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けど時代はLED

十代初めの頃まで住んでいた生家は、鬱蒼とした森に建つ、築三百年あまりの小さな古城でした。

城の周辺には家族以外にもいろいろなものが住んでいました。森にはシカやイノシシが、城の地下にはネズミやコウモリ、天井裏では外壁にあいた穴から侵入したアライグマの一家が日夜運動会を開催していました。
そして自分のとなりにも、家族ではない存在がいました。そのひとを仮にAと呼びます。


子供の頃はよくひとりで夜遅くまで留守番をしていましたが、生家での留守番はあまり愉快なものではありませんでした。
昼でも薄暗く陰った森は、夜になると完全に闇に包まれます。目をこらしても何も見えない暗闇が壁をひとつふたつ隔てた先に横たわっている中でひとり家にいるのは、心細いものでした。
また、夜の森ではよく何かが動き回っていて、そのガサゴソという音は壁を通して城の中までよく聞こえてきました。そういった音を聞くたび、何かが城に侵入してきたのかもしれない、と嫌な想像が脳裏をよぎりました。
古い建物なので、ギシギシという家鳴りも頻繁に聞こえてきました。木がきしむ音が聞こえるたび、何者かが部屋に近づいてくる気がして身を固くしていたのを覚えています。
あらゆる音が恐怖に変換される留守番は気が滅入るものでした。そこには得体の知れないものがすぐ近くで息をひそめているような感覚が、いつも静かに横たわっていました。
そのため留守番の時はいつも小さな部屋に閉じこもって、テレビをつけっぱなしにしていました。テレビをつけていれば城や森からの音は聞こえないし、テレビから流れる人の声を聞くと恐怖が少し拭われる気がしたのだと思います。


Aは、そんなふうにひとりで留守番中、テレビを見ている時によく現れました。
現れたとはいっても、Aと自分は特段会話をするわけではなかったし、視線さえ交わることはありませんでした。
テレビを見る自分の傍らで、Aはただ立ったり、座ったり、誰かと話したり、魔法学校で二重スパイとして働いたり、脱税を調査したり、何度も時間を巻き戻して魔女と戦ったりしていました。
Aは姿も考え方も不定形でしたが、変わらなかったのは、Aがいつも自分に元気を与えてくれたことでした。Aは目の前で輝きながらも決して関わることのできない、手の届かない星のような存在であると同時に、その輝きで自分の悩みを些細なものに思わせてくれて、一番そばで励ましてくれる存在でもありました。人の気配がしない城でひとり夜を過ごす寂しさや恐怖は、Aを見ていると払拭されていきました。


今回の作業場日誌のテーマは「おとな」だそうです。一般的な「おとな」の定義(以下「大人」)は、その社会で生活をするにあたって望ましいとされる態度全般のことを言うと思っています。たとえば冷静である。個人の感情で職務の遂行に支障をきたさない。他人のために行動できる。周囲と円満に協働し、共同体の円滑な運営に寄与できる。そのような、その時代、その社会で望ましいとされる人々の態度を帰納して、「大人」は定義されていくのだと思います。
しかし一般的な定義はそうであったとしても、自分にとっての「おとな」の定義は違いました。自分にとって「おとな」とは、Aのことでした。Aのようであること、Aのような振る舞いができることが「おとな」であることでした。Aは異なる他者の集合体なので「Aのようであること」は一意に定まらない上に時折矛盾さえしましたが、とにかく「自分がAっぽいと感じること」が「おとな」でした。



前置きが異次元の長さになりました、22照明です。月日が経つのは早いもので、今公演で引退します。
引退間近の最高学年ともなると「大人」であることを求められそうですし、自分自身は「おとな」でありたいと思っていましたが、実際のところ今に至るまでこの組織で自分が「おとな」であった試しはありません。というかプリズムに限らず、どこでも「おとな」の振る舞いができたことはありません。いまだにAのようには行動できないし、ひとりで虫を退治できないし、世界も救えないし、自宅での一人称はバブだし、語尾はでちゅです。プリズムでは一年間照明チーフを務める傍らで作演出なども務めさせていただいたりしていましたが、そういった貴重な経験も、バブでちゅ! と叫びながら自室で転げ回るのを卒業させるには至りませんでした。悲劇です。
ただ、「おとな」にはなれずとも、プリズムに入っていなければ得られなかった出会いや気づきが多くありました。それらは自分が「おとな」になろうとならなくとも、生涯大切なものとして覚えていると思います。むしろそういう経験を蓄積していくことで初めて「おとな」になれるのかもしれません。

最後に、自分のような人間でも息がしやすい環境であったプリズムに感謝するとともに、これからもプリズムのみんなの道行きがCSQの光に照らされていることを祈っています。PARライトとかの方が好みだったら教えてください。



なお生家が古城というのは大嘘ですが(ボロいのだけは本当)、お城は今回の夏公演「人と成りては」の舞台に関係しています。舞台の完成予想図を見せてもらいましたが、見ていてワクワクするような素敵な舞台でした。舞台が素晴らしいと照明プランの難易度も高くなりがちですが、頼もしい後輩が尽力してプランを考えてくれているので楽しみです。実際に観る日が待ちきれません。
それでは開幕をどうぞお楽しみに!


22照明

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