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洗脳って何なんですかね。

私は中学生の時、2年間ホグワーツに留学していました。
ウソです。

このウソに騙されたのは私の下の息子で、大人になった今でもこの話しをすると、彼は機嫌が悪くなります。

 息子が6才ぐらいの時、一緒にテレビで映画の「ハリーポッター」を観ていて何の気なしに、
「ホグワーツかぁ、懐かしいなあ…。」
と言ってしまいました。
何の気なしも何も、まったく根拠のない独り言です。 すると息子は、
「お母さん、ホグワーツ行ったことあるの?!」

 息子のキラキラした美しい眼を見た私は、もう後戻り出来なくなりました。
「中学生の時、2年間だけね。交換留学生って分かる?」
ヌケヌケとこんなことを言う私に、息子はもう興奮を抑えきれない様子で、全面的に私のこのウソ話しを信じてしまったのです。

 翌年、再び「ハリーポッター」がテレビで上映されました。
自分で話したウソ話しを私はきれいサッパリ忘れていたのですが、テレビの前で息子はあのキラキラの眼をこちらに向けて、
「お母さん、ホグワーツにリューガクしてたんやでなあ!」
一瞬、何の事か分かりませんでしたが去年のウソ話しを思い出した私はびっくりしました。
「うそぉ、マジで? 信じてるやん、こわっ。」

そしてその年も、私はヌケヌケと息子にウソ話しを吹き込みました。
「映画のホグワーツはお母さんが行ってた頃と、ちょっと違うなあ。」
「でもあの塔の形は、そうよあんな感じやったわ。」
より具体的に、色んなことを吹き込む私を見る息子の眼は、やっぱりキラキラしていました。

そしてさらに翌年、またテレビ上映の「ハリーポッター」を観ていた息子は私の方を見て、
「お母さんて、ホンマにホグワーツにリューガクしてたん?」
今回はキラキラに一抹の陰りが見えます。
「ホンマやで。」
は? それが何か?
という態度の私に向かって、息子は疑い深げに
「じゃあそのことおばあちゃんに聞くけど、いい?」
  そう来たか。
「いいけど、おばあちゃんは多分言えへんと思うよ。 だって秘密やもん。」
 あ、これはもうバレたな。
そう思いましたが、なんと息子は
「そうかぁ…。」
と、納得してしまったのです。

 そしてさらにまた翌年。
なんだかあの頃は、やたらとテレビで「ハリーポッター」が上映されていました。
その日も私は息子と一緒に「ハリーポッター」を観ていました。
 映画の中のハリー少年も、ずいぶん大人びてきていました。
ふと、毎年恒例のウソ話しを思い出した私は、
「ねえねえ、お母さんがホグワーツに留学してた時ねえ…」
と話しかけると、息子は重々しくこちらを向き、
「うるさい。」

とうとうバレました。

 洗脳されやすいタイプというのは、素直な人が多いそうです。
なるほどこの子は、他のきょうだいと比べても言いくるめやすさではピカイチでした。
 「ハリーポッター」は、息子にとっては苦々しい思い出かも知れませんが、私にとっては笑い話しです。
笑い話しですが、息子が私のウソ話しを信じていた数年間、彼は「洗脳状態」にあったのです。
その期間は息子にとって私は、ホグワーツに留学経験のあるステキなお母さんだったのです。
「そんな訳ないやろ。」と思える知性が、最後の1年間で培われたのでしょう。
「何をあんなしょーもない話しを、アホみたいに喜んで聞いてたんや、オレは。」
という屈辱で、今もその話しになると彼は機嫌が悪くなります。

 最後の1年間のどの時点で、どんな気づきがあって、「そんな訳ないやろ。」が訪れたのか、私はすごく興味があるのですが、なにしろ息子にとってこの話しは謂わゆる「黒歴史」なので触れることは出来ません。

 「洗脳」という言葉も、「マインドコントロール」という言葉も、大変極悪なイメージがありますが、誰からも何からも洗脳されていない人なんているんでしょうか。
人は何かしらの洗脳を受けて大人になり、知性や経験でそれを削除したり、アップデートしたりしていくのが自然な事だと思います。
そうは言っても私自身、中年を過ぎるまで自分の中の「リトルマザー」から解放されずにいました。

「リトルマザー」とは岡田斗司夫さんの言葉で、
「自分の中にいる小さいお母さん」のことだそうです。
「あなたはこうあるべき」
「そんなことをしていたら、こうなるわよ」
母親のちょっとした叱言ですが、特に女の人はこの「リトルマザー」に支配されている人が多いのだとか。

 これが「洗脳」なのか「マインドコントロール」なのか詳しくは知りませんが、そこに営利目的がない限り悪意は無いのです。
それどころか、母親にとってこれは愛情でさえあります。
子供はそれを愛情だと信じるからこそ、それを受け入れもするし、依存もするし、時には嫌悪もします。
自分の中の「リトルマザー」を否定するのは難しいことです。
だってそれは、自分自身が無意識に育てたものだから。

 私はもういい年ですが、今でもごくたまに「リトルマザー」に囁かれます。

「そんなことしてたら、こうなるわよ。」

私はもう自分の事は自分で考えることが出来る。
大きなお世話です。
 こう口答えして「リトルマザー」を黙らせることが、ようやく出来るようになりました。
何というか、すごくいい気分です。

 この間私の友人が、
「クリスマスが近づくと憂鬱になる」と話しました。 何でも彼女のお子さんは小学生の高学年になるけれど、今だにサンタさんは実在すると信じているのだとか。
「それは信じているフリでしょうよ。
子供なんてプレゼント貰おうと思ったら、あざとい事も平気でいうもんやで。」
そう言うと、友人は首を振って、
「違うねん、本気やねん。」
学校でも友達とケンカになるまで、サンタさんの実在を主張するとのこと。
 ウチの子といい、純粋で素直な子は、だからこそ傷つく事も、人より多く経験していくんだろうなと思うと、やっぱり心が痛みます。

 ホグワーツもサンタさんも、可愛い我が子への、愛を込めたエンタメだっただけなんですけどねえ。





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