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演芸から学ぶ老害論。

とある講談師のYouTubeを見ていて。

一龍斎貞鏡という講談師が真打ちになって、その模様とアレコレを映した動画が流れていて。


で、1:00くらいのところでおばちゃんが喋っているんですが、この方、アニメのちびまる子ちゃんのまる子の母すみれの声を担当している人なんですね。

その人が、張り扇をパンパン闇雲に叩けばいいもんじゃない!ってことを言っていて、ほぼ間違いなくそれは神田伯山のことであり、冗談込みかもしれんけど、それを批判しているわけです。

私はそれを聞いて、笑いながらの冗談込みだとしても、先に生きている者が言うセリフじゃねえよな、って思いました。

講談はね、完全にオワコンだったんです。

いま、この文章を読んでいる人で、神田松之丞・神田伯山っていう人の出現より前から講談を聞いていた・知っていたって人は皆無に近いレベルでいないはずです。

世間的に時代的に完全にオワコンになっていた演芸を、物置から引っ張り出して光を当てたのが神田伯山であり、そのことを褒め称える人があったとしても、そのやり方あり方に批判・揶揄するなんてのは完全に筋が違うと思うんですね。

つうかさ、「本物の講談・本当の講談・正しい講談」ってなんだ?

あんたはそれでやってきたかもしれんけど、結果それによって一切客が来ない誰も知らない演芸になったわけじゃない?違う?そうでしょ?

世間はちびまる子ちゃんの母の声優が講談師であるなんて、”皆無に近いレベルで誰も”知らないよ。


立川談志の弟子の立川談春は著書である「赤めだか」の中で、嫉妬というものについて師匠に諭された時のことをこう著しています。

「よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ。そして現状を理解分析してみろ。そこにはきっと何故そうなったかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿と云う」



神田伯山は、現状を理解分析した上で、今の講談を世に提示した。

生で聞いてみればわかりますが、伯山がリズミカルにパンパン叩く張り扇の音は、その場の空間を支配し”ある方向に”導いてくれる見事な役割を果たしてますよ。

これまでの講談師は現状を理解分析しないまま「これが正しい講談ですけど!」って言って何一つ変化・進化せず旧態依然の昔のままの化石を守り続けた。

端的に見て、これって若い世代の進化成長を止めるだけの老害以外の何ものでもないと思うんですね。

全然客が入らない、年寄りがやってる昔ながらの東京ラーメンの店の店主が、めちゃくちゃ客が入る二郎系ラーメンやっている若い店主に向かって、「あんなものはラーメンじゃない!」って言うのってどう?

そういうことでしかないと思うんですけどね。

他人のこと、他者のことは、まあ置いたとしても、俺はそういう人間・老害にはなりたくない。

意見も言うし、文句も言うし、言い合いもしたいけれど、「絶対的に俺が正しい・絶対的にお前は間違っている」ってことを断定する年寄りにはなりたくない。


正解は常に現状の現実の中にある。


それは絶対に忘れないようにしたいですね。

客を呼べない古い芸人が、客を呼べる若い芸人を批判するのって、極めてみっともないことだ。

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