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6月某日 結婚指輪を作ったレポ

 6月といえば、ジューンブライド。私は3月に結婚したのだが、まだ足りないものがあった。そう、結婚指輪である。
 最初はいろいろなブランドを検索していた。が、どれもこれもピカピカしていてまぶしい。こんなにキラキラしたものを指につけるのか、と考えてインターネット上を彷徨っていた。そのうち、「手作りできる工房」の文字に行き当たった。
 アクセサリーを作った経験は何度かある。とんぼ玉を丸く加工したり、ガラス玉を整形したり、砂金を取ったり、アコヤ貝から真珠を取り出したり(最後の2つは素材採集である)。指輪を作ったことはまだなかった。そもそも指輪をつけないからだ(同じ理由でイヤリングやピアスも作っていない)。結婚指輪という一生に一度(たぶん)しか購入しないものを、ただの買い物にしたくはなかった(購入するのは私ではなく夫であるのだが)。いくつか工房を見比べ、夫とも話し合いをして、鎌倉彫金工房さんに決めた。


 ところで、指輪の作り方にはいくつか種類があるのを知っているだろうか。恥ずかしながら、私は作ったあとに知ったので、ここで簡単に紹介しておく。
 鋳造鍛造の2種類の作り方に分けられる。以下の文は、ラザールダイヤモンドさんの公式サイトを参考にしている。
 鋳造とは、指輪の材料となる金属を溶かし、蝋で作った鋳型に流し込み、冷却して取り出す方法である。繊細なデザインのものが作れるのが特徴で、店舗で売られているものはこちらが主流になっているという。東大寺の大仏を作るような方法と言ったら分かりやすいだろうか。鐘を作るのにも使われていそうだ。鋳造の弱点は歪みやすいこと。金属の密度を高められず、気泡が発生しやすいため、耐久性に劣る、とのことだ。
 一方鍛造は、指輪の材料である金属を棒状にして、リングの形に作り上げていく方法だ。こちらは実際に叩いて伸ばす伝統的な手法とプレス機にかけて圧縮して削り出す手法がある。鍛造リングの多くは、大量生産が可能なプレス製法で作られているのだそうだ。圧力を加えることで密度が高まるため耐久性があり、表面硬度が高いため輝きが美しいなどの特徴がある。弱点としては時間がかかること、シンプルなデザインのものしか作れないこと、大幅なサイズ直しには手間がかかるという点がある。
 今回の製法は、鍛造の伝統的な手法だった。刀の鍛冶と似たものだと知って、嬉しくなった。それは硬度も高くなる。

 ということで、当日の話に移る。今回は横浜元町の工房にお邪魔したのだが、ぱっと見た感じ何のお店なのかわからない外見をしていた。予約制だからあまり人目につかないようにしているのだろう、と思ったのだが、後々理由がわかってくる。休日だったので、私たちの他にも何組かいた。職人さんは2組に1人つく体制になっていて、ほがらか笑顔でサポートしてもらった。


鎌倉彫金工房 横浜元町店の看板


 まず、デザインを決めるところから始まる。サンプルがいくつか用意されていて、その中にないものは奥から出してくれるスタイルになっていた。素材はプラチナにしよう、ということだけ決めていたので、形や仕上げ加工や太さを実際につけてみて決めた。最終的に組み合わせは以下のようになった。

太さ:2mm
形:平打
仕上げ:マット

 細くて丸いと"金属の輪"感が強く、クリアの輝きは目に痛い。中でもマットの輝きは控えめながらきらめいていて、直感でこれだ、と思った。
 次に指輪の大きさを決める。これは、職人さんのアドバイスを聞きながらぴったりくるものを選んだ。
 ひと休みしてから作業に入る。エプロンを着け、プラチナの棒を準備してもらう。これを蹄鉄のような形になるまで指で曲げる。号数が小さいと棒が短くなるため、力が入らない。気合いで曲げて、ペンチで端と端をくっつける。このときも本当に近づかなくて、ほとんど職人さんにやってもらった。「ここまで近づけば上出来です!」と言われた気がする。褒め上手な職人さんだった。


プラチナの棒


蹄鉄の形に曲げたところ


 職人さんの手で蹄鉄からきれいなおにぎり型になったところで、溶接に移る。レンガで作られた簡易的な溶接所で、職人さんに手を添えるような形でプラチナのかけらを熱する。溶けるのは一瞬だったが、一際強く輝いていた
 いよいよ叩いて伸ばす工程に入る。金属の棒に差し込んだいびつな指輪を叩いて丸くするだけの単純な作業なのだが、結構思いっきり叩かないとへこまない。小さめのハンマーで打ちつけていたときは、演劇部でのベニヤ板に釘を打つ作業を思い出していた。もちろん、金属音が鳴り響く。このために窓はなくし、防音壁で囲んでいるのだ、と気づいた。ちなみに夫は隣人がアクセサリー加工をしていて、この音を何度か聞いたことがあるそうである。叩いていくと、だんだん指輪の大きさが広がっていく。ハンマーを木槌に変え、号数の線に合うところまで叩く。結構楽しい工程だった。


叩いて伸ばす道具と丸くなった棒


 ここからが本番、磨きの工程である。まずは爪やすりのような道具でゴシゴシ削る。そのあと縦横に目の入ったやすりでシュインシュインと削る。そのあと、刃のついた道具で内側をゴリゴリ削っていく。内側削りが楽しくて、リズムよく終わらせたら褒められた。削るだけとはいえ、ここをおろそかにすると輝きは出ない。根気のいる作業だ。
 傷がないか確認してもらって、いよいよ加工の工程に入る。マット仕上げというのは、わざと細かな傷をつけて表面にくすみを持たせる。側面は安定していてやりやすかったが、表面はなかなか難しかった。これも紙と鉄、2種のやすりを使う。傷をつけると、別の輝きが生まれて楽しかった。ただ、プラチナの粉で手がまっ黒になる。そして内側を細かなやすりで磨いていく。皮膚に触れるところになる角も削るのだが、号数が小さいとやすりが当たらなくて苦戦した。職人さんの手を借りて整形は終了。内側の粉をとっていく作業に入る。これは職人さんの言っていた「色塗りのような」という表現がぴったりくる。綺麗に拭き取ったキリを当てるとあら不思議、みるみるうちにスプーンのようなさかさまの鏡面が現れる。どんどん綺麗になっていくのが楽しい工程だ。
 塗った薬を拭き取って、私たちの作業は終了である。洗って綺麗になった指輪に刻印を入れてもらったのだが、この刻印機がかっこいいのである。下に視認できる大きさの文字型があり、針を動かすことで、連動した小さな針が指輪に刻印していくという仕組みになっていた。このように仕組みの説明をしてくれるのはありがたい。活版印刷機のようなレトロさがあって、わくわくした。夫も一番興奮していたように思う。
 作業時間は2時間と少し。作業と合間の雑談であっという間に過ぎていった。途中、職人さんが写真を撮ってくれたのには驚いた。なかなか自分たちの写真を撮らない私たちにとっては、とってもありがたいサービスである。完成した指輪と一緒に写真撮影もしてもらった。店の外での撮影はドキドキしたが、職人さんのユーモアでなんとか笑顔の写真を撮ることができた。本当にサービスがよく、楽しい時間を過ごすことができた。


素敵な撮影セットに囲まれた指輪

 そんなこんなで作った指輪は、1日1度は手に取って見ているほど愛着が湧いている。毎日はつけないつもりだが、気分が上がる逸品であることは間違いない。所々加工が甘いところがあるのもご愛嬌だ。夫も楽しんでくれたようだし、いい経験になったと思っている。
 鎌倉彫金工房さんでは、シルバーやゴールドのリングであれば1人1本から作れるようなので、気になった方はぜひ訪れてみてほしい。以上、指輪作りって楽しいぞ!というレポでした。 


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