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赤穂義士討ち入りの日!

「忠臣蔵」で有名な、大石内蔵助良雄以下、四十七士が本所の吉良上野介邸に討ち入りした日になります。
1702年12月14日の寅の上刻頃のこと。赤穂浪士は一般的には四十七士とよばれるが、浪士の一人の寺坂吉右衛門は討ち入りに参加したが、泉岳寺にひきあげる途中で姿を消して切腹をまぬがれ、83歳まで生きていたとか💦
赤穂浪士が葬られた泉岳寺では、現在も毎年討ち入りの日に義士祭を催しています。

そして、吉良上野介は江戸城近くの両国で惨殺されたと言われています。映画や歌舞伎で話題となっているこの事件は、事実ははっきりしておらず、まだまだ謎が深いものと言われていますよね。
その吉良上野介が住んでいたとされている屋敷が両国にあり、12月上旬に家臣達を供養するために1973年より始まったのが吉良祭。
そして上野介が惨殺したと言われる12月14日を義士祭として1934年から開催されています。
お祭りではなく供養するための法事ですが、祭時期に合わせて吉良邸跡地では、甘酒を振舞ったり、ちゃんこや野菜の直売など多くの露店が並び、年末の風物詩として両国を盛り上げています。今年はコロナの関係で開催中止になっております。
この時期になるとテレビやドラマで忠臣蔵が放映されます。忠臣蔵を見るたびにあと今年も半月なのねと思ってしまうのはあたしだけかしら笑

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