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熱を出すと必ず見る夢

子どもの頃、熱を出すと必ず見る夢があった。

わたしは街角を走ってそれから逃げている。
それは大型トラックくらいの大きさの黒い塊。
周りの人はわたしを見て驚いている。
そして、黒い塊に気づいてやはり逃げ始める。
でもそれは明確にわたしに向かって迫ってくる。
広場に差しかかっても、まだ追いかけてくる。
ランダムにおいてあるパラソル付きのテーブルセットの間を縫うように駆け抜け、走り続ける。
すると、広場の奥は行き止まりになっていることに気づく。
まずい。
振り返るとそれは、最初の大きさよりも何倍にも膨れ上がっている。
逃げ場を失ったわたしに覆い被さるように迫ってきて、あともう少しで押し潰されるという時に必ず目覚める。

この夢を見て目覚めると、いつも汗だくになっていた。
そりゃそうだ、あれだけ走っていたのだから。
と思っていたが、走っていない。熱のせいだ。
また、あの夢かと、子ども心にうんざりしたものだ。

夢に出てくる大きな黒い塊を、こどものわたしは「うんこ」として認識していた。
笑い話みたいだが、大真面目だ。
考えてもみて欲しい。
夢は覚めるまで、夢かどうかわからないのだ。
夢の中の自分は、現実だと思っているから、真剣に逃げ回っているのだ。
現実にあんなでかいうんこに追いかけられたら、だれでも必死に逃げるだろう。
本当に怖い夢だったのだ。

中3くらいだったか、ある日、この話を母親にした。

私「熱出るたんびにうんこに追いかけられる夢見んだよね、あはは」

笑い飛ばされるかと思ったのに、母親は「どんな感じ?」と具体的に話してくれと言ってきた。
説明すると、考え込んだようにしばし黙った。

私「なに?」
母「あんたね、4歳なってたかな、そのくらいにね、ちょっとした事件に巻き込まれたんだよ」
私「え?」

母が言うには、近所の公園で友だち数人とよく遊んでいたんだけど、ある日、わたしともう一人の女の子の姿が見えなくなったことがあった、と。
いないことに気づいた少し年上の子が教えにきてくれたので、大人たちで探し回った。
そうしたら、公園の隅にあるトイレの鍵のかかった個室の中にいるのが見つかった。
わたしももう一人の子は抱き合うようにトイレの床に座り込んで泣いていた。

そのトイレは昔ながらの汲み取り式で、子ども心に落ちたら困ると思ったのだろう、大人たちが見つけた時にも手を掴んでもらうまでは自分たちで動くこともできなかったらしい。
トイレ自体が公園の隅にあったせいで、泣いている声も届きにくかった。
4歳くらいならトイレは自分で行ける年齢だが、自力で出られなかったのは小さすぎて鍵に手が届かなかったから。
ここで、大人たちは騒然となった。
つまり、誰かに閉じ込められたということだ。

まもなく犯人が見つかった。
中学生くらいの男の子だった。
子ども二人を閉じ込めた後、自身はドアの上から抜け出したという。

母「あんた、覚えてなかった?」
私「ぜんぜん。何も覚えてないよ」
母「そう。でも夢に見るくらいだからどっかで覚えてたんだね」
私「…そうなのかな」
母「トラウマになったら困ると思って、お医者さんに診てもらったんだよ」
私「あ、そうなの?」

今で言う、カウンセリングというやつだ。
トラウマにならないよう、忘れさせる治療をしたらしい。
当時どこまでそういう治療が進んでいたのかはわからないけど、母が言うには、数回のカウンセリングで、何も思い出さなくなったようだった。

人間の脳は不思議だなと思う。
それでも味わった恐怖や不安は消えないんだなと。
だから熱を出した時に見る夢として残り続けていたんだろう。
子どもの体験と記憶だからトイレ≒うんこだったんだろうと思う。

不思議ついでに。
母親とこの会話をして以来、謎が解けたのか、脳に何かのフラグが立ったのか、どんなに熱を出してもあの夢は見なくなった。
見なくなったけど、うんこのあの塊の姿ははっきりと覚えている。
その記憶だけ残っている。

…結構なトラウマ話なのに登場するのがうんこだから、今ひとつ締まらないな…

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