新天地

専攻配属

目を疑うような,信じがたい英弱を,持ち前の口から出まかせと外面の良さでカバーして編入試験に合格してから早3ヶ月.

スキンヘッドのフランス人准教授がずかずかとやってきて,オーキド博士よろしく私にこう告げた.

「ここに(50名弱の)学部教員がいるじゃろ?好きなのをえらぶんじゃ」

無茶を云うでない.こちらとら入学2日目やぞ.

いや,通常であれば学部3回生は進級の時点で指導教員が決まっているはずである.これは困った.


確か,あやふやな記憶を辿ると,面接では
「ポリネシア諸語が好きなのでそういうのやりたいですねぇ,ええ」
みたいなことを言ってパスしたはずなのだ.

(試験後,慌てて家を掃除しているであろう友人の家に向かう予定であったから,内心「はよ終わらんかな」くらいのメンタリティであったことは確かで,だからあやふやなのだが)


しかし,蓋を開けてみればアジア・オセアニア(以降アジオセ専攻)には言語学の教員がいないのだ.

なんてことだ.ポリネシア諸語をやる環境がないのなら,もう選択肢は2つである.
理論言語学か,地政学か.

脳内はもう完全にこれ



私は必至に動かない脳みそをカフェイン[1]で殴りながら,何とか答えをひねり出した.

「あ,いや,ちょっと,待ってください」
「待てない」

おわったーーーーーーーーーーーーどないしろゆうねんーーー
うちまだ引っ越したばかりですねん~ちょっとは負けてぇな~

ともかく,もう決めねばならないみたいで,せめてでも専攻地域くらいは今日明日にでも決めろと目の前のスキンヘッドフランス人が急かしてくる.
こうなればもう遁走するしかない.学部長,アジオセのF先生(通称,深淳),ヨーロッパ地中海(ヨロ中)のK先生に相談メールをぶん投げ,面談をし,結果としてヨロ中専攻に落ち着いたのだ.ヨーロッパに興味ないんですけど. 


fundamental瀕死言語学[2]

さて,ヨロ中には言語学者が二人ほど在籍している.運よくその両者の講義を取ることができたから,まずはLanguage AquisitionをやってるK.H.先生のもとへ.一通りの挨拶をして院進について聞くと
「あーーGenerativeGrammarやりたいなら院はウチの大学じゃない方がいいよ,同志社とか,あと阪大かなあ,それかアメリカの大学のほうがいいかも」
とのこと.

まあK先生,University of Marylandで論文書いてますもんね,そうなのかな.

で,もう一人,S.H.先生.

私「生成やろうか悩んでるんですけど…英語苦手で…いや,院も行くので苦手とか言ってらんないんですけど…」
S先生「あーー英語苦手?うーん別に生成で英語が苦手だからどう,みたいな話はないと思うんだな,まあPaper…Paperって日本語でなんて言うんだっけ[3],ああ論文,論文読むのは慣れだろ思うよ.院行くならここはだめだねえ,アメリカの大学のほうがいいよ」

がっでむ.2人そろってアメリカ行きを進めてきた.
どうもアメリカの大学院は給料を貰えるらしく,その方が研究がやりやすいとのこと.うーーーーーん,せめて,Australiaがいいかな…というか簡単に言ってくれるけど多分無理だよ.

なんで私が生成に

もともとはもっと比較言語学とか,社会言語学みたいなことをやりたくて,あんまり個別言語には興味がなかったのだがそれでもポリネシア諸語とかは楽しそうだと踏んでいた.Syntaxだとしても,例えばハワイ語のphraseを形成する方向詞なんかは有名な先行研究があるから[4],完全な後追いは避けるにしてもMaoriとかと比較しても面白いのではないかと思っていたのだが,指導できる人がいないのでは仕方があるまい.

