紫芋
東京駅。総武地下ホームに、彼女の姿はあった。
「ごめんごめん、余裕こいてたこっちが遅れちゃって」
「いいのいいの、私も遅刻魔だから笑」
本当に会うのは久しぶりだ。半年くらい経っていたのかもしれない。
「失礼かもしれないけど、真由、めちゃくちゃ痩せた?」
「そう、痩せたのよ」
記憶の中では女性らしい身体つきをしていたのだが、今目の前にいる彼女はだいぶ線が細くなっている。驚いてしまった。
予め用意しておいたグリーン券を彼女に手渡し(半分これのせいで遅くなった、というのもある)、久里浜行の電車へと乗り込む。見慣れた、錆びたその車体が、今日は不思議なくらいに味わい深く見えた。
「1階と2階、どっちがいい?」
「じゃあ、2階で」
グリーン車はどうやら初めてらしい。事前に伝えてもいなかったので、彼女はいくらか緊張しているのかもしれない。
「さっき、痩せたって話をしたでしょ?あれはね、」
どうやら飲んでいた薬が変わったことでその副作用が無くなったようだ。誠に喜ばしいことである。心の中で1人祝杯をあげた。
「ご飯はちゃんと食べてる?大丈夫?笑」
「私、人並みに食べるのよ笑」
僕はご飯を食べない女性を見ると不安になってしまう性質なのだ。自分が食べすぎ、ということもあるのかもしれない。
数日前、僕は彼女に告白をした。
とは言っても、それはあまりにもお粗末なもので、およそ「告白」と称することは不可能であった。恋愛裁判をかけられたら間違いなく敗訴するだろう。
「逃げた」
のだ。
面と向かって想いを伝えて、これまで散々な結果であった。実っても、残酷な(自信を持って言えるくらいには酷いものだった)終焉を迎えてきた。中、高とずっとそうだった。
僕はいつの間にか、軽度の女性不信に陥っていた。
そんな中であった。高校時代の友人である真由が、彼氏に振られたという話をLINEでしてきた。そういえばその彼氏とは2年くらい付き合っていたんだっけ。そんなことを思いながら、話をずっと聞いていた。
ずっと真由とは仲良くしていた。家庭環境が何となく類似していて、お互いの価値観も何となく似ていた。
真由は僕が所属していた部活動の部長をしていたのだが、扱いずらい厄介な部員に手を焼いていた。よく、僕に泣きついてきて、部長を辞めたい、部活を辞めたいとこぼしてきた。その度に僕は、部員の救いようのなさに首肯しつつ、真由が部活を辞めることだけは回避せねばなるまいと、
「何かあったら俺に言ってよ、2人で頑張ろ」
なんて格好つけて嘯いていた。
あまりにも断片的かつ乱雑な説明でいささか恐縮だが、兎にも角にも僕と真由は、こんな調子で自然と仲良くなっていった。
多分、高校時代から好きだったのだろう。
気付いていないだけで。
いや、
気づかないふりをしていただけで。
高校を卒業し、数ヶ月に1度連絡を取る程度になってしまったが、僕は何となく彼女のことが忘れられないでいた。
専門学校での日々を何となく過ごし、暑苦しい夏にあった泊まり込みの実習先では適当に恋をした。何故か恋は実ったのだが直ぐに女に振られ、罰当たりな僕は実習先の山中に棄てられた。棄てられて当然だが、憂鬱な気持ちは如何ともし難いものであった。自分自身のせいで女性不信の度合いを多少なりとも深めてしまった。今考えても若気の至りでは済ませない失態だ。
抜け殻と化した僕は何となく就活をし、気づいたらそれなりにいい会社に就職して働いていた。何となく仕事を覚え、何となく残業をし、何となく稼いだ金を使って過ごしていた。日々が無情にも過ぎていった。
そんな荒廃としていた日々を送っていた時に、彼女からの連絡が来たのだ。
心の奥にしまいこんでいた気持ちが少しずつ蘇ってきた。
分かり合える人と話している感覚。
懐かしかった。
東京で生まれ育った僕だが、「故郷の味」も多分こんな感じなのだろう。勝手に想像した。
「私も彼もお互いを好きだったんだけどね笑」
「どうして別れちゃったのさ」
「遠距離になっちゃってさ、何も無くなっちゃった」
感情を持たないはずの画面上の文字が、涙を流しているように見えた。
「だから、私はもうひとりぼっちなんだよ笑」
「可哀想なやつだ笑」
軽口を叩いた。
ひとまず本心を隠した。
また、真由の支えになりたい。
と思った。
それから数週間、LINEのやり取りは続いた。他愛もないやり取りが僕にとってはこの上ない幸せだった。高校時代を思い出して、1人感傷に浸るなどした。勝手なものだ。
