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魂に煽られる人たち〜心を揺さぶる人生のストーリー9 コンビ初陣② 涙

「次は、松田さんだ!」2人で歩きながら次の遊具を物色し始める。
「私、トーク苦手だから、フォローしてね!頼むね!」
「松田さんみたいな凄いフォローはできないよ」先程、凄い推しを目の当たりにした後だ。
 間も無く、庭に子供用のスコップ、ジョウロを見つけた。、、小さく頷き合う。

【ピンポーン】
『は〜い!』
「こんにちは!ミネルビ学院の松田と言います。子供さんの英会話教室のことで来ました!」
『営業?結構です』
「お母さん!お願いです!私、お話させて貰わないとクビになっちゃうんです!」
『はぁ?、、』
「お願いします!押し売りは絶対にしませんから!約束します!」
『あぁ、、』戸惑っている。
「少しだけ時間を下さい!」
『‥』、、カチャ。
「松田さん!それは無いやろ!出てきてくれてもそれじゃマイナスから始まるぞ!」
「所長は、素で行けって言ってたよ!取り敢えず話しないと始まらないでしょ!、、0件の人に言われとぅ無いわ!」
「、、さっき1件とったわ!」晃司もムキになる。
 梨花は、大きく息を吸い込んだ。

【ガチャ】
 着古した様なTシャツ、ジーンズ、汚れたスニーカーを履き、無造作に髪を後ろに纏めた女が出てきた。
「あ、お母さん、ありがとうございます!」
「あのね、うちは、習い事はさせない主義なの。と言うか、本人がしたいと言わなければ、させても一緒だからね!」半身で腕組みをし、指先には透明なマニキュアがのっている。
「英会話の体験だけでもどうですか?」
「そんなの嫌がるに決まってるじゃない!」
「プロの講師の授業が無料で受けられるんですよ!絶対にお得ですよ!」梨花は怯まずに真っ直ぐに話す。
「あんた話聞いてんの?英会話なんて、うちの子が嫌がるに決まってるじゃない!」
「プロの教室ですよ!体験1回はしちゃう方が良いですよ!奥さん絶対!」純粋な目で畳み掛ける梨花。
「この娘、困るわ!」口元が少し歪むのが見えた。
 後ろから晃司が、堪らず割り込む。
「奥さん無理しなくて良いですよ!すいません。でもせっかくの機会なので、お伝えだけさせて下さい。ミネルビの子供英会話教室は喋る事に偏らず、読む、書く、聞くをバランス良く行い、他文化と触れるので、子供のコミュニケーション能力を高めるのに1番良いと思いますし、裏付けもあります。こういったデータも参考にお渡ししておきます(チラシを手渡す)。、、英会話に対する子供さんの反応を見ていただける貴重な機会になると思います。無理はしないでくださいね。」
「私だってね、本人が習い事をしたいって言うなら、、幾らでもさせてあげたいのよ!わかる?」
「分かりますよ!おっしゃる通りだと思います!自発的な学習機会でないと意味がありませんよね!その点、無料の体験は、ちょうど良い機会になると思いますよ。」
「うちの子、何もしたいって言わないし、遊んでばかり。勝手気ままで、将来ちゃんとやっていけるか心配なのよね、、」腕組みが解かれ、晃司に向き直る。
「心配ですね。自己流も大事ですが、社会で上手く渡っていくにはコミュニケーション能力が、とっても重要です。組織では何らかの才能があっても、コミュニケーション能力が低くては評価されません。才能や能力だけ磨いても、むしろ組織内で敬遠されているのではないでしょうか?奥さんもそんな人をたくさん見てきたのではないですか?」
「そうよ!人の気も知らない上司!やる気をなくさせる!口の聞き方も知らない事務長!」
「人あっての社会、組織です。そういう方は、役職に就けたとしても、ある程度で頭打ちです。ミネルビの子供英会話教室は喋る事に偏らず、読む、書く、聞くをバランス良く行い、他文化と触れるので、子供のコミュニケーション能力を高めるのにピッタリなんです!」
「子どもがどう言うかしら?」
「一度体験して、子供さんの反応を見て、お子さん自身に聞いては如何ですか?奥さんが、お決めになる必要は無いですよ。」
「うーん、、」顎に人差し指を付けて輪郭をなぞり出す。
 その指が、中々止まらない。
「奥さん、ご無理をされなくて大丈夫です。ただし、今の期間を逃すと、再度こちらの地域に来る予定はありませんよ。」、、、『次行こう!』と梨花に目配せして踵を返す。
「ちょっと待って!、、お試しだけでも良いのね?」
 声の方に向き直り、元気よく2人同時に返事をした。
「はい!!」

 その後も、2人は時間を惜しんで、菰野町大羽根の住宅街を回り続けた。
 御在所岳に陽が近づいてきた頃、持ってきた新規契約紙12枚を、使い切ってしまった事に気づいた。新規が取れる喜びのせいだろうか、2人とも未だ足取りは軽く、疲労を感じる事を忘れている。急いで、帰社迎え場所の道の駅に辿り着くと、16時丁度に相原所長の運転するウイングロードがやってきた。
「お2人ともお疲れ様でした!どうだった?ねぇ!」後席に2人が座りきる間も無く、相原は堪らず聞いてくる。
「どう思います?」梨花が悪戯気味に質問するが、笑顔が堪えきれない。
「そう?やったのね!やっぱり!、、何件?2件?3件?4件?..」相原の質問に、首を振り続ける梨花。晃司も出し惜しみするが、我慢ができなくなってきた。
「松田さん!一緒に言おうか!」、、「そうね!」
「いっせ〜の〜でっ!!、、」
「12件!!」
「え?嘘でしょ?本当?、、えーー!!」
 相原は前に向き直り、バックミラーを動かして後部座席から顔が見えない微妙な位置に座り直した。相原の肩が微妙に揺れて、啜り泣く声が聞こえ出す。相原に結成されたコンビ2人も、もらい泣きする様に涙が溢れ出した。
 相原にとって、今日は、所内での立場と自分自身の信条、プライドを賭けた勝負の日だった。この勝負に見事に勝ったのだ。
 晃司と梨花にとっても、それは同じ。今日は自分自身を賭けていた。しかし、それ以上に、、自分たちを信じ、庇ってくれた相原への感謝の想いでいっぱいになっていた。
 車内に3人の涙が溢れる。
「皆さん!今日は私し武田の奢りで、事務所横の『焼肉 天龍』に直行です!良いですか!」
「はい!!」今度は笑顔が溢れた。

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