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極上の夜に寒さ痛すぎる朝、そんな新幕デビューソロキャンプ

今から三年前の二月の事

夜半過ぎから吹き始めた風が
猛威を奮っていた。

自宅が揺れているんじゃないか?

そんな錯覚があるほどの二月暴風の夜
天が吠えているかのような風音に

自宅ベッドの中で何度も起こされた。

翌朝、天気はすこぶる良く気温は二月とは思えない。10℃超えの暖かさだが昨夜の名残りのように風だけはそのまま残っていた。

そんな風の心配に加えここ数日食欲の落ちていた愛猫を気遣い妻はこの日の出撃を断念

「一人で楽しんでおいで」

実はこの日、新幕を手にしたばかり初張りをするには風を除けば絶好の日和でもあった。

そんなわけで夫婦デュオキャンプがデフォルトの我が家において年一行事となった私のソロ出撃

場所は福島県 川内村いわなの里 芝生広場

久々の新幕デビューキャンプ

とある方の思い入れの詰まった幕

ビンテージフルコットン メサージ

ビンテージ幕を扱う業者サイトではメサージュと発音表記されているメーカーだが、前オーナーからはメサージと伝えられたのでメサージとする。

ビンテージではないリアルタイムで英国の友人から譲り受けたと聞いたからだ。

内陸ならば幾分風も弱まるかと思っていたがその猛威は現地に着いても全く変わらなかった。

いつもの管理人さんはお休みで取り急ぎ電話のみで受付を済ませ設営に取り掛かる。

どうやら今夜は完ソロ確定のようだ。

小ぶりな鉄骨を一つ一つ組んで行く。

前オーナーは約40年前から舶来のフルコットンテントを所有し特別なキャンプをしてきた方

燻製が得意で当時のTV番組の1コーナーに特集を組まれた程の腕前の持ち主だった。

40年前と言えば私が少年時代のこと。
林間学校でクタクタのA型テントをクラスメートと四苦八苦して設営し雨除けの溝掘りを一生懸命にやったにもかかわらず大雨でテント泊中止、毛布の端をきっちり合わせて畳まないと何度も畳み直しをさせられた悪夢のようなトラウマの林間学校を思い出すのだが…

そんなスパルタ教育的キャンプを私が体験している傍ら彼は同時期にレジャーとしてきっと楽しいキャンプにどっぷりとハマっていたのだろう…

そんな事を想像しながらの設営に。

しかしながら風のため過去、類のない悪戦苦闘を経験する事に…

幕のコンディションは最上レベル、まるでデッドストックかと見紛うほどでこれまで二幕のビンテージ幕を所有してきたがこれまでの幕がどれだけコンディションの悪い幕だったかを改めて思い知らされた気分だった。