それでも,K先生のLanguage Aquisitionとか,じゃあ「VP-Ellipsis[5]の仕組みを理論でこねましたよー」ってやってきたところに,「じゃあ実際に赤ちゃんのUGにそれ自体がmountされてるのかな~」っていうノリが同じ大学学部内でできるのは随分と強みなのかもしれない.



高校時代,同じ男子校として少し通ったIpswich "Grammar" School
いや,別にそのGrammarではないが.


そもそもフィールドに出るのが向いていないことは薄々自覚していたことだから,これでよいのかもしれない.
それにしても,高校時代は英語が嫌すぎて赤点常連,共通模試は(leadingで)50を切るし,Toeicも500点なんて行くわけない英弱が英語学の範疇に置かれたGGを専攻することになるとは.確かにSyntaxを英語で学んでると日本語の処理に困るしな.それはそうとしてTOEICってADHD泣かせですよね


寿命短し働け無能

どうやら院進を考えていた京大総人には言語学専修が置かれていないようで,文学研究科なら言語学専修があるもののGGの先生が少ないようであった.別に構いはしない気もしてはいるが,手厚い環境を求めるなら同志社とかになってしまうのだろう.お金ないない.

吉岡先生[6]みたいにフィールドにのこのこ出て行って腹を下して[7]研究できるようなタフさなんてないから,やはり理論に引きこもったほうが良いのだろうな.それか「猫語の壁ひっかき交替[8]について」とかの研究をして猫にインタビューするのも良いかもしれない.

ともかく,向こう三年は「共通教育単位を取りつつ」「ゼミを回し」「学士論文のネタを考える」という学部新入生と院生の合わせ技みたいな生活を強いられるみたいなので,どこかで血を吐いて倒れたら隣の大学病院にリポビタンD[9]を差し入れとして持ってきてください.




[1]モンスターエナジー(英: Monster Energy):モンスタービバレッジ社(旧・ハンセン・ナチュラル社)が,2002年から販売・展開しているエナジードリンクブランド.
[2]Fandamental瀕死言語学:ファンダメンタル〇〇という言語学系の書籍シリーズがある.認知言語学,生成文法,コーパス言語学,英語学…いろいろあるし良書ぞろいなので是非.
[3]とくに生成の人において,専門用語周辺の単語が英語でしか言えない,または日本語を忘れてしまう現象が散見される.決して「おれ英語学の研究者だから日本語とか忘れるんだよねww」みたいにイキっているのではなく,もはや研究のし過ぎで何か大切な言語能力を喪失している可能性が高い.言語学者なのに.
[4]IWASAKI, Kanae.(2023)"The Use of the Directionals aku and mai in Written Hawaiian Narratives: Exploring the Narrator-Narrative Relationship".LANGUAGE AND LINGUISTICS IN OCEANIA.
[5]VP-Ellipsis : VP(Verb phrase)が先行詞で言及された際に削除されるanaphoraの一種.

(1a) You might do it, but I won't <do it>.
(1b) *You might do it, but I <do it>.
(2a) She will not laugh, but he will <laugh>.
(2b) *She will not laugh, but he <laugh>.

説明めんどくさい難しいからWikipedia見て.
https://en.wikipedia.org/wiki/Verb_phrase_ellipsis

[6]吉岡先生:国立民族学博物館 人類基礎理論研究部の准教授.著書に『フィールド言語学者、巣ごもる。』『現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。』『なくなりそうな世界のことば』(創元社).
[7]吉岡自身のTwitterにて「#パキなう」というハッシュタグでフィールドワーク先であるパキスタン滞在時の呟きをしているが,結構な頻度で胃腸にダメージを負っているのが散見される.
[8]元ネタは「壁塗り交替(Locative Alternation)」.
(i)a. ジョンは壁にペンキを塗った。
   b. ジョンは壁をペンキで塗った。
(i)のように移動物と場所が動詞の形態的変化なしにAlternationを引き起こしている.
[9]これさえあれば一日駆動できる神のあたえしエナジードリンク.その蠱惑的な黄色い色と薬臭さは,もはや気品さえも感じさせる.


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