【小説】全身を濃紺に染める夜(微ホラー)②
②『手を伸ばして拾いに行こう』
夢のことを忘れかけた頃だ。
バイトからの帰り、母親からメッセージが届いていた。パートの仕事が残業になり、遅くなるから牛乳とたまごを買ってきてほしいらしい。
面倒くさいけれど、断る理由もない。
わたしは仕方なく、最寄りのМ駅から近くのスーパーに寄ることになった。
「奈桜」
スーパーをの入口で名前を呼ばれ、振り返ると小柄な女性が立っていた。
「久しぶり。買い物?」
K子だと気づいて私はすぐに作り笑いをした。Kは小さい頃からの友人だった。昔は仲良くしていたけれど、話すのは何年ぶりだろうか。
「うん、親に買い物頼まれて。今から行くところ」
そう答えて、何となくここでお別れという空気を放ってみる。
「そっかぁ」
K子も察したようだ。何となく「それじゃあここでさよなら」となりそうな雰囲気になった。しかし、思い立ったようにしっかりと私の顔を覗き込む。
「切り裂き魔が出たらしいから気をつけてね」
思いがけない言葉に私は眉を寄せた。
「切り裂き魔?」
「知らないの? S駅で女の人が切られたんだって」
「まさか」
「本当だよ。カミソリみたいなもので一筋くっきりと腕を切られたみたいだよ」
S駅は最寄りであるМ駅の隣の駅だった。
視界が赤い幻で染まる。
昨日の夢を思い出していた。
ーー彼女の腕を切りつけたのは、お前だ
耳元で声が蘇る。
わたしは黙って立ち尽くすしかできない。
「ネットニュースとか見ないの?」
K子に訊ねられ、首をふった。
「……見ない」
見ないけれど、知っている。ネットニュースなんかよりずっと詳しく知っているかもしれない。
でも、あれは夢だ。夢のはずだ。
ーー彼女の腕を切りつけたのは、お前だ
声が耳の奥にへばりついて離れない。
「まだ犯人捕まっていないらしいよ」
「防犯カメラとかに映っていないの?」
「いないんだって。だから一人で帰らないほうがいいよ。買い物付き合うよ」
「別に平気だよ」
「心配だし」
「大丈夫」
「でも」
「いいからいいから」
ヘラヘラしながら自動扉の入口へと向かう。
「ごめんね。ありがとう」
わたしは一人でスーパーへと入って、素早く背を向けた。K子の姿を見ないように。
(エコバッグ持ってたっけ)
カバンをまさぐると、見覚えのないビニール袋が入っていた。触ると、細長くて硬いものが入っていて、それがティッシュかキッチンペーパーのような何かに包まれている。
わたしは、慌てて袋をカバンの奥におしやった。
そのティッシュかキッチンペーパーのようなものに赤い斑模様が付着していているのに気づいたからだった。
そして、中に入っている細長くて固い何かの端の部分が見えた。それがカミソリのような鋭利な刃物に見えた。
ーー彼女の腕を切りつけたのは、お前だ
(違う)
でも、私のカバンの中にあるのは血の着いた刃物。
あの日、彼女を切りつけたのは私?
ああ、きっと、そうに違いない。
そんなはずはないのに、知らない誰かがまた耳元で囁いた。
続く
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