一方でキャンプ地は風でコンディションが最悪

取り急ぎ立ち上げフルペグダウン手前まで設営し重大な初歩的ミスに気付いた。

風に煽られながらの設営で一つ手順を飛ばしてしまいチャームポイントである庇(ひさし)の短いポールを入れ忘れてしまったのである。

これは痛恨のミスで後方の殆どのペグを抜かねば差し込めないどうにもならない凡ミス

ペグを抜くとテントは風に大きく煽られその圧で私を巻き添えにテントごとひっくり返る始末

キャンプ場全体に風が巻いていて

全方向から風を受けている状況に終止符を打つべく二度の場所変えを行う事となった。

美しいビンテージを壊すわけにいかないし汚したくないその一心だったのは言うまでもない。

取り急ぎ先にギリーネットを設営してしまって
一方向の風を緩めてテント設営という手間のかかる手順を踏む。

この作戦は大成功で、最も強く吹く方角が何とかなったため、以後落ち着いて設営に専念できるようになった。

その後、真後ろの土手からの風圧に押されていた大きな背中部分の真ん中には多段階に長さ調節のできる

ハイランダータープポールを入れて骨を増やす事に

この工夫はMARECHAL設営時に実践済みのテクニックだが非常に効果が高く強風時に風に押されて幕の中の居住性が下がる事を防ぐのに加え鉄骨フレームの強化にもなる。

ポールエンドで幕を傷つけないように養生するのがポイントだ。

正面向かって右側面は純白でパイピング処理された大きな外蓋がつき、デザイン上のアクセントとなっている。

見たまんまの高品質コットンは色褪せ一つなく素晴らしいの一言。

グロメットにプラスチック部品を通して固定となる方式を採用これを巻き上げると…上部メッシュで換気可能な素敵な透明格子窓が現れる。

テント内部から見るとメッシュ部分が結構大きく幕の厚さと色の濃さから夏幕としての運用も出来そうだ。

何せ、最も広大な後方部分は一枚布で二つのファスナーで全開にできるのは素晴らしい装備。

格子窓というとCABANONもMARECHALもどちらかと言うと女性的なエレガントさがウリだったがカーテンの必要ない巻き上げ式外蓋の大型窓は格子窓の幅が広くどちらかと言えば男性的な合理性に基づく印象で気恥ずかしさがない。

比較的小さな天井を採用している事もあり幕全体の姿形はかなり末広がりのスタイルを見せ

向かって正面からのビジュアルは格好が良い反面側面に回ると高さの割に厚みがなく間延びしたデザインがどこかファニーでこの辺には愛らしさを感じた。

無論、全ての壁に角度があるため床面積だけを見れば相当に広さがあり夫婦二人ならば二人分の寝床とチェア二つがぴったり収まり

ソロならば全ての荷物が余裕を持って収納できるサイズ感がある。

加えて平面の天井は非常に高く直立での使用可能面積が広いのは腰痛持ちの私には実にありがたかった。

風の中の設営が物語るのはこの背の高さからは想像できない風耐性と盤石さでビンテージと言えど流石のアイアンフレームテントという満足感はじわじわ嬉しさとなって込み上げてきた。

貸切り状態のテント場で一人ニヤつく

おじさんが一人

そんな絵面も捨てたもんじゃない。

やはりフルコットンはこの時期最高のテントだと思い知る完ソロはこうしてスタートを切った。


風のお陰でテント初張りの苦労は半端なかった。

加えて強風では焚火ができないため風の中、火が焚けるようにと持参したのが焚火台がわりの薪ストーブOzpig

これは随分前からの目論見

この時期の枯芝は焚火との相性は最悪で例えば火種が落ちてひとたび風が吹いたならば一面炎に包まれる事もあり得る話。

そんな理由から薪ストーブという選択は運用次第で安全に火を扱うには最良なツール

オフィシャルのHPでは屋外でキッチンストーブとして使う事が前提とある。

暖房として…よりも調理熱源として例えばこの日のようなシチュエーションでは最適とばかりに組み立てを行った。

相変わらず風の影響は少なくないが突風の感覚はかなり長くなっていた。

40cm薪を一薪だけ持参したためこれを半分にカットするところからがスタートだ。

小型のOzpigは40薪が収まらないのが理由とはいえこれで薪の数が倍になると思えば価値は非常に高く必須の作業。

年齢と共に非力になった私にとってはなかなかの重労働で筋肉痛を覚悟つまり運動不足を自認しているということ。

思い返せばバースプーン以上の重さの物を今週は持っていない笑

薪が揃ったところでやっと一人乾杯ができた

気温は10℃を下回った程度だろう真冬の服装なので寒さはこの時点で皆無

それでもタープレスで焚く薪ストーブの暖かさは身に染みる温度だった。

ジョニーウォーカーのソーダ割りをひたすらにあおって酔い潰れてしまうそんなキャンプにはしたくなくてこのキャンプではコンテンツを色々と考え準備してきた。

先ずはいつものようにコーヒー生豆の焙煎をOzpigの上蓋をスライドさせ焙煎スタート。

薪ストーブOzpigでの焙煎は初めてだが色々と分かったことがあった。

煙がかなりの割合で煙突から逃げていくのでOzpigでの直火焙煎は焚火による焙煎よりも雑味となりやすい焚火臭が最小限で仕上がるだろうだとか

熱が焚火よりも安定しているだとか…

焚火臭のコーヒーも悪くはないが心から美味しく飲める期間が短いのは経験済み。

朝から何も口にしていなかったせいで焙煎中は腹が鳴りっぱなしだった。

この時点で四時半を回っていた。設営に手こずったせいでかなりの時間を浪費してしまっていたらしい。

さぁ腹に何か入れるとする。

ストーブトップにスキレットを置きプレヒート後、ラードを一欠片落としオイルを回す。

好物の金山寺味噌豚のトンテキ

幼少の頃の記憶だが亡き父が味噌漬けの豚をよく食べてたっけなぁとそんな事を思い出しながらサンチュに巻いて食す。

空腹が長かったせいもあって…人生指折りの美味さに一人笑顔になっていた

コーヒー焼いてニヤニヤ

豚テキ食ってニヤニヤ

通りがかりに誰かに見られたならこのおじさんはかなりタチが悪く映っていただろう。

だからと言って無表情で食べたって美味さがスポイルされるだけに決まってる

大方食べたところでさほど冷やしてもいないベルギービールドゥシャスの出番

何という贅沢か

赤みがかった夕刻の光の中

豚テキで腹を満たしゆっくりとドゥシャスで過ごす。

素晴らしい夕焼けがあるわじゃないしこれといって感動の要因などないのだけれど

それだけで最高の夕暮れだった。


これだからキャンプはやめられない


日が落ちた瞬間から寒さがすぐそこに迫る。薪ストーブ正面にまたがるように座る私はその冷気をものともしていない幸福

たった一人このキャンプ地で幕営し「あったけぇなぁ」と人に見せられないような安堵の表情でこの時を満喫している。

今後の仕事のこと、愛猫のこと心配事に押し潰されそうな今ではあるけれどこの先、何があろうと受け入れなければ先には進めないからキャンプする。

それでいいのかなぁそれでいいよなぁって一人でいると様々な思考が巡るものだけれど酒を飲みリラックスしてくると心配事はどうでもよくなって

いつしか頭の中を整理する時間になっていた。

誰もいない事がありがたい夜。
ふと気付けば風は止み空気が止まっていた。

この時期のキャンプに訪れる音もなく、風も止まり、ただ真っ暗な

無の時間の訪れ

ソロキャンプには毎回こんな時間があるのがいい。

さぁこいつを食ってしまわねばこのキャンプは終われない。

ホッケの一夜干しをOzpigで網焼きにして

テントの中へ

ホッケの開きは骨にこびりついているこれが旨い。

あとはアードベッグをチビチビやりながら

眠くなるのを待つだけの時間。
幕の中の熱源はプレッシャーランタンバイアラジンだけという体制だが寒さは感じない。
平穏無事な完ソロに思えたのだが…

福島県双葉郡川内村の朝がキツかった。

シュラフの中では全く気付かなかった事。
寒い…とにかく寒い凄まじく寒い寒すぎて何もできない。

シュラフから出たはいいが痛いくらいの冷気に襲われガクブル状態に薪ストーブは薪が残り二本、役に立たない

念のためと持参したガスストーブはドロップダウンで使えない。

液燃ランタンを朝から点ける気にもなれず

取り急ぎ暖かいモノでごまかすくらいしか思いつかずコーヒーを淹れたのだけど淹れてる間に冷めてゆき「ぬっるぅ!」

一体今何度よ?

温度計を出して測る気力すらなく撤収する事にした。何せ東側の山を背にしていたから日が差し込むのは9時以降恐らく氷点下二桁気温となっていたのだろう。

真っ青な空とは対照的にフィールドは霜で真っ白、テントも何もかも霜だらけ…放射冷却ってやつだ。結果、朝晩の気温差に逃げ帰ったソロキャンプとなった。

極上の夜に、寒さ痛すぎる朝

それがキャンプ

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