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その後のスワン/黒い弾丸

この8月の暑さと言ったら、外を歩くのさえ危険に感じる程だ。その上湿気もすごい、 遂に! スワンも古いクーラーを最新型に買い替えた。のですが、約束の時間に電気屋が来ないので、覗きに行ったら、親父が中腰で固まって、脂汗を流して唸っている。ギックリ腰だ。俺も覚えがある。慌てて椅子を持って行き、楽な姿勢にすると、救急車を呼んだ。店を常連に頼んで、飲み物を作って電気屋へ行くと、救急車と同時に奥さんも来たので、注文したエアコンと工具一式を担いでスワンに戻った。取扱説明書を読みながら、借りて来た工具も使い、やっと取り付けて、試運転開始! コ〜〜、アア音も静かた…涼しい〜!昨夜から格闘して、何とか開店前に完了した。早朝来店の常連さんが、口々に「アアー涼しい、全く朝っぱらから何て暑さだ」と言い合っている。良かった、良かった、散らばった工具の理由を話すと、マスター自分で取り付けたの?凄いね!としきりに感心してくれる。いえいえこの猛暑の中、早朝とはいえ、皆さん、カツ丼モーニング召し上がって、そちらの方が凄いですって、元気なことに感心してますよ、やがて、いつもの時間ぴったりに来店した、沢松さんの焼き魚モーニングの皿を下げ、早足で駅へ向かう背中を見送って、やっと一息つく、田舎町の喫茶店はモーニングサービスは、とても早く始まり、午前9時には一段落してしまう、涼しい店内で1人飲むホットコーヒーは最高だ。

カランと音がして、電気屋の奥さんが「昨日はありがとうございました。主人は1週間ほど入院になりました。もう体を伸ばしてゆっくり寝ていますよ」と言いながら来店した。彼女がバタートーストモーニングと言うので、それを出していると、何か言いたげである。カウンターでついでのバタートーストをモグモグしながら、「どうしたの?」と声をかけると、食べ終わった皿と飲みかけのコーヒーカップを持って、カウンターに座り、「マスターって、犬は好き?」と言うので、「勿論!俺は犬も猫も大好きだよ、なんなら兎も大好きだ」と言うと、犬を1週間だけ預かれと言う、ご主人の入院が1週間だしね、勿論オッケーだと返事すると、言いにくそうに、凄く凶暴だけどいいか? なんて言う、取り敢えず電気屋の裏に置いてあるから見てくれと、置いてある?? と思ったが、店を開けたまま見に行った。本当に、段ボールが置かれていた。冷蔵庫の入っていたデッカイダンボールだ。エッこれなの?と言うと、人の気配に気づいた途端にキャンキャンと騒ぎ出し、凄い勢いで段ボールがガタガタ揺れている。チョット開けて中を覗くと、チッコイ黒柴が、段ボールから飛び出さんばかりに跳ねている。曰く、川で溺れているのを助けたそうだ。電気屋の女房はデカイ農家の一人娘で、普段は従業員と農作業をしている。電気屋の親父は、時々手伝うだけ!と言うスタンスだ。そもそも電気屋だって跡取りだ。そして、ここら辺には他に電気屋がないのだ。因みにスワンの食材はこの農家から買っている。あまりの可愛さに、捕まえようと手を入れると、ガブリ!「アッその子噛むのよ」だって(先に言ってよ律子さん!)チッコイから全然痛くないけどね、取り敢えず黒チビは、店の隅に置いた。散歩もトイレも今日は済ませてあると言うので、預かった餌を与える。喜んでガツガツ食うくせに、餌皿を出す時も、引くときも、ウ〜!ガブっと喧嘩売って来る。(ハイハイ!怒ってるのね、いくら噛んでも痛くないョ)段ボールに『猛犬注意!噛みます』と張り紙をして、営業再開!夕食の客がチラホラ来だすと、皆一様に覗いてみては手を出して、「マスター噛まれたぁ」ッテ 知らんがな、書いてあるでしょ!段ボールの上から男女6人もが覗き込んでいる。可哀想に黒チビも怖いだろうに、と思いながら配膳していると、犬好きな客が、噛まれたっていいもーん! とばかりに、腕を中に入れた、その瞬間チビは腕を梯子がわりに飛び跳ねた。店内を走る走る捕まえられない、黒い弾丸となって飛び回る! もう阿鼻叫喚である。そこへ、カランと沢松剛君が「こんばんはー」とやって来て、飛び出そうとする黒チビをパシッと捕まえた。口々に「捕まえていてー!」「離さないでー」の声に剛君は両手でガッチリと、チビ黒柴を抱いている。客達が掃除を手伝ってくれる中、せめてものお持ち帰りカツ丼を作り、持ち帰ってもらった。いいと言うのに二食分の料金を払ってくれて、チビが飛び出す原因となった客はペコペコと謝ってくれたし、洗い物は後にするか、アッそうだ 剛君何食べるのかな? 取り敢えずホットコーヒーお願いします。あと、マスターこいつ噛んで来るんですが、チクショーめ可愛いなあ!なんて言ってる。 ダンボールはもう箱の形で無くなっているし、チビ黒柴を梱包用のビニール紐で、店内が片付くまで外に繋いでおいた。剛君も手伝ってくれたので店内はすっかり綺麗になった。外のチビ助を見に行くと、頑丈なビニール紐を半分も齧り解いている。剛君が「マスターこいつさ、大好きな飼い主の所に帰ろうと必死なんじゃねえの?」と言うのだ。そして、一回好きなように行かせて見ようよ、こいつ絶対大人しくなんてならないと思うんだ。よし分かったやってみよう、と言うことで、戸締りをして長い紐をつけ、チビを離した。チビは走った。紐はピーンと伸びて、焦れた仔犬は紐にガウガウと文句を言い、俺たちが追いつくとまた走る。そんなこんなで、川まで来てしまった。へたり込んでいると、チビ助は、迷わず飛び込んで行く、短い手足で溺れてんだか泳いでんだか、まあ、泳いではいる。しまった、紐を外さなくては本当に溺れてしまう、ええい! 俺も飛び込んだ。水中でも暴れまくり捕まらない、仕方なく紐だけでも切ってやろうかとゆっくり立ち泳ぎをしながら…こいつ必死だ。、水を被っても水面下になりそうになっても、前へ前へ!バシャバシャ反対側の岸についてしまい、やっと紐が解けた。ブルブルッと体を震わせると、一直線に走り去る。まるで黒い弾丸だ。マスターあれ! いつの間にか隣に立つ剛君が指さす方向

チビ黒柴は、もはや空中を飛んでいる! 走りながら、キャンキャンと泣騒ぐ、すぐに家の明かりが灯り、小さな少年が飛び出して来た。青いパジャマに裸足だ。両手を広げて「ペロだ!ぺろー、ぺろー」と声を張り上げる。チビは空中を飛んで少年の腕の中へ、そして、俺たちが聞いたことも無かった、キューンという甘え声が聞こえた。

「剛君、帰ろうか」「はい! そうですね」橋までは随分遠回りだし、もう一回泳ぐかと言うわけで、5分ぐらい泳いだ。暑かったから気持ちいい!「アレッ!剛君、靴は?」「ハハ、どっか行っちゃいましたよ」「ブランドの靴なのに?」「いいんですよ!俺、

給料良いし、金持ちなんで」「ほぉ、そうなの、うちで風呂入って飯食ってくでしょ?」「はい、有り難うございます」「おでんでいいかな?」「良いですね!八月のおでん、最高です」

おわり

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