敬称からにじみ出る距離感

人の名前を呼ぶ/呼ばれるときに、名前の後ろに「さん」だの「くん」だの「ちゃん」だのという敬称がつくことがある。

言葉遣いにはその人の思考があらわれる。言葉遣いのなかでも、特に敬称の使いかたからは、呼ぶ/呼ばれる人の距離感が端的に読み取れると思う。

あくまで個人的に感じるもので、年齢や性別や職種や地域によって全く異なるものなのだろうけれど、列挙してみる。


(名字を呼び捨て)

男性同士で、同輩または後輩を呼ぶときにつかう。

同輩どうしで、「さん」だの「くん」をつけて呼んでいたのが、敬称がなくなって呼び捨てに変わると、距離が縮まったような印象を受ける。

尊敬できないおっさん上司に乱暴に呼び捨てされるといやな感じがする。

さん

一番万能なやつ。オールマイティー。

距離感が未知数なときにとりあえず使っておけば間違いない。職場では、役職をつけて呼ばないといけない人以外は「さん」付けで呼んで問題になることはない。ポリティカル・コレクトネス上の問題を起こすこともない。

余談だけど、高校大学の部活では、先輩に呼び捨てされることが当たり前だった。それが社会人になってみると「さん」付けで呼ばれることが多く戸惑った。職場の一番下っ端なのに「さん」なのは、不当に厚遇されているようで違和感があった。きっと呼んでる側はそんな深い意味もなかったんだろうけど。

しばらくすると「さん」の便利さが分かってきた。高校大学では基本的に先輩=年上、後輩=年下だったけど、社会人にはそうでない人がちょくちょくいる。年上の後輩を「くん」で呼ぶ無礼を働かないように、保険の意味でとりあえず最初に使える、便利ワードが「さん」だった。

くん

同輩、もしくは目下の男性を呼ぶ。「さん」よりは距離が近しい感じがする。最初に「さん」で呼んでいて、ある程度人となりが把握できたフェーズで「くん」に移行するイメージ。

国会では女性議員を「くん」で呼ぶ謎の慣習があったりする。

ちゃん

一般的に年下の女性を呼ぶときに使う。男性にも使わなくはない。気安く呼べる間柄で使う印象。フォーマルな雰囲気はほとんどない。

職場の先輩たち(40代男)で、家族ぐるみの長いつきあいをしている人たちがお互いを名字+「ちゃん」付けで呼んでいて、最初に聞いたときは違和感がすごかった。今思うと親しさの発露なのかもしれない。

先輩

日本の中学・高校で使われるガラパゴス言語。年上の学生を呼ぶときに使う。

小学校では1~2歳年上の子を下の名前+「くん」で呼んで仲良くしていたのが、中学校に入った途端名字+「先輩」で呼ばないといけなくなりめちゃくちゃ窮屈な縛りだと思った記憶がある。

「先輩」という敬称のなかには上下関係という柱が一本通っているけど、敬意と親しみを表すこともできる少し不思議なワード。

「パイセン」というのもある(倒語というらしい)。こっちは敬意が薄まって、ちょっと舐めた感じになる。


ビジネスの相手方と話すとき、敬意を表すために使う。

「さん」と同様の万能選手。人物名だけじゃなく、会社名にもつけられる器用なやつ。擬人化したら糊のきいたスーツにネクタイをビシッと締めて、にこやかでそつのない立ち居振る舞いをしているに違いない。

プライベートではまず使わない。

殿

基本的には「様」と同じだけど、もっぱら文書上で使われる。

口頭で言うのは表彰状を渡すときくらいのもの。

肩書がない、もしくは肩書で呼ぶことがはばかられる理由のある人につける。これも文書上で使われることが多い。

職場の先輩で「氏」をつけて後輩を呼ぶ人がいた。呼び捨てではなくある程度敬意を持って、しかし「さん」付けほど距離が遠くなく、うっすらと親しみを感じさせる絶妙な呼び方だった。仕事ができて面倒見の良いあの先輩にしかできない呼び方だったなーと思う。


先生

 この呼び方の使いみちは2種類あって、ひとつは職業柄そう呼ばれるひとたち。教師とか作家とか医師とか議員とか。慣習と、あと先生と呼ばないと「軽んじられた」と感じて怒る一部の人に対する保険の意味で先生と呼ぶ。基本的には、敬意を持って呼び、上下関係に近い距離感をかたちづくる。

もうひとつは、仕事のできない人や、能力に見合わない意識の高さをひけらかす人、気難しくて取っつきにくい人を(時折皮肉を込めつつ)先生と呼ぶもの。先生と呼んでいい気分になってくれる人もいるけれど、バカにされたと感じる人もいるので、本人に呼びかけるというよりは噂話で第三者を指して使うことが多い用法だと思う。

嬢・女史 

妙齢の女性に対する敬称。映画とか小説とか、フィクションの世界でしかお目にかかったことがない。

陛下、閣下、殿下、猊下…

上に同じく。冗談で言う以外は、生涯で一度も使わない人のほうが多いんじゃなかろうか。

(役職名)

日本の職場で、目上の人を呼ぶときに使う。役職名だけで呼ぶこともできる点で異端の敬称。名字が長くて役職名が短い人の場合、名前を省略して役職名だけで呼べるので便利。役職名が長ったらしいと敬遠ないし省略される。課長補佐代理心得とか。

まとめ

ざっと書き出してみた。

敬称はほんとにいろいろある。これって日本語だけなんだろうか。外国語でもいろいろあるんだろうか。

TPOに応じて敬称が変わるのもおもしろい。普段は呼び捨てしあう関係でも、仕事のお願いをするときは「様」をつけて下手に出てみたり、普段職場で「ちゃん」で呼ばれている人が公の場では役職名で呼ばれたり。同じ敬称でも言い方や状況次第で意味が変わったり。敬称それぞれに独自の癖があって、ひとつの敬称に多面性があるというところは、なんだかとても人間臭い。

あとはあだ名というテーマもあるけど、長くなるので別の記事に書きたい。

最後までお読み頂きありがとうございました!