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APOE遺伝子について解説。

APOE遺伝子とは、アポリポタンパク質E(APOE)という脂質代謝に関与するタンパク質をコードする遺伝子です。APOEは主に肝臓や脳アストロサイトという神経細胞を支える細胞で作られ、血液中や脳内で脂質を運搬する役割を果たします。APOEは脳の健康に重要なタンパク質であり、脳の発達や修復、炎症、老化などに関与しています。

APOE遺伝子には、アミノ酸の一部が異なる3つの遺伝子型(APOE2APOE3APOE4)が存在し、人口の約8%がAPOE2、約78%がAPOE3、約14%がAPOE4を持っています。APOE遺伝子型は、アルツハイマー病心血管疾患などのリスクに影響を与えることが知られています。特に、APOE4はアルツハイマー病の最も強い遺伝的危険因子として有名で、APOE4を持つ人は持たない人に比べて、アルツハイマー病になりやすく、発症年齢も早くなります。日本人では、APOE4の遺伝子型頻度は約10%と推定されています。

APOE4がなぜアルツハイマー病のリスクを高めるのかは、まだ完全には解明されていませんが、いくつかの仮説が提唱されています。一つは、APOE4がアミロイドβというアルツハイマー病の特徴的なタンパク質の凝集を促進し、脳内に老人斑と呼ばれる沈着物を形成することで神経細胞を傷つけるというものです。もう一つは、APOE4がタウという神経細胞の細胞骨格を構成するタンパク質の異常なリン酸化を引き起こし、神経細胞内に神経原線維変化と呼ばれる変性物を作ることで神経細胞の機能を低下させるというものです。さらに、APOE4が脳の血管や免疫系に悪影響を与えることも、アルツハイマー病の発症や進行に関係していると考えられています。

近年の研究

近年の研究では、APOE4が神経細胞だけでなく、アストロサイトという神経細胞を支える細胞にも影響を与えることが明らかになってきました。慶應義塾大学医学部の岡野栄之教授らの研究グループは、ヒトiPS細胞から作ったAPOE4を持つアストロサイトが、神経細胞間のシナプスと呼ばれる情報伝達部位を障害することを発見しました。
APOE4アストロサイトは、神経毒性を持つ細胞外マトリックスというタンパク質の一種を分泌し、神経細胞のスパインと呼ばれるシナプスの形成に必要な突起を減少させることで、神経活動を低下させることが示されました。また、APOE4を持つアルツハイマー病患者の脳内には、この細胞外マトリックスが蓄積していることも確認されました。これらのことから、APOE4アストロサイトが神経細胞へ悪い影響を及ぼす分子機構が明らかになりました。

一方、国立長寿医療研究センターの篠原充副部長らの研究グループは、米国の2万人以上のデータベースを用いて、APOE遺伝子型と糖尿病肥満との関係を調べました 。その結果、糖尿病や肥満の寿命や認知機能への影響は、APOE遺伝子型で異なることがわかりました。APOE2やAPOE3を持つ人では、糖尿病や肥満があると寿命が短くなり、認知機能が低下しやすいことが示されました。しかし、APOE4を持つ人では、糖尿病や肥満は寿命や認知機能に影響を及ぼさないことが示されました。
これは、APOE4がアルツハイマー病の危険因子であることと矛盾するように見えますが、APOE4が糖尿病や肥満による活動や興味の低下を抑制することで、寿命や認知機能を保護する可能性があると考えられています。これらのことから、APOE遺伝子型によって、糖尿病や肥満といった後天的な危険因子との交互作用が異なることが明らかになりました。

以上、APOE遺伝子はアルツハイマー病や寿命に大きな影響を与える遺伝子であり、その作用機序を解明することは、予防や治療のための重要な手がかりとなります。今後は、ヒトiPS細胞や動物モデルなどを用いて、APOE遺伝子型に応じたテーラーメイド医療の実現に向けた研究が期待されます。

参照文献

アルツハイマー病の新たな鍵、 神経のつながりを壊すアストロサイト因子の発見 (keio.ac.jp)

分子基盤研究部の篠原充副部長と里直行部長のグループが糖尿病の寿命への影響はAPOE遺伝子型で異なることを発見 | 国立長寿医療研究センター (ncgg.go.jp)

アルツハイマー病感受性APOE4、シナプス障害を引き起こす機構を解明-慶大 - QLifePro 医療ニュース

アルツハイマー病の新たな鍵、神経のつながりを壊すアストロサイト因子の発見-アルツハイマー病患者に対するテーラーメイド創薬の実現へ-:[慶應義塾] (keio.ac.jp)


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