鋼鉄浪漫メタルマン

 真っ黒な画面、
 第一話 メタルマンのいない世界
という文字が白抜きで浮かび上がる。
 その後ろ、女の喘ぎ声が初めは低く、そして徐々に高らかに、まるでこちらの理性に揺さぶりをかけてくるかのように聞こえてくる。
 タイトル画面消え、デジタル表示の目覚まし時計。12月25日(金) 21:00の文字。末尾、01に変わり、俯瞰、天井よりベッドに横たわるハヤト(19)の顔、無表情に瞬きもしない顔が次第に憎々し気に歪んでくる。
 手に持っていた漫画雑誌を手荒く投げ捨て、素早く起き上がるハヤト、ベッドを飛び出し、部屋のドアを開け、
開けた先は狭い玄関、画面、ハヤトの視線となり、玄関のドアが開き、薄暗い共用廊下をとんでもない速さで進み、並ぶドアを二つやり過ごして三軒目、ドアが開き、玄関を抜けると、部屋いっぱいの巨大なベッドの中央、後背位激しく交接し合っている男女。年齢は特に指定しない。女の声の激しさ、扇情的なところを考慮すると、三十代前半くらいが妥当か。
 ともあれ、その二人しばらくしてこちらに振り向き、完全に動きを止めた状態で、にんまりと笑いかける。
 完全な静寂。
 時計の表示、02に変わり、先ほどに増して喘ぎ声、そして男の荒い息遣いなど聞こえてくる。
 ベッドの上、上体を起こしたハヤト、ごついヘッドホンで両耳を覆い、スマホで音楽をかける。
 床に落ちた漫画雑誌のページ、マイクスタンドを三節棍のように構え見得を切っているヒーローの姿。
 大音量で音楽始まり、もうエロエロ音声は聞こえない。 激しく刻まれるリフの嵐。
 吹き出しの文字「鋼鉄浪漫メタルマン!」がクローズアップ。

OP
「共に闘う 夢を見ていた
 俺もお前も いまはすでに
 流した涙の数だけ
 這い上がれ汚濁の過去から

 Oh Fire Fire
 燃え上がる 怒りの熱い血潮
 Bring Down,Bring Down
 打ち負かせ! 鋼鉄の敵を
 
 重なり合う 夢の続きをそっと
 この世界の たった一つのフレーズへ」
 
 チャイムが乱打されていた。深海からゆっくりと浮上するような意識がそれに気付いて、俺は目を覚ました。絶妙なタイミングで聞いてるものを苛々させるようなやり方だ。こんな鳴らし方をするのは高利貸しの取り立てか、女絡みのあれこれ、あるいは通りすがりの子供の悪戯くらいなもんだろう。非常に不愉快だ。
 俺は、ソファの上に横たわったまま、思い当たる相手をいろいろと検討してみた。金は返し終わっているので、金貸し連中ではない。別れた女房があるわけでもないから、こんな嫌がらせをされることもないはず。ビジネス上のトラブルかと思ってはみたが、大体、最近の仕事内容からすると、そもそも人間との接触がほぼないので、恨みを買うこともあるいは感謝を受けることも考えられない。脱走を阻まれたハムスターがわざわざここまで来て文句を言うとは思えないし、迷子になった犬猫には感謝されることはあってもクレームつけられる謂れはないはずだ。
 ははあ、分かった。
 NHKだな、きっと。面白い。受信するものが何もないこの部屋に言いがかりをつけるというのなら、とことん相手になってやる。
 トラブルの匂いがすると血が騒ぐ俺は、少しウキウキと入口へ向かった。暇つぶしには丁度いい。
 ドアスコープを覗く。
「まじか」
 思わずつぶやいて天を仰いだ。
 せいぜいハムスターよりちょっと大きいくらいの男の子が真面目な顔して、チャイムを連打していやがったからだ。
「間違ってないか、少年。ここは南条探偵事務所だ。君の友達の家じゃない」
 俺はドア越しにゆっくりと話しかけた。チャイムの連打が止まった。まっすぐにスコープを見上げて少年は言った。
「お母さんを探してください」
 放っておくと真夏のアイスキャンディーのように溶け去ってしまうような声色だった。

 ヘッドホンをつけ漫画を読んでいるハヤト、
ハヤトの声「メタロイド、仮にこう呼ぼう、彼らは実は一つの思念のような存在だ。個々の存在があるわけではなく、ある意味神のようなあり方だとも言える。この次元と重なるようにしてこれまで進化してきた彼らは、今まで我々の存在に気付いていなかった。それが今や我々人類のことを捕食対象として認識し、こちらの世界を蹂躙しようとしているのだ。そのメタロイドの力を偶然手にした君、メタルマンにしか奴らは倒せない」
 投げ出される漫画。
ハヤト「そんなんいねーよ」
と、ヘッドホンをとるとまた聞こえてくるエロっちい音声。時計の表示が9:45に変わる。またヘッドホンをつけて、
ハヤト「助けてくれよ、メタルマン」
 布団の中に潜り込む。
 
ED

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?