【国際女性デー2024】試し読み『職場で使えるジェンダー・ハラスメント対策ブック』
エピローグ
(5)ジェンダー・ハラスメントのない社会とは(p.160-162)
「高いところにあるものを男性に取ってもらうのは自然なことだ。だから、性別で役割を固定するのは仕方がない。つまりジェンダー・ハラスメントは仕方ない」といった主張をよく聞きます。
この意見には一理あるように見えます。でも、考えてみてほしいのです。もし、その男性の身長が自分よりもずっと低く非力に見えたら、松葉杖をついていたら、車椅子に乗っていたら、腰を痛めていたら、その男性に力仕事を頼むでしょうか。結局、男性だから頼んだというよりも、その仕事に適していそうだと思ったから頼んだということではないでしょうか。もし、屈強な女性がいれば、その人に頼むかもしれませんし、自分でできるなら自分で行なうでしょう。その場にいる人の中で一番力が強そうに見え、且つ、それが事実であるなら、確率的に男性に頼むことが多くなったからといって、ジェンダー・ハラスメントになるとは限りません。しかし、腰を痛めている男性に、男性だからと力仕事を押しつけるのはジェンダー・ハラスメントに該当するでしょう。比喩的な表現ですが、女性の多くが23センチの靴を履くからという理由で、27センチの足の女性に23センチの靴を履かせようとするのは誰が聞いても馬鹿げていると思うでしょう。読者の皆さんは#KuTooという運動をご存じでしょうか。靴(くつ)と苦痛(くつう)と#MeTooをかけた造語です。日本には女性のマナーとしてヒールの高いパンプスの着用が求められることがあり、とりわけ就活生や営業職の新人はそれに従わざるをえない環境にいます。一方、ヒールのあるパンプスは脚をきれいに見せる効果はあっても、長時間の歩行や立ち仕事に向かず危険です。後に深刻な健康被害をもたらすこともあります。俳優でアクティビストの石川優実さんは、男性の履くフラットな革靴を女性も選択できたらいいとSNSで呼びかけました。誰もが自分の足に合った靴を履ける社会が、ジェンダー・ハラスメントのない社会です。
また最近、脳には性差(男性脳・女性脳)があり、そのため男女で考え方や得意分野が異なるという言説が見られます。これに対して疑問を呈している心理学者は少なくありません。仮に男女の脳に傾向の違いが認められたとしても、それを根拠に、個人差や後天的な影響を無視して人の生き方を制限するならば、その行為は科学の名の下に行なわれる厄介な性差別といえるでしょう。
日本の職場では、女性の管理職比率は先進国の中でも極めて低い状況にあります。これに対し、「女性には女性の特性があるから、リーダーが少ないのは自然なことだ」という主張があります。しかし、ほかの国に比較してリーダーの女性比率が低い原因は、日本人の女性だけにリーダーの特性がないからでしょうか。これは理屈が通っているとはいえません。もし、本当に女性という性が遺伝的にリーダーに向かないとしたら、女性の管理職比率の高い国には統率力のない大量のリーダーが存在し、それによって多くの組織が機能不全に陥り、問題が頻発していることになります。
女性を一律に重要な仕事から除外し、周縁的役割に押し留めることは大きな問題でしょう。人間は、植物が成長して花が咲き実をつけるように、おかれた環境で発達していきます。与えられた作業に熟達し、周囲と協力することを覚え、より広い視野を獲得して、経験を積めば、年下を指導する立場になることは自然なことなのです。職場でずっと同じような周縁的仕事に押し留められることは、人間の自然な発達を阻害します。職場で成長し変容することが期待されず、ずっと留め置かれることで、周囲にも様々な弊害が生じるのではないでしょうか。職場に長くいる事情通の女性が公式の職位を与えられずに、事実上の権力を陰で握っているということがあります。それは組織にとって健全なことではありませんが、そうなった原因や責任はその女性ばかりにあるのではありません。経験を積んだ女性に力を注ぐべき次のステージを与えず、同じ場所、同じ地位に留め置いたことの弊害なのです。
組織のリーダーとは、最初からなるべき人間が決まっているものではありません。あらゆる人が、あらゆる場面で周囲の求めに応じて他人をリードせざるをえない状況を経験し、結果としてリーダーに成長し変容していくのだと考えています。リーダーに限らず多くの役割にいえることですが、全く新しい役割を担うということは、大きな質的転換を求められる側面があると思います。全く経験のないことをしなければならない状況は、未知の自分を発掘してしまうかもしれず、多くの人は躊躇するでしょう。しかし、目の前に何かのチャンスが来たときに、自分には経験や知識が足りない、もっとふさわしい人がいるはずだといって尻込みしないでください。そうして隣の誰かにその役割をやすやすと渡してはなりません。自分が変わってしまうことを恐れずに、曖昧で予測の立たない世界に勇気を持って飛び込んでほしいと思います。これが本書を通して、著者が特に女性たちに最も伝えたかったことのひとつです。研修を実施する人事部門の方たちからも、是非積極的に伝えてほしいと願っています。
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2023年の刊行時、小林さんによるジェンダー・ハラスメント対策研修を社員全員で受講しました。以下の記事に研修の概要とレポートをまとめています。こちらもぜひあわせてご覧ください!
▼研修レポート・前編はこちらから。
▼研修レポート・後編はこちらから。