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ビートルズと秋

蝉時雨ってこういう事を言うんだなぁって。課外授業で初めての土地に足を踏みしめて本当はワクワクが止まらないのに、なんかカッコつけて気だるそうにベンチに座ってふと思った。自由行動って事で好き勝手に動いてたら同じ班のメンバーとはぐれ連絡すればいいのに迷子っていうのがちょっと恥ずかしくてこうして意味もなく時間を潰している。近くの市民館でビートルズのイベントか何かのポスターを時折目に入ったので、こうして制服姿で黄昏れるよりはマシだと行ってみる事にしたが、ビートルズについて知ってることはジョンレノンと英語の授業で話題になったレットイットビーぐらいで本当に気まぐれに入ってみるとどうだろう。高校生特有の斜に構えた俗に言う中二病がまだ抜けきれていない感性には一般的にマッシュルームヘヤーにスーツ姿で愛とか平和を歌うアイドル扱いのビートルズのイメージを払拭するヒッピー文化の髭を蓄えた長髪姿でタバコを噴かすメンバーの写真や、アルバムジャケット、あまり聞く機会のない楽曲達は十分に魅力的だった。いつの間にかビートルズはヒーローになっていた。パンフレット片手に市民館を出ると集合時間が近付いていたので最寄えきに向かった。

班のメンバーは特に咎める事なく、夕食の時間まで雑談で時間を潰していた。途中で別のクラスのやたら幅をきかせる体と態度がでかい不良生徒の話題になった。先程のビートルズで少し気が強くなっていたため恐れ知らずと言った風に有る事無い事不満や誹謗中傷していると「おい」恐る恐る後ろを振り返るとまさに話題の人がそこにいた。ヒリつく空気。口を閉ざす他のメンバー。声の主は何も言わず取り巻きを連れて部屋に戻っていった。不安と後悔が頭の中を交差し夕食後多分折檻が待っていると思うと今すぐ泣き出し気持ちを抑え込んで、まぁ大した事ないよと虚勢を張るぐらいしかできなかった。夕食の時間が始まったがこの後起こる事が気がかりなのと先程から鋭く刺さる複数の視線を感じてせっかくの焼肉も味を感じなかった。気を紛らわせるために他の食卓を見渡すと、初めてみる儚げな雰囲気を醸し出す存在と目があった。慌てて目線を逸らし謎にドギマギした気持ちに疑問を持って隣のメンバーに件の存在の詳細を聞いてみた。やたら顔の広いメンバーによるとどうやら長らく不登校であったが、この課外授業には顔を出したのだ。なるほどなぜか腫れ物を扱うような周りの態度も相待って他とは違う空気感を纏っているのか。夕食の時間も佳境に入り元々の食卓の顔ぶれも変わり少し無礼講な雰囲気になってきた時やたら大きな声で自分を呼ぶ声が木霊した。あぁ始まるのか。しかもこんな所で。そう思うとげんなりしてくるが自分ともう一人振り返る顔があった。そう先程の稀有な存在だ。偶然にも自分と同じ名前だったのだ。何故か親近感を感じた。

この偶然を嘲笑う人々の声。教師はただ微笑ましい顔をして使い物にならない。その人の神経を逆撫でるバカ笑いのもとに白い手足を揺らしてもう一人のその笑い声の対象は片手に持ったコップの中身を思いっきりぶっかけた。そして走った。静まり返る団欒。流石の教師もこの事態には顔を引き攣らせ追いかける。頼りなさげな足とは対照的に機敏に動き外へ逃げ出した若者に息を切らし手を伸ばす教師陣。生徒たちは急に始まった非日常感に興奮を隠しきれずびしょ濡れのウドの大木さえも歓声を漏らす。居た堪れなくなった自分に追いかけろと声が飛んでくる。確かに自分は他と違うとニヒルに構えているが学校などの集団では大人しい部類である。いつかは自分はと思いつつも行動せず、あまり印象に残らない自分と馬鹿にされ大胆にもやり返し部屋を飛び出したあの存在。気付いたら自分も走っていた。どこへ向かえば良いのかも考えず無鉄砲に走ると、あの破天荒は枯れ木って裸になった桜の前にいた。自分に気付いた美しい横顔は不意に口を開いた。

「ゲームセンターは好き?」

少し困惑しつつも「うん。嫌いじゃないかな。」

「そう」

「、、、」

居た堪れない沈黙。何かいい話題は思いつかないが自分はこの沈黙が嫌いだ。

「だったらなんか喋ればいいのに」

心を読まれているのか?

「嫌なのになんで流れに身を任せる?」

「誰だってそんな中心人物にはなれない。好き勝手したら疎まれる」

「そんなの気にしない人間もいる。」

「それはそうだけど」

「何が違うの?」

「、、、」

「まただんまり」

「、、、」

「秋が来る。」

「え?」

「秋が来る。そしたら私は終わる」

「終わるって?」

「分かってるくせに」

「行かないでくれよ」

枯れ切った桜は一瞬で紅葉に姿が変わり舞い散る葉が世界を包み込む。人も物も月も空気も。

気付くと見飽きた天井がそこにあった。頭がボーとする。でもこんなことしてる場合じゃない。服も着替えず走り出した。場所はゲームセンター。何故かそこに行かなきゃいけない気がした。パジャマ姿で走った。うろ覚えのゲットバックを歌いながら。

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