【劇作家女子会。のQuest①対談 石原燃さん(前編)】意識も、世界も、変わってきている。今を生きている私達で変えられる

劇作家女子会。のQuest①として、劇作家女子会。は、演劇の現場で使える、オープンソースの(web上などで公開され、誰でも自由に利用できる)ハラスメント防止のためのガイドライン作りを目指しています。
色んな劇団で、或いは現場ごとに自由に使用ができるガイドライン作りのために、私達は何を知り、何を考え、何を実行していくべきか。
その答えを探すために、私達はこれまでに、演劇の現場で活動している様々な方々からお話を伺い、思考を重ねてきました。
このQuestでは、これまで私達と話し合ってくれた方々との軌跡を、対談記事として順次公開していきながら、ハラスメント防止のためのガイドライン作りを目指していきます。 

第1回目は、劇作家の石原燃さんにお話を伺いました。

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左端より、石原燃さん、オノマリコ、モスクワカヌ、坂本鈴。(撮影:黒川陽子)


■劇作家女子会。がやろうとしていること。演劇の現場で使えるオープンソースのハラスメントガイドラインづくり

― この日は石原燃さんのお誕生日の翌日だったので、ケーキを持参してのお宅訪問をしました。 ― 

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石原 それで、今日は何を話せばいいのかな?

坂本 ええと、ではまず、私達がやろうとしていることについて説明するね。私達劇作家女子会。は、演劇の現場で使えるハラスメントのガイドラインを作ろうとしているの。それも私達だけが使うのものじゃなくて、オープンソースにして他団体も使用できたり、公演ごとに採用したりもできる、カジュアルでフレキシブルなものにしていきたいのね。

オノマ ハラスメントのガイドラインは、海外の劇場には前例があるよね。例えばロイヤル・コート・シアターのガイドライン(※1)とか。ただこのガイドライン、書いてあることには賛同するけれど…。

坂本 ちょっとハードル高いよね!

モスクワカヌ 私は一気に全部読めなかった、難しくてついていけない。

坂本 そうなんだよー。

オノマ まあ、理解するまでがちょっと大変だよね、文章量多いし。

坂本 というわけで私達は、もっと短くてやわらかい…要するにハードルの高くない使いやすいガイドラインが欲しいんです。

モスクワカヌ それな。

黒川 それで例えば、「この公演では劇作家女子会。のガイドラインを採用していますよ」とか、「この団体では、劇作家女子会。のガイドラインをもとにルールを設けていますよ」とか。どんどん利用してハラスメントの起きにくい現場づくりに役立ててもらいたい。

坂本 だけど、それを成し遂げるには私達、ちょっと勉強不足では? 現場がどうなってるのかっていうことをもっと広く知るべきでは…? ということで。演劇界でハラスメントの問題に取り組んでいたり、関心の高い人たちに話を聞きたくて、かねてからハラスメントについて興味をもっているという燃ちゃんにお声がけしました。

石原 了解です!

■ハラスメントを見て見ぬふりをすることは、傍観者になることではなく、加害者の協力者になる、という選択

坂本 ここ数年、#MeToo運動(※2)の影響でハラスメントへの意識が変わってきて、とある演出家やプロデューサーが告発されたり、TPAMで「舞台芸術界のセクシュアル・ハラスメントや性暴力について一緒に考えませんか?」という発表をした亜女会(※3)のように、ハラスメントの勉強会や報告会を通じて問題に取り組もうという動きが出てきてるじゃない?

モスクワカヌ でも、これだけ演劇界も#MeTooで騒がれたのに、いまだに(ハラスメントを)やる人はやってる。なんていうか、響かないんだなあ…と思って。

石原 例えばパワハラ加害者は、自分の意見が通るのは自分に力があるからではなく、自分が正しいからだと考えていることが多いらしいですよ。セクハラの人も同じじゃないですかね。自分がパワーをふるっている自覚がない。

坂本 なるほど、本人はモテてるつもりね?

