ウクライナとインド、未来の食糧確保への挑戦
私たちは、ビルの門を潜り抜け、厳格なセキュリティ検査を経験していた。商談のための詳細な資料リストとパスポートの複製はすでに何日も前に届けられていた。
訪れた先は、「ウクライナ投資イノベーション庁」という、ウクライナの政府機関の一環である。ここは2005年に立ち上げられた比較的新しい組織で、その目的はウクライナの経済に対する投資の呼び込みや技術的な革新の推進に関する政策を策定することだ。その活動内容は内閣によって定められ、経済担当大臣の管理下にあるという。
外国企業がウクライナの農地を続々と借り上げている現象に対して、この国の政府はどういった見解を持っているのか。私たちは自らも農地取得への取り組みを始める前に、まずはこの問いに対する答えを得ることを重要視していた。
待合室に通されてすぐ、紺色のスーツを紳士的に纏った男性が姿を現した。彼はウクライナ投資イノベーション庁の長官であり、その若々しくも鋭い面持ちは、日本とは大きく異なる政治の世代層を物語っていた。柔和な表情を崩さない彼からは、まさしく育ちの良さが滲み出ていた。
ウクライナの農地に外国企業が次々と進出している現状について、彼の率直な意見を求めてみた。
「それは何も驚くことではない」と、予想外にも素っ気ない返答が返ってきた。
「我々の国は、他を圧倒するほどの資源を抱えているのです。それが求められているのは至極当然のこと。ウクライナ政府としては、外国の投資家たちが我々の国で事業を展開し、それが経済投資の促進や技術革新につながることは常に歓迎しています」
私の期待としては、「外国企業による過剰な土地取得が環境問題へと発展している現状に対し、それは領土侵害にも等しい。何らかの規制策を考えている」といった返答を予想していたため、これには少なからず驚かされた。
私が日本人であるからこそ、土地というものは、個々人の心の中に深く根ざした価値観として存在すると感じている。それは、代々続く家族のつながり、子供への継承、またそれ自体が文化や歴史を持つという、深い感情の象徴である。それはただの資産ではなく、生活そのものをつなぎとめる重要な繋がりであり、その土地を簡単に手放すという行為は、自身のアイデンティティやルーツを放棄することと同等だと考えている。
同じように、国家の観点から見ても、土地はその存在を定義する重要な要素であり、国の領土という概念は、その国家の独立性や主権を象徴するものである。そのため、領土が侵されるということは、国家自体がその存在を脅かされるということであり、その重さは計り知れない。
このような観念が、私が日本人であるからこそ、土地に対する感情や価値観に深く影響を与えていると感じている。そう考えると、ウクライナの人々やその政府が、土地に対する考え方や価値観がどのように異なるのか、その違いがどのように表現されているのかに、より深く興味を感じる。
ウクライナの政府は、外国企業による農地進出を単に容認するだけでなく、積極的にその動きを支援しようとしていることが見受けられた。この寛容な姿勢は、国の開放性と経済活性化への強い志向を明らかに示している。外国からの投資を誘致することは、経済成長を牽引し、その過程で生じる新しい技術や知識の導入により、更なるイノベーションの波を生み出す可能性がある。
そして、その担い手となっているのが、「ウクライナ投資イノベーション庁」である。彼らは地域を問わず、日本はもとより、ヨーロッパやアジアといった各国に対して、ウクライナへの投資の可能性とメリットを伝えるための積極的な取り組みを行っている。これは、農地をただの土地としてではなく、潜在的な経済価値をもった資源と捉え、その活用を最大限に引き出すという、先進的な視点を表していると言えるだろう。
2008年の9月に繰り広げられたリーマン・ショックは、世界経済の大きな波を生み出し、ウクライナの経済にも避けられぬ打撃をもたらした。この年を境に、ウクライナの株式市場は驚くべき程に急落し、全体で見ても74%という大幅な下落を記録した。特に、ソビエト時代から国の基幹として存在していた鉄鋼業や化学産業は、この経済の暴風によって深い傷を受けた。
経済危機により、輸出量は激減し、その影響は鉄鋼業における生産量にも現れ、前年と比べるとその半分までに落ち込んだという報告がある。高炉の約半分が稼働停止という、前代未聞の事態に直面した。このような状況から抜け出そうとする中で、農地開放という戦略が採られたのは、現状を打開するための必然の選択であったのかもしれない。そこには、危機をチャンスに変える、新たな経済の息吹を感じさせる動きが見え隠れしている。
エネルギー供給の問題もまた、ウクライナが直面している深刻な課題である。ウクライナはそのエネルギー源、特に天然ガスや石油の確保を、隣国であるロシアに大いに依存してきた。しかしながら、そのロシアが突如として天然ガスの価格を従来の二倍にまで引き上げたことにより、既に脆弱となっていたウクライナの経済はさらなる打撃を受けることとなった。
この結果、国の財政は破綻の危機に直面し、国際通貨基金(IMF)からの164億ドルという巨額の融資を受けることとなった。そして現在、ウクライナはその資金を用いて経済の立て直しを図りつつ、厳しい苦境を乗り越えようと挑戦し続けている。この逆境は、ウクライナが新たな経済モデルを模索するための契機となるのか、それとも経済の沼地に足を取られる結果となるのか、時が試すこととなるだろう。
経済の再活性化と立て直しには投資が必要不可欠だが、現状のウクライナ国内にはそのような余裕が見られない。もし外国から大量の投資を引き付けることができれば、それはウクライナ経済にとって最高の結果だろう。一方で、この国の豊かな農地を熱望する外国企業にとって、現在は政府からも積極的に進出を歓迎されるという大いなる追い風が吹いている。つまり、ウクライナと外国企業双方にとって、この状況は互いに利益をもたらす可能性があるということだ。ウクライナが経済復興の手段として外国投資を求め、外国企業が新たなビジネスチャンスとしてウクライナを見つめる。この相互依存の関係性が現在のウクライナの経済状況を形成している。
ウクライナ政府は、2009年1月に外国からの農業投資を引き寄せるため、ウクライナ投資イノベーション庁を中心に組織された代表団がある国を訪れるという一歩を踏み出した。その訪問先は、経済成長が目覚ましい巨大国、インドであった。
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