心地のいい香りが舞い上がって、すぐに私のものとなっていく。
強く。もっと、壊れるまで。
そんな言葉が頭に浮かんで、とろけそうになる快感に身体が答える。
触れ合う吐息が、熱い。
ベッドに縫い付けた身体もうっすらと汗ばみ、角度を変えるたびに素直に肩が弾む。
ゼルを放せられなくなる直前で、私は身体を起こした。
口を強引に拭う。
ショウから借りたハンカチはいつの間にかどこかにいっていて、あとで探させなくてはならないとぼんやり考える。
いまは、何もかも忘れて快楽に浸れる気分ではない。
何もかもを察したように瞼を伏せたゼルも、のろのろと起き上がると、曲がったバッチを正しい向きに戻した。
蛍光灯の下で赤く染まっていた石は、彼の手のひらが作る影で、一瞬だけ元の色を取り戻す。
よろけながら起き上がったゼルは、一呼吸で乱れた調子を整えた。
少し生気を貰った。
痛み止めに依存している身体の気は心地いいものではなかったが、私をボスの顔に戻すのには十分だった。
「……宴の配置を、検討しなければならないな」
「ええ。ルーガルーの報告がないか、確認してきます」
身なりを整えた彼は、キビキビと部屋を出ようとした。
直前で引き留めると、かつての右腕は、主人に引き留められることさえわかっていたかのように、従順に足を止めた。
「ゼル。君は、この先なにがあっても、私の傍にいてくれるか」
昔から、私が鼻血を出すといつも傍にいてくれるのは、彼だった。
その大きな体躯で包み込んで、私を安心させてくれた。
彼を纏うムスクのような香りが、私にとっての安定剤だった。
あの頃とは少し変わった容貌で、ゼルは私を見つめる。
やがて青い月のように冷たくて美しい瞳が、穏やかな笑みを作った。
「青い月が昇り続ける限り、永遠に」
登場人物
ゼル:ラムネのソルジャー
かつてチトラの右腕とも言われた期待のカポレジーム候補だったが、とある件を境に周囲の信用を失った。跡目を引き継いだチトラが傍に置き続けることを決め、当時のことを知らないラムネの元で働くことになった
右目はその際の制裁で失い、現在はガラスでできた義眼をはめている
酒に弱い
タラスク
「月下花間二人酌」ガゼル・リンヤン
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