モスクワカヌ 私は亜女会の報告会へ行ったのですけれど、その会で登壇者の一人が「演劇界にいてハラスメントの問題を知りつつ行動しないのは、ハラスメントを容認していることと同じではないか」という話をしていたんです。そう言われて「あ、それはそうだな」と思いまして。ハラスメントという悪事を見て見ぬふりをすることは、何もしない傍観者でいることではなく、加害者の協力者になる、という選択なんだなと、ハッとさせられたんです。

オノマ 劇作家女子会。を結成した時の団体目標の一つに、「劇作家という仕事の楽しさを伝えて劇作家の人口を増やす」ということがあったんですよ。それなら女性の劇作家が、安心して演劇できる環境を作っていくことも大事じゃないか、という話になりまして。それがひいては色んな人が安心して演劇ができる環境にもつながるだろうし。

坂本 うんうん。見て見ぬふりをしないって、すごく難しいし、厳しいんだけどね。演劇の界隈って狭いし、公演には色んな人が関わるから…。

黒川 被害を受けても声をあげにくい、という現状はあると思う。

坂本 言いづらいよね。俳優だったら降板とか公演中止とか、考えちゃうだろうし。

オノマ ハラスメントが原因で降板や公演中止になったら加害者に損害賠償請求するべきだと思うよ。被害者が降板するのもおかしな話だけど。

坂本 それはそうなんだけど、なかなかできないよ! それは!


■ハラスメントにあっても「場の空気を壊せない」

モスクワカヌ 私は演劇界でハラスメントをうけた経験があるんですよ。被害者になってわかったことは、「とっさの抵抗」「その場で声をあげる」ことの難しさ。私の場合は飲み会で、しかも閉館する劇場のお別れ会的なちょっと特別な会で…。大勢の人が閉館を惜しんで、和やかに楽しんでいて、当時の私は場の空気を壊せないと思ってしまったんです。

坂本 そういうことあるよね。

モスクワカヌ 私はその後被害をうけたことをブログで公表して、出来る限りの行動をしたし、一応の区切りはつけられたと納得しているのですが、問題を解決したわけじゃないという思いもずっとくすぶっていて。被害を公表したことで、告発した側がどのようなセカンドハラスメントにさらされるかを身をもって経験したし、それまで信頼していた人の本質が見えてしまって縁が切れたり、相談先の法テラスや警察等で、ハラスメント関連の法律の不備も痛感させられました。

オノマ 大変だったよね。

モスクワカヌ リコさんにも助けられたよね、すぐメールくれて。

オノマ でも私、その時のメールの内容については反省してるんだ。「警察へいこう」的な内容だったと思うんだけど、今思うと無理言ってたなって。

モスクワカヌ 後から警察にも相談したけれど、たしかに当時すぐには無理だった。混乱してたし、やっぱり怖かったから。でも「ブログ記事を取り下げろ」とか、「演劇の現場でセクハラなんか問題にするなよ」「お前の告発のせいでこの界隈の伝統行事みたいになってた飲み会がなくなる」...みたいな声ばかり聞こえていた時だったから、味方してくれるメールにはすごく救われたよ。

オノマ それならよかった!

モスクワカヌ 信頼できる友人がいたこと、事件に関するやり取りの仲介を申し出てくれた人がいたこと、問題解決のために動いたことで傷つけられた自尊感情が回復しやすかったことなどが、私の場合は幸運だったと思う。人間関係がふるいにかけられたことに当時は落ち込んだけれど、結果的にはそれもよかったし。

坂本 そうだね。裁判とかにならなくても、自分を助けるためにアクションを起こすの、大事。

モスクワカヌ 想定外だったのは、被害を公表した私のところに、たくさんの女優さんから被害経験や、今もそれで苦しんでいる、私の告発に勇気づけられた等の声が寄せられてきたこと。だけど当時の私は自分のことで精いっぱいで、そうした声に応える力がなかった。事件をある程度俯瞰して見られるようになるまで時間もかかったし、ハラスメントの問題に対して、具体的に自分に何ができるかわからないから、ずっとモヤモヤを抱えたままだったんだなと思います。

黒川   そんなに色々な声があったんだ。

モスクワカヌ うん。暗転中に抱きつかれるとか、舞台袖で着替えなきゃいけない場面で必ず覗かれるとか。俳優だけじゃなく、演出家やスタッフが加害者だっていう声も多くて。

坂本 ひどいね。

モスクワカヌ だけど「自分一人のことで公演が中止になったら」とか「座組を混乱させたら」とか思って言えなかったって。被害をうけた側は悪くないのに、何も出来なかった自分を責めているって女性が何人かいて…。当時は彼女達にろくろく返信も出来なかったんだけど、今更だけど、このプロジェクトを通して、ささやかでもいいから応えたいなと思っているところはある。

坂本  ただ、被害者になった経験があるワカヌさんの前でこういう言い方はあれだけど、私、ハラスメント問題に取り組む時、劇作家女子会。を「被害者の女性たちの集まりとして加害者男性たちを糾弾する会」にはしたくないというか、そうならないように気をつけないとなと思ってるんだよね。自分が加害者側になることもあるだろうし、男性だって被害者になることもあるし、男女ともにハッピーに演劇をやっていきたいから。

