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「全日本テコンドー協会は酷い。アスリートファーストではない」と世間で言われる件についての私見

2023/09/15:新たに分かった事実関係を踏まえて一部の文章を書き替えました。

 全日本社会人選手権のC318試合で赤の選手(以下、A選手)が失格になりました。A選手は国際オープンでも優勝経験があり、ジュニア時代は世界選手権に出場し、強化指定選手にも選ばれるほどの有力選手でした。そんなA選手が失格になった件で、「疑惑の判定なのではないか?」と物議を醸す声が保護者やA選手の所属道場A(以下、A道場)の指導者並びに元トップ選手の間でも上がっており、WTテコンドー界隈でボヤ騒ぎとなっていたので紹介したいと思います。

事件の顛末

 先ず、状況としては試合前に青の選手B(以下、B選手)の所属道場B(以下、B道場)のC師範が主審を務める事にA選手サイドから抗議が入っていたのですが、B道場のC師範が主審を務めるという決定が覆る事無く、試合が始まってしまいました。この時点でA道場サイドは大会運営をしている全日本協会や審判団に強い不信感を感じていた様です。

失格になったA選手側のフェイスブック

 特に主審のC師範はしきりにコート外からD審判(国際審判。五輪や世界選手権など様々な国際大会での審判経験を有する)の指示を仰いでいたようで、A選手側はその点についても不信感を持っていた様です。
 失格になったA選手が所属するA道場側は主審の交代が認められなかったことに強い憤りを感じており、A道場のフェイスブック上では「アスリートファーストは存在せず、今では主審、審判委員長ファースト」とD審判に対する痛烈な批判の言葉が並んでいます。

A選手の所属道場Aのフェイスブック
※SNS管理者のコメントでありA道場師範によるものではない事に注意

 いざ試合が始まると、開始早々に上段蹴りで先制点を奪ったA選手が圧倒的に優位な状況で試合が続きます。お互いに場外や転倒などの反則があるものの概ねクリーンな試合展開で試合が続きます。
 しかし、A選手側から見て15-1(減点1-2)のスコアで迎えた残り時間1:16にB選手が蹴ったカウンターの回し蹴りがA選手の下腹部に入ってしまい、試合が中断された辺りから試合の様子が一変します。
 主審が計時(ケーシ)を掛けて試合を止めてドクターを呼び、B選手に反則での減点を通告します。この時点でのスコアはA選手側から見て16-1(減点1-3)と圧倒的な点差でした。
 B選手がA選手に謝罪をして、両選手が握手をすると試合が再開されます。
 再開直後にA選手がラッシュを掛けて接近戦に持ち込むのですが、下腹部へのダメージの影響なのか、A選手は高さが低い蹴りを連発してしまい、複数発の蹴りがB選手の脚にあたってしまいます。これに対して主審は蹴りが低い事に対してA選手に対して減点を出します。

 スコアはA選手側から見て16-3(減点1-4)となり、試合が再開されると、B選手が放った中段回し蹴りに対してA選手がローキックでのカウンターを取ります。これが故意によるローキックか偶発的なローキックかについては意見が分かれますが、主審はA選手に減点を出す際に蹴りが低い事に対するハンドサインではなく、ミスコンダクト(misconduct、スポーツマンシップに反する行為への注意)のハンドサインを出します

[9/15追記]別角度の動画では審判委員長のD審判が本部席からミスコンダクトを取るように主審のC師範に指示を出している映像が残されていました。

 ルール上、ミスコンダクト(misconduct、不品行な行為)を主審がとがめても選手が繰り返す場合は主審はイエローカードを提示して制裁要求を宣言する事が出来ます。この場合、審判委員長が制裁が適切であると判断すれば、選手に制裁を加える(すなわち失格にする)事が出来ます。

When a coach or contestant commits excessive misconduct and does not follow the referee’s command the referee may declare a sanction request by raising a yellow card. In this case the Competition Supervisory Board shall investigate the contestant‘s and/or coach’s behavior and determine whether a sanction is appropriate

Disciplinary actions: Disciplinary actions issued by the Extraordinary Sanction Committee may vary according to the degree of the violation. The following sanctions may be given:
4.1Disqualification of the athlete
(以下略)

WT公式ルールブック2023より

 すなわち、この主審の減点は今後、A選手が同様な事をした場合に「失格処分にするぞ」という警告も兼ねており、同じ減点でも非常に重い意味合いの減点である事が分かります。

[9/15追記]この時点でミスコンダクトを出す事については審判によって意見が分かれる所の様で、別の審判の先生からは「僕だったらこの時点ではミスコンダクトは出さない」との内容のDMを頂きました。noteの最後に追加した追記②をご参照ください。

 そして、試合が再開されると、今度は青のB選手の低い蹴りがA選手にあたり、B選手に減点が宣告されます。

 この減点に関しては先ほど、A選手に与えられたような「スポーツマンシップに反する行為への減点」ではなく単純に「蹴りが低い事への減点」のハンドサインを出しています。これについてB道場の師範が主審を務めている事もあって、失格になったA選手に対して不公平な裁定なのではないかという声が元トップ選手や指導者達から上がっています。

青側もローを蹴っていたという他道場指導者(元日本代表選手)の指摘

 そして、試合が再開されると選手Aの低い蹴りが選手Bの脚にあたってしまい、度重なるミスコンダクト(スポーツマンシップに反する行為)に対する制裁として主審が試合を止めて失格の裁定を出します。別のアングルの動画にも残されていますが、審判委員長のD審判が主審に対してミスコンダクトを取って失格を出す様に指示を出しています。審判の判断ではこの低い蹴りは故意の下段蹴りであり、スポーツマンシップに反する危険行為と判断したという事になります。

 こうして、有力選手であったA選手は失格となったのですが、これについてA選手が所属するA道場やその他関係者などから今回の裁定を出した審判委員会や協会に対する不満の声が集まっており、「主審が自分の所属選手を勝たせる為に失格にするほどではない反則を重く持ち上げて失格処分を出した」という疑惑が生じてしまったというのがボヤ騒ぎの顛末です。

D審判への不満を綴った失格になったA選手側のフェイスブックの書き込み

悪いのは協会・審判か?

 先ず、批判の対象になっているC師範や審判D先生は武道家としても非常に清廉潔白で指導者としても優れた人物であるという事を書いておきたいと思います。C師範については日本にパラテコンドーを普及する際に中心的な役割を担った先生でした。また、審判D先生は長年国際師範兼国際審判として、日本のテコンドー指導者の指導者的な立場の先生であり、お二人とも武道精神を非常に大切にされる方です。特にD先生はオリンピックや世界大会といった世界のトップ選手達が競う舞台でも主審を務められた経験を持っており、D先生に対して「日本ではこいつがルールか?」と詰るような書き込みもありましたが、D先生の裁定は世界基準のルールにしたがった結果であり、決してテコンドー後進国のローカルルールではありません。

 しかし、審判委員に対して批判の矛先が向きやすいのは事実です。今回の問題も最初は「B選手の所属道場Bの師範が主審を務める事は不正につながるのではないか?」という疑念を持たれてしまった事が切っ掛けです。
 ノートの冒頭に貼ったフル動画をご覧頂ければ、失格後にA選手サイドの関係者から「〇〇会(B道場)の選手の試合に〇〇会(B道場)の師範が主審をすればこうなるのは当たり前やんけ」という内容の罵声が飛び交っているのが聞き取れるかと思います。

 今回の炎上騒動は審判委員への不満の表れかもしれません。2019年に選手達の不満が集まってクーデターが起こり、金原会長は追放されて新体制となりましたが、審判委員に関しては国際審判などの専門性の高い職種だった為に旧体制からそのままの人事で続いていることもあり、クーデター派の中には審判員に対する不信感が強い選手・指導者が少なくありません。新体制で体制を一新するにしても審判をやりたがる人は多くありませんから換えが利きませんでした。残念ながら2019年に審判や協会に対して痛烈に文句を言っていたクーデター派の先生方の中に、審判として積極的に大会運営に参加されるようになった方はあまり多くはありませんでした。

 僕個人の意見としては今回の件は確かに日本のWTテコンドー界の多くの方が失格になったA選手に賛同していますが、審判の先生方の決定を尊重したいと思います。少なくともWTはIOC直下にあるかなり透明性の高い組織であり、その中で国際審判として活躍されている先生方は、清廉潔白な方々だと思います。勿論、高