#44_岡山を巡る

岡山に訪れるのは三回目だった。

夫の祖母が岡山にいる。
我が家から新幹線を2回乗り継ぐ、なかなか遠い場所。

足を運んだのは、岡山オリエント美術館と岡山シティミュージアムのホキ美術館名品展。

オリエント美術館は、古代オリエント文明を中心に、様々なモノの「そもそも」を探るところ。

人々がものを作り始めたのは、およそ1万6千年前。
石器と土器は一括りにされて語られがちだが、その意味は大きく異なる。

石器は「引き算型」思考。あるものから「削る」「磨く」考え方。
これは、木や骨でも同様で、もともとある形を利用して、自分のイメージを見える化していく。
削るためには技術が必要であることを考えると、幼児期に携わるのは難しい。
教育の必要性はここから既に生まれていたのかもしれない。
ということは、家族という小さなコミュニティが生まれてきたのもこの時期か。

土器は「足し算」思考。
無から有を創り出す。粘土をつくり、こねて形成する過程でくっつけたり貼り付けたりする。
これは石器よりも技術が低くてもできる、比較的容易な活動。
ただ、丈夫さや美しさを求めると、やはり高度な技術が必要になる。
職人が生まれたのはこの時期だと言われているそうだ。
「美」への関心が生まれたのもここかなあ。(5000年前頃)

彩文土器と呼ばれる、無文字社会のメディアが生まれたのもこの時期。
ろくろが開発されたのが6000年前だそうだから、ここから同じものを大量につくるための技術が発達してきたんだな。
ということは、その必要感が出てきたということ。
コミュニティが大きくなってきた証でもある。

都市では、土器と農村から運ばれてきた食料を交換する社会ができてきたそうだ。
きっと運搬業もここから発達してきたのだろう。
「貯蔵」という考え方が生まれたのもこの時期かもしれない。
でもまだこの時期は、農耕は始まっていない。
Society1.0の世界。

金属が利用され始めたのは7500年前。
石を削るための道具として、イオン化傾向の低いもの(酸化しにくいもの)、例えば銀や銅が使われ始めた。

その後銅とスズなどの合金が使われ始めたのは5000年前頃、鉄が使われ始めたのは3500年前頃だというから、鉄って実は扱いが難しい物質だということがわかる。

鉄を加工するためには、鉄を溶かす必要がある。
でも、鉄は融点が高い。(1536℃)
スズは融点が低いから、加工しやすいのだ。(231℃)
中学校理科との関連。
このような形で発展させることもできる。

技術をもつ人たちが栄えるのはいつの世も同じ。
それが、当時はヒッタイト人だった。
鉄の製法を秘密にして売り出し、一大王国を築いた。

人々がやり取りをするようになると、貧富の差が生まれる。
雇う人と雇われる人が生まれる。
それらが集まり、少しずつ大きくなり、都市が生まれた。

都市は、人種や信条、社会的地位、経済的基盤の異なる人たちが一同に集う場所。
オリエントは5000年前に都市ができた。
特に陸続きのオリエント社会では、かつてより多様であることが日常だったと推察される。

都市ができる、人々が集まると必要になってくるのがルール。
ルールはなぜ必要になったのか?そんな問いも立てられそう。

ほかにも、衣服のはじまり、化粧のはじまり、アクセサリーのはじまり、お金のはじまり、様々な「はじまり」が、その証拠となるものと共に展示されていた。
共通点は「必要から生まれたこと」「思いが形になったこと」
このあたりに、道徳と社会科との関連を強く感じた。

オリエント文明やエジプト文明は昔から心惹かれていた。
自分の心の解像度を上げてみると、人にも石にも草木にも水にも、あらゆるものに命を見出すという死生観に辿り着いた。
生きとし生きる者への敬意。
生きているのではなく、生かされているのだという思い。
生きていると感じるとき、人は傲慢になり
生かされていることを感じると、人は謙虚になる。
人同士、ものとの繋がりが見える人ほど謙虚に学ぶようになるのは、昔も今も変わらないかもしれない。

ホキ美術館、行きたいと思いながらもなかなか行けなかった美術館。
割と近いのに笑
そんな美術館からやってきた作品62点が展示されていた、岡山シティミュージアムのホキ美術館名品展。
まさか、遠く岡山の地でホキ美術館の作品に会えるとは思わなかった。

圧倒的な写実感。
一見写真と見まがう美の中に潜む、作者の思いや狂気。
生と死、諸行無常。
圧倒的。
5歳の娘と対話しながら回った。

美は日常の至るところに潜んでいる。
次回こそ、大原美術館にも足を運びたい。

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