石原 数で言えば被害者は女性のほうが多いですけど、それは男性の被害者を無視していい理由にはならないですからね。

モスクワカヌ 賛成。坂本さんのスタンスはすごくいいと思う。

坂本 「女子会がセクハラ問題に取り組む」って見出しがすでに「男性を糾弾する」イメージがあると思うんですよ。だからそうではないってことは意識的に共有して発信していく必要があるとは思う。

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■常識だと思っているもの、疑問を持たないでいる価値観にも、色んな問題があると思う

石原 私はセクハラというのは、「セクシャルパワーハラスメント」だと思っているんです。セクハラが起きる時には、その前提条件としてパワハラがあるということですね。パワハラというのは、ある組織のなかでパワーを持つ人間が、そのパワーを乱用して他者を抑圧することです。ですから、これは自戒もこめてなんですが、まずは自分がもつパワーを厳しく見つめないといけないと思う。例えば自分より若い人と食事をした時に奢ってあげようと思いますよね、それも度をこすと相手へのパワー、圧力になることがあると思うんです。

坂本 なるほど、貸付みたいな?

石原 そうそう、お金もパワーですから。

坂本 でも思っちゃうよね。「年下には奢ろう」って。自分の経済状況にもよるけど。

石原 奢るのが自然であるということは、それだけ相手との間に力の差があるということだと自覚するってことですかね。私達が常識だと思ってきたもの、疑問をもたないできた価値観にも、色んな問題があると思う。例えば相手がお酒で意識を失ったらレイプOK。そう思う人間が一定数いるという、わけがわからない現状がありますよね。3月に立て続いた無罪判決のなかでも、相手が泥酔して意識を失い、抵抗できない状況にあったと認定されたにもかかわらず、加害者が「合意がある」と勘違いしていた可能性があるという理由で、無罪になった事件もありました。意識のない人は合意できないということがまだ常識になっていない。 レイプとセックスの見分けがつかない人が多すぎる。合意するってどういうことだと思っているんだ、と思います。

坂本 酔わせてやっちまおうってのはあり、という社会のなかで長いことやってきてるから、そういう価値観が内面化されすぎてる。

石原 ただ、それについて自分も反省していることがあって…。

坂本 なになに?

石原 いや、私も内面化してたと思う。相手の前で酔っぱらって見せることでOKだと思わせようとするようなことを、若い頃はしていたなと…。

坂本 なるほど。

石原 お酒の力を借りて、雰囲気をつくることで、言葉で相手の意思を確認したり、意思を伝えることから逃げてた。だからそれは…なんていうか反省しています。

坂本 いやー、実は私も覚えがあるな。若い時はとくに…。

石原 はい。反省しています。

坂本 はい。わたしもです。でもさ、そういう内面化されたものをこれから変えていくためには 「レイプはセックスじゃないよ」ということをガンガン発信していくしかないんだよね。自分ふくめ、ですが、みんなそこが今ぼんやりになってしまっているから。

石原 そうそうそう。

モスクワカヌ 割と発信はされてきていると思う。

坂本 昔と比べればねそりゃあね。でもまだまだ全然過渡期だから反発もすごいんで、負けずにガンガン言ってけばいいんじゃないかな。

石原 言っていくのがいいし、そういう声がこれだけあがるようになってはいるから、状況は少しずつだけどよいほうに変わっていると思う。男の人達の意識は、私達の親や、私が若かった頃と比べて進んでいると思うし。向田邦子のドラマに出てくるようなカミナリ親父みたいなのはもういない。


■「大事なのは歩みをとめないこと」

モスクワカヌ 私なんかは一時期、ちょっと落ち込んでいたんですよ。#MeTooした伊藤詩織さんへのバッシングが激しかったり、最近だと(※2019年5月時点)性犯罪への無罪判決が続いたりとかして。だけど坂本さんがTwitterで、「(バッシングや無罪判決に対して)これだけ反発するような反応があるってことは、それだけ周知が進んでいるってこと。議論が起こるのはいい方向に進んでいるということだからいいと思う」と呟いていて。なるほど、それはいい考え方だなと思って、採用するようにしてます。

坂本 ごめん、それ覚えてない。

モスクワカヌ ええ~! リーダーの言葉に希望をもっていたのに!

