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経営に活かしたい先人の知恵…その42

◆ものごとに必ず見られる利害両面◆


『孫子』に「知恵の働く者は、必ず利害の両面を合わせ考える。利益になることを考える時には、害の面も合わせ考えるから、その仕事は順調に進む。害になることを考える場合にも、利益の面を合わせ考えるから、その心配ごとも解消するのである」とある。

 ものごとには、メリットがあれば必ずデメリットもある。決断する際に、利益の面ばかりに目を奪われていると、落とし穴に嵌りかねない。常に利害両面を考えることで、成功の確率は高くなり、リスクは低くなるとの指摘だ。

 このことをよく理解していたのが、スポーツ選手のマネジメント会社、IMG創業者のマーク・マコーマック氏であり、その自著『ハーバードでは教えない実践経営学』において、「最大の問題は、会社の経営を少しでも容易に、円滑にするために築いた組織構造やシステムが、本来の思惑とは逆に会社の勢いを削ぐ足かせとして機能することになることだ」と書いている。新しい組織や、新しく導入したシステムは、その時点では必要なものだったのだろう。しかし、それらがいかに効果的なものであったとしても、時間とともに弊害も出てくる。

 本来強みとされていたものが、弱みに転じることの例として、日本の強みとされてきた「和」を考えてみると、今はマイナス面が過剰に表に顔を出していると思える。聖徳太子以来、日本は「和をもって貴しとなす」の精神で、チームプレーに強みを発揮してきた。日本に影響を与えた儒教における和とは、「主体性を持った個人が調和する」ことを意味し、組織の構成員それぞれが自分の考えを持ち、それらをぶつけ合った上で、行動を共にすることが日本のチームプレー強みだった。それが時代とともに、「仲良くし、揉めないこと」が和だと理解されるようになってきたようだ。確かに、仲良くすることは大事だが、個人の主体性が薄れていけば、チームとしての力は発揮されない。最近の日本人は、論争を嫌い、忖度することで、組織の和を保とうとする傾向が強い。これが、日本経済が弱体化した大きな要因になっていると指摘する識者もいる。

 利が大きいと考えて取り組んでも、時が経つにつれて、害が利を上回ってきてしまう。その時には、躊躇なく、それまでのやり方を変えていくことが求められるが、孫子が指摘するように、最初から、利害両面に思いを馳せておけば、害の作用は抑えられる。

 そのいい例が、沖縄の「サンエー」(プライム市場)だ。同社の創業者折田喜作氏は、チームプレーを重視する一方で、社員にチームプレーの弊害を説く、バランス感覚に優れた経営者だった。

「チームプレーにおいては、仲間意識のなあなあ主義をはびこらせることだけは、どんなことがあっても避けなければならない。甘えが出てくると、どうしても低いレベルで仕事を進めるようになってしまう。低いレベルでの一致協力は、何の成果も生まない。私が理想とするのは、チームプレーを重視しながら、個々の社員が上限を目指してチャレンジする会社だ。上限を目指せば目指すほど、苦しいことが多くなるだろうが、その苦しみを乗り越えることで、人と組織は成長する」。

 折田氏のような経営者を、孫子が思い描く「知恵の働く者」というのだろう。

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