見出し画像

私の背中を押した、こころに残る一言

今から10年以上も前のことである。
私が室長をする部署である事件が起こった。

当時、私の部署ではお客様の設備を定期的にメンテナンスをする業務を請け負っていた。

そして、ある設備のメンテナンスのために設備の操作室で作業をしていた当社の女性社員が、同席していたお客様の男性社員に後ろから抱きつかれたのである。

幸い当社の社員に怪我などはなかったが、彼女は加害者であるお客様の男性社員を許すことができない、とのことだった。

現場からの連絡を受けた私はすぐに総務部に報告した。
そして総務部長の指示で関係者が会議室に集められた。

総務部長は典型的なことなかれ主義の人で、お客様との間に波風が立つことを極端に嫌がった。

そこで、なんとか事を内々に収めようという思惑が丸見えの発言を我々に対して繰り返す。

「性被害とはいえ抱きついた程度なので、そこまで大袈裟にしないほうがいいのではないか」

「それでも警察に被害届を出すというのであれば、会社関係で警察のOBがいるので、その人に頼んで警察内での扱いを穏便にしてもらうこてとはできないだろうか」

などなど、とにかく彼は本件を無かったことにしたいのである。

私を含む他の関係者は、もちろん本人の気持ちを優先させるつもりではいるものの執拗な総務部長の隠蔽発言に少々気持ちが揺れ始めていた。

会議室内は行き詰まった空気で満たされそうになっていた。
その時、会議室のドアが勢いよく開いた。

「おまえら、ブレーキ踏んだらあかんで!!」

そこには、眉を吊り上げた専務が立っていた。

総務部の部下から話を聞いた専務が、中の状況を懸念して飛んできたのである。

総務部長はポカンと口を開けたまま、何も言えずに専務を見上げていた。

そして、この一言で私たちは目が覚めた。

すぐに本人にもう一度ヒアリングをする。
そして、警察への被害届を出すという彼女の意思を確認し、私は彼女を最寄りの警察署に連れていって被害届を提出した。

加害者は警察からの指導のもとで、被害者への接近が禁止された。
そして、被害者には警察への緊急連絡をとることができる手段が与えられる。

さらに、お客様からはお詫びの場が設けられた。
被害者の社員は両親と共に、送迎の車でその場に赴き、お客様の幹部からの丁重なお詫びの言葉をいただくことになったのだった。

誰が考えても正しいと思うことであっても、諸般の事情で一歩前に踏み出せないことは少なからずある。

そんな時に、正しい行動に躊躇してはいけない、つまり「ブレーキを踏んではいけない」というあの時の専務の言葉は今でも深く心に刻まれている。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?