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長い旅路の途中、そして短い旅の終わりに

 初ステで名乗りを忘れました。作演出のヒイラギです。

 まず、本来はそこまでド派手には作りこまないはずの新歓公演を限られた時間と予算の範囲内で可能な限り盛大にやりたいという無茶ぶりに応えてくれたプリズムの皆さんに感謝申し上げます。そして、観劇いただいたすべての方も、本当にありがとうございました。作品は観客の存在があって初めて完成するのですから。

 この稽古場日記も僕自身の無茶ぶりの一つでした。人の紡ぐ文章を見るのが好きなので、役者さんたちの目線からの文を読みたかった。次の公演を見据えるこの時期に協力してくれた役者のみんなにも改めて感謝を。

 さて、今回の稽古場日記のテーマはずばり、「旅」です。
 僕の知る限りですが、「旅」という言葉は様々なもののたとえとしてよく使います。例えば、人生を旅路と表したりというような。この稽古場日記のタイトルはまさにですね。
 この稽古場日記でこの公演は一区切り。作演出になってふた月弱。人生に比べたら短いけれども、振り返ると結構長かったし、楽しかった。座組のみんなにとってもそうであれば嬉しいです。

 今回の戯曲「夜明けの宙に願いを」はちょっと特別な「旅」を扱った作品でした。劇中に出てくる四者はそれぞれの事情を抱えながら、この銀河鉄道で出会い、そして別れることになります。一番明示的な事情であったのは、従業員B(雫/カムパネルラ)が東日本大震災での死者であることでしょう。
 僕は2003年生まれで、3.11当時は小学1年生でした。住んでいたのは千葉であり、ひどい被害があったわけではありません。でも、その一方で、あの地震の揺れや、被害の光景は鮮明な記憶であるのも確かです。

 今回の作品は、僕の今の立ち位置から、3.11をとらえなおす機会でした。座組の様々な人の意見を聞きながら、あまりにも大きな数の後ろに埋もれてしまった個々人の存在を強く意識したあのエンディングはできました。振り返るほどに、座組のみんながいなければこの戯曲は生まれなかったし、この劇はこの形にはならなかったなと改めて思います。座組が解釈し、広げてくれた演劇でした。

 戯曲中において、姉妹の過ごした最後の時はなかったことにされてしまいましたが、それでも彼女らにとっては一緒に星を見上げた時間はきっと大切なひとときであったはずです。

 モチーフとなった作品たちにも触れさせてください。
 明示的なモチーフは二つありました。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」とサンテグジュペリの「星の王子さま」です。
 特に銀河鉄道の夜は戯曲世界を作るうえで、そのモチーフをふんだんにちりばめました。舞台設定から、劇中劇でのセリフまで様々な部分でこの作品を支えてくれました。そして、突然の出会いと今生の別れの話を書くきっかけでもありました。作品としての大きな構造もインスパイアされたものになっています。「本当のさいわい」とは何なのだろうか。一生モノの問いだと思います。何度読んでも様々なことを考えさせられるよい作品です。

 そして、少しだけわかりにくいですがこちらも存分にモチーフとして作品の根幹をなしていた「星の王子さま」の話もさせてください。僕は夜空が好きですが、なぜ好きなのかと考えると、いろいろな人とみた夜空が好きだったのだと気が付きました。星の王子さまでは、星を見上げる行為が誰かへの思いをはせることにつながっています。この構図も戯曲に大いに反映されています。
 また、姉妹の最後の会話の場面は全体として星の王子さまへのリスペクトが多分に含まれたセリフになっています。あのシーンは個人的にすごく気に入っています。
 窓をともに見上げるという構図が、サンテグジュペリが「人間の土地」で語っていた「愛するということは、おたがいに顔を見あうことではなくて、いっしょに同じ方向を見ることだと。」という言葉と意図せずにシンクロしていたのは彼自身の作家性がそれ程力強いものであったことの表れだったのかもしれません。

 そのほかにも、明示的ではないモチーフや影響を受けた芸術作品などはジャンル問わず、きりがないほどあります。見てくれた皆さんが見出してくれるものすらあるかもしれません。その中には僕自身は意識していないものすらたくさんあるでしょう(実際、役者の一人から序盤のコント部分はラーメンズみたいだと言われたりしました)。

 昨年の秋公演の頃から作演出を目指して、構想を練ってきましたが、いろいろなご縁の結果、今回新歓公演という、初めて演劇を見るだろう人たちに向けた劇を作ることができました。
 僕がいま、誰かに演劇という形で見せたかったものを全部詰め込んだこの「夜明けの宙に願いを」が、誰かが演劇を始める後押しになっていたらこれ以上ない喜びです。

 さて、新歓が終わるとプリズムでは夏公演が動き出します。
 次はどんな世界がみられるのか、一演劇人として楽しみにしながら、作演出という仕事を一度締めくくりたいと思います。

 では皆様、またいつかどこかでお会いできるのを楽しみにしております。

 2024年5月10日 ヒイラギ

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