そしてある日、唐突に事態が動いた。
「2年付き合った彼氏がいなくなっちゃうと、何だか変な感じがするよ笑」
「じゃあ、今、俺が付き合お!って言ったらどうする?笑」
本心が最悪の覗き方をした。
こういうのが1番ダメなのに。
面と向かって言うのが怖いからって、これは無いだろう。
僕の悪い癖は、特に推敲も確認もせずにLINEを返してしまうことだ。送信してから、酷く後悔した。
慌てて送信取消をしようとした直後に、返信が来た。
「君に言って欲しい」
それだけ返ってきた。
僕は手を軽く痙攣させながら、文字を打った。
「じょ、冗談?笑」
何故僕はLINEですらこのザマなのか。直接会ってもダメ、LINEでもダメとは。
「ううん」
これって。
もしかするのか。
「本当?」
何か文句を言われても、女性不信を盾にしてしまえと言わんばかりの有様である。
「本当よ」
僕は中途半端な覚悟を決めた。
「好きです。」
あまりにも弱々しいその一言は、ピコンという音と共に投げ出された。本当は、直接会って、面と向かって言うべきなのに。
「私も好き」
…え?
自分の頬を叩いた。痛かった。どうやら現実らしい。
「付き合って下さい」
「ねえ、会おう。」
グリーン車は快適である。そりゃそうだ。東京から鎌倉まで行くのに1000円だ。馬鹿にならない金額である。
「もう着くよ」
「早いね笑」
鎌倉観光は5年ぶりだったと記憶している。懐かしい。新型コロナウイルスの影響でガラガラかと淡い期待を抱いていたが、実際は予想よりはるかに人がいた。時代はコロナとの共存へと舵を切ったらしい。
小町通りを意味もなく2往復したり、階段で疲れたとぼやく彼女のせいで鶴岡八幡宮を半分くらいしか観光できなかったりと、だいぶ彼女に振り回された。
それすら楽しかった。
手を繋ごうと右手を差し出してみたが、その手は空を切り、宙に浮いたままであった。
群れからはぐれた野生動物のようであった。
時間がやけに余ってしまった。どうしようか、と困惑する彼女に、江ノ島を提案してみた。
「いいね笑」
江ノ電に揺られ、決戦の地へと向かった。
彼女は貝が好きで、特にさざえが大好きだと言う。
「いい匂い」
「食べちゃおうか」
人並みに食べるな、いや人並みでは無いような気もする。沢山食べる人が僕は好きだ。
鎌倉で食べた海鮮丼と江ノ島のさざえで完全に腹を満たした僕たちは、海辺へと向かった。
追加でアイスを買った彼女が、僕を見て言った。
「ねえ、私たちって今、どういう関係なの」
僕のせいだ。
中途半端な僕のせいだ。
彼女のマスクの下の顔が、はっきり見えた。
アイスを食べ終えた彼女が、おもむろに立ち上がった。
「さあ、行こ」
僕はその手をギュッと握った。
「待って」
彼女が驚いたような目でこちらに振り返る。
「どうしたの?」
「待って」
「あんな中途半端な告白してごめん」
「…」
「直接言うのが怖かった。そんな勇気は無かった。過去を思い出してしまったんだ」
「…」
「分かってる。ただの言い訳にしかならないって…」
「…」
「ごめん」
「うん」
「あの、」
「…」
「ずっと好きでした。これだけ頼りない僕だけど、真由を支えたいと思った。」
嘘偽りのない言葉だった。
ようやく、ようやく伝えることができた。
自己満足でしかないけれど。
「よろしくお願いします」
目の前の天使が、ふっと微笑んで僕に1歩近づいてきた。
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若干ノンフィクションですが、大体フィクションです。と言うか、小説にすらなっていません。
久しぶりにnoteを覗いてみたら、おそらく眠い時に書いたであろう、いつ書いたのかすら不明な下書きが残っていたので、ここに供養させて頂きます。
久々のnoteがこんな調子で申し訳ございません。何かまともなことを書きたいので、誰かテーマを考えて欲しいです。よろしくお願いいたします。
最近ラジオでメールを読まれていないライトな聞き専リスナーとなりつつある、炊きがちな玄米でした。またいつか。
永遠でありたいと思うのは野暮でしょうか
全能でありたいと願うのはエゴでしょうか
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