坂本 ごめん(笑) でも最近、気持ちが暗くなるような判決が続いているのは、本当そうだと思う。

モスクワカヌ その件で、性犯罪事件の被害者参加弁護士の経験がある方が書いていた「性犯罪で不可解な無罪判決が相次ぐのはなぜか」っていう興味深い記事があって。(※4 https://bunshun.jp/articles/-/11341
2017年の刑法改正による影響とか強姦罪成立の要件と絡めて、昨今の無罪判決の理由をわかりやすく解き明かしているので是非読んでみて欲しいんですけれど。要するに、刑法改正で性犯罪の捜査や起訴のハードルは下がったけれど、性犯罪に直面した被害者の心理等について、裁判所の理解がおいついてないという話をされていて。

坂本 ああー。

モスクワカヌ 例えば性犯罪にあった時、被害者はストレスで脳の高次機能が停止して、より原始的な生存本能によって死んだみたいに抵抗しなくなるとか、加害者に笑いかけたり迎合的な反応をすることが脳科学や精神医学の世界では知られているんだけど、裁判所や裁判員は知らない。だからそういう反応をもって「合意があった」と…。

坂本 ぎゃああああ!

モスクワカヌ 検察や裁判官は司法のプロではあっても、性暴力被害についてプロの知識があるわけではないんだよね。
だけど刑法改正にともなって、衆議院参議院の附帯決議の中に、警察官、検察官及び裁判官に「性犯罪に直面した被害者の心理等についての研修を行うこと」が盛り込まれて、実際に研修も行われているみたい。この記事を書いた人は、被害者心理に関する裁判所の知識が増えれば判決は変わると書いているけれど、それまでの過渡期では、性犯罪の無罪判決が増えるだろう、という予想もしてる。

石原 なるほどね。

モスクワカヌ メディアでは理不尽で不可解な判決ばかり大々的に取り上げられるし、話題にもなりやすいけど、それで声をあげるのを諦めるのは本末転倒だよね。
2017年の刑法改正では、政府が3年を目途に実態に即した見直しを行うとする「附則」が入ったから、今は性犯罪に関する被害実態調査が行われたり、被害者団体・ワンストップ支援センターへのヒアリングもされているみたい。
鬱になるニュースも多いけど、坂本さんのTwitterの言葉を信じて私は頑張る。

坂本 うん、ごめんね...。

モスクワカヌ 本当に覚えてないんかい(笑)

オノマ 法律は変えていけるし、実際に変わったし、これからも変わっていくだろうし。

モスクワカヌ 「大事なのは歩みをとめないこと」とこの記事の作者は書いているけれど、私もそう思います。

→後編に続きます。(11月27日公開予定)

【文章中の脚注】
(※1)ロイヤル・コート・シアターのガイドライン:Royal Court Theatreにより2017年に発表された「セクシュアル・ハラスメントとパワー・ハラスメント防止策/文化の変革のための企画、提案、展望」(https://royalcourttheatre.com/code-of-behaviour/)のこと。
(※2)#MeToo運動:#MeTooとは「私も」を意味する英語にハッシュタグ(#)を付したSNS用語。セクシャルハラスメントや性的暴行の被害体験を告白・共有する際に使用される。2007年、アメリカの市民活動家タラナ・バークが性暴力被害者支援活動のスローガンとして「Me Too」を提唱。2017年にはハリウッドの映画プロデューサーのセクハラ疑惑が報じられたことをきっかけに、SNSを中心媒体としてセクハラ被害を告発する世界的な運動へと広がる。
(※3)亜女会:アジア女性舞台芸術会議の通称。2012年末、羊屋白玉(劇作家、演出家、俳優)と矢内原美邦(振付家、劇作家、演出家)により発足。アジア諸国の舞台芸術に関わる人々を中心に、さまざまな分野やセクターの人々と対話や交流を重ねながら、作品づくりやネットワーク形成を行う。
(※4)参考記事:テキーラで泥酔させられた女性と……性犯罪で不可解な無罪判決が相次ぐのはなぜか(https://bunshun.jp/articles/-/11341)

■石原燃さんプロフィール
石原 燃(いしはら ねん) 
劇作家。劇団大阪創立40周年戯曲賞大賞、第24回テアトロ新人戯曲賞佳作。2011年には原発事故直後の東京を描いた短編『はっさく』がNYのチャリティー企画「震災 SHINSAI:Thester for Japan」で取り上げられ、全米で上演された。近年の主な作品に、従軍「慰安婦」だった日本人女性ヘルと「私」を描いた一人芝居『夢を見る』、NHK番組改ざん事件を扱った『白い花を隠す』(同作品で演出の小笠原響氏が読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞)などがある。

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劇作家女子会。は「死後に戯曲が残る作家になる」を目標に集結した、坂本鈴、オノマリコ、黒川陽子、モスクワカヌによる劇作家チームです。 演劇公演やイベント、ワークショップ、noteで対談記事を公開する等の活動をしています。 私達をサポートして頂ければ幸いです!