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【現代小説】金曜日の息子へ|第20話 再生の手紙

数ヶ月が経ち、日常の中で彼女たちの不在を痛感する日々が続いた。仕事に没頭し、自分を忙しい日々に埋め尽くしていたが、夜が来るたび、家の中の静けさと寂しさが胸に響いていた。

友人や同僚からは、俺の変わってしまった様子に心配の声をかけられた。何人かは俺に心の支えとしてカウンセリングを受けることをすすめてくれた。始めは躊躇していたが、ある晩、部屋の隅に置かれたジュリアの写真を見ながら、そのアドバイスに従うことを決意した。

そこで、俺の抱えていた感情や過去の経験、彼女たちとの関係について深く掘り下げるセッションを重ねる中で、自分の中の問題点や課題に気付き始めた。

そしてある日、カウンセラーから「彼女たちに対する気持ちや後悔の気持ちを手紙にしてみては?」と提案された。最初は躊躇したが、心の中の想いを文字にすることで、自分自身の感情を整理することができるかもしれないと思い、ペンを取った。

深い呼吸をしながら、心の奥底から湧き上がる感情をペンで紙に綴った。その過程で涙がこぼれ、過去の自分の選択や行動、そしてジュリアと娘への愛情の深さを改めて認識した。

「ジュリアへ、 長い間、俺の思いやりのなさや無関心に耐えてくれて、本当にありがとう。俺は、自分の仕事や日常に追われ、君と娘の大切さを忘れてしまっていた。そして、君たちが去ってしまうことで、その大切さを痛感した。後悔の気持ちでいっぱいだ。もし、再び君たちの前に立つことができるのなら、この気持ちを直接伝えたい。」

手紙を書き終えると、また涙が溢れてきた。未練や後悔の気持ちを紙にすることで、自分の心の中の感情を確かめることができた。

それから数週間後、ジュリアから返事が届いた。彼女は手紙を受け取り、俺の気持ちを理解してくれた。そして、一度話をすることを提案してくれた。

再会の日、俺たちは長い間の不在とそれぞれの気持ちを話し合った。これからの未来や、家族としての関係を再建するための方法を一緒に考えた。

それは新しいスタートの始まりだった。別居の日々は始まった。ジュリアは娘とともに近くのアパートに移り住み、俺は以前の家での生活を続けた。しかし、今回の別居は以前とは異なっていた。双方が努力して、関係の修復のための手を尽くしていたのだ。

俺の仕事の忙しさは変わらなかったが、週に何度かはジュリアや娘に会う時間を確保するように心掛けた。また、家族としての絆を再び深めるための週末の旅行や家族のイベントを計画するようになった。

別居中のジュリアとの会話は、以前よりも深いものとなった。それは、お互いが真摯に関係の再構築を望んでいるからだ。夜遅くに帰宅する日も、短い時間だけでもジュリアに電話をして、その日の出来事や感じたことを話し合った。

娘も成長し、俺たちの関係の変動に敏感になっていた。俺との時間を大切にし、毎回の会うたびに新しい成果や発見を語ってくれた。彼女の笑顔を見るたびに、俺たちの関係を再構築する意義を強く感じた。

月日は流れ、別居期間も1年を過ぎた。俺たちはカウンセリングを受け始め、専門家の意見や助言を取り入れながら、関係を修復する方法を模索した。

そしてある日、ジュリアが「家族として、もう一度、一緒に生活することを試みてはどうか」と提案してきた。仕事の忙しさは変わらない中で、どうやって家族との時間を確保し、関係を深めていくのか。その答えを見つけることが、これからの俺たちの新しい挑戦となるのだった。

しかし、そんな矢先に、会社からの急な連絡が入り、意外な知らせを受け取った。それは一通の辞令だった。

その会社からの突然の辞令に、俺は驚きを隠せなかった。新規事業を推進するというのは、キャリアアップのチャンスでもあった。しかし、ジュリアと娘のことを考えると、単純な決断とはいかなかった。

「日本へ帰ることになった」と彼女に伝えると、彼女は深く息をついてからゆっくりと答えた。「私たちの生活はここ、アメリカにあります。娘もモンテッソーリ教育の保育園に通って、その教育環境が気に入っている。ここを離れることは考えられない。」

俺は彼女の瞳をじっと見つめた。彼女の言葉の背後には、娘の教育への情熱や、スペインから単身渡ってきて、この国で今まで築いてきた生活への愛情が感じられた。

「でも、このチャンスは、あなたのキャリアを次のステージに進める大きな機会です。」とジュリアは俺を諭した。「私たちの未来のために、日本での新しい仕事を受け入れることを真剣に考えてみてほしい。」

俺はしばらく黙って考え込んだ後、ゆっくりと言った。「俺もキャリアのことを理解している。それに、娘の教育や君の生活は、今の場所で続けることが最良だと思っている。」

この問題は、単なる仕事の場所の選択以上のものだった。俺たち夫婦の価値観、そして将来に対するビジョンが交錯している。これを乗り越えないと、俺たちの関係は再び試されることとなるだろう。

日本とアメリカ、俺のキャリアと娘の教育。この複雑な問題にどう答えるべきか。俺たちは何度も深い話し合いを重ねることになった。そして、それぞれの意見を尊重しながら、最良の選択をするための新しい道を改めて探し始めたのだった。



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