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ぼくのカミサマ

 ぼくは斑鳩ルカが好きだ。それはもう間違いなく。ぼくの猛る恋心を抑えることはできない。
 しかし、彼女はきっとぼくのことは嫌いだと思う。ぼくはナヨナヨしてて、根性もなく、努力することもできないし、自分自身の信念のようなものもない。彼女みたいに気の強くて、自我を通し抜けるような人間とは、ぼくは根本的に合わないのだ。だからきっとぼくは、彼女のプロデューサーは務まらないのだ。むしろ彼女の邪魔になってしまうだろう。
 だからぼくはせめて、彼女のプロデューサーにはなれなくとも、彼女をじっと見つめていたいのだ。彼女の行く末を、じっと見守っていたいのだ。関係なんて、全くなくても良い。
 ただ少し、斑鳩ルカの記憶にも残らないだろうけど、全く作為も意図もないだろうけど、彼女と少しだけ、話さえできたらと思うのだ。話、と呼べるほどの代物じゃなくても良いから………。





 田舎とも都会とも呼べないような地方から東京へ上京してきたぼくは、ちょっとした夢を持っていた。その夢のためにここまで来たが、ぼくには夢を叶えることは無理だと最近悟った。実力や才能がなかっただけなのだ。
 東京に来てもう1年になるが、地元へ帰るような気概も起きず、ひたすらバイトを繰り返すような生活を続けていた。現状を変えようという意識さえ起きなかった。今のままで、満足していた。たまに美味しい飯が食えて、自由な時間があって、屋根と壁があるところに住んでいる。それだけで良かった。

 ある休みの日、新しいゲームを買おうと商業施設へと出掛けた。1年経ったが、まだ人混みには慣れない。人混みに押されてることが多い生活をしていると、ひどく自分がちっぽけな存在のような気がしてくる。自分が急に消えたとしても、殆どの人は気にすることもなく生活を続ける。社会は変わらず存在し続ける。それはきっと、この人混みの中の多様な人達も同じなのだろう。不特定多数の中の誰かが消えても、誰も気付かずにそのまま生きる。そう考えると、この世がひどく無情な気がしてきた。
 そんな世界だとしても、この不特定多数の中から抜け出して、自分自身を実現させる人は、きっと、輝いているのだろうか。
 人混みを抜けると、どこか見覚えのある人を見つけた。その人は建物の柱に寄り掛かって、スマホをじっと見つめている。記憶を巡らすと、その風采には見覚えがあった。
 ━━━斑鳩ルカだ。283プロの、コメティック所属のアイドル。彼女のことは昔から好きで、雑誌やテレビで見るような姿よりも、なんだか、そこに寄り掛かっている彼女は異質に思えた。
 この不特定多数が蠢くなかで、彼女はいる。確かに存在していて、ぼくの目に映っている。カミサマと呼ばれる彼女が、そこにいた。
 ぼくは彼女に向かって駆け出していた。【何か】が、ぼくを突き動かした。その【何か】がどういうものなのかは、もうすぐにわかるような気がする。
 彼女の元に、スーツ姿の男性が話しかけていた。その光景を見て、ぼくは足を止めてしまい、彼女とスーツの男性の様子を伺った。
 すると、彼女は何か一言喋った後にスーツの男性に付いて行った。きっと、彼女の関係者の人だろうな。ぼくは直感で分かった。ぼくはじっと立ち尽くして、彼女達を見守った。きっと彼女はまた、不特定多数のぼくたちに向けて、素晴らしいものを見せてくれるのだろう。ぼくたちを奮い立たせてくれるのだろう。
 視線を逸らすと、彼女がいたところにスマホが落ちているのを見つけた。よく見ると、それは彼女が触っていたものに相違なかった。またぼくは駆け出した。
 「あっ、あのっ、すみません!」
 彼女とスーツ姿の男性は振り返ってぼくを見た。確かに彼女は、ぼくを見た。ぼくを見た。
 「これ、落としたやつじゃないですか?」
 ぼくはじっと彼女を見た。特に表情は変わりなく、変わらずぼくを見ていた。
 「…………あぁ、どうも。」
 「すみません、ありがとうございます!」
 スーツ姿の男性が優しい声音でそう言った。そして彼女達はさっきと変わらずにまた歩いて行った。ぼくは数分前のぼくと同じように、変わらずに彼女達を遠くから見つめていた。

 ぼくは少し、救われた気がした。

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