エレベーターの攻防戦。

僕が新卒でいまの会社に入った時、
上司から言われたことのひとつに
「エレベーターの操作盤の前に自分が立つ」というのがある。

エレベーターに乗り込む時、
サッと右側か左側にある操作盤の前に移動し、
自分が降りるまで、自分が開閉ボタンを押したりする。
自社ビルでも他社でも、
乗っている人のほとんどは自分より目上の人だから
そういう面倒なことは率先してやりましょう、
という話だ。

1年も意識してやっていれば、体に染み込むもので、
それから5年以上経った今でも、
エレベーター内では、無意識に操作盤の前に立つことが多い。

さて、操作盤に立って終点階まで乗った場合、
当然、エレベーターから降りるのは自分が最後になる。
新人が操作盤の前に立つというのも、
「目上の人より先に降りない」ことが実践できる、
という側面もあるのだと思う。

操作盤の前に立つ自分が最後に降りればいい、
それは今もそう思ってやっているんだけれども、
ひとつ、問題がある場合がある。
それは「操作盤が両側2箇所に付いているエレベーター」だ。

右側の操作盤の前に立つ、見知らぬ若い女性と
左側の操作盤の前に立つ僕。
エントランスのある終点階に着いて、
エレベーターの中心付近に乗っている人からゾロゾロと降りていく。
当然、右の操作盤の前に立つ女性と、僕が最後に残される。

最後に残るべくして残った2人のうち、
どちらが先に出るか、その判断はなかなかに難しくて、
多くの場合、数秒間、0.数秒間のお見合いの時間が生まれる。
そして、先に出る権利を、譲ったり、譲られたりする。

今日も、左右2箇所に操作盤のあるエレベーターで、
僕はまた無意識に、右だか左だかの操作盤の前に立った。

ボーッとしていたのだと思う。
逆側の操作盤の前にも誰か人はいたけれど、
終点階、ほとんど乗っている人が降りたタイミングで、
僕もエレベーターを出た。
すると、ほぼ同じタイミング、シンクロしたかのように
逆側の操作盤の前に立っていた女性もエレベーターを出たのだ。
ちょっと美しいとすら思える、シンメトリーな動きだった。

目から鱗だった。
いままで「どちらかが先に降りて、どちらかが最後まで残る」
という前提で、「どちらが先に出るか」の攻防戦を繰り広げていたのに、
別に同時に出ても、体がひっかかることもないし、
それはそれで全然うまくいくことに、今日は初めて気付いたのだ。

「遠慮や配慮が美徳」という意識が、
ずっと日本に生きていた中で、確実に培われてきている。
もちろん、遠慮も配慮もときには必要だと思うけど、
もしかしたら、必要のない遠慮や、過剰な配慮が
自分や他人の負担になっていることも
知らず知らずのうちにあるかもしれない。

あんまり余計なことを考えずに飛び出してみる。
そうすることでスムーズに生きやすくなるかもしれないことも、
実は生活のなかにたくさんあるんじゃないかなと、
人の溢れたエレベーターホールを歩きながらそんなことを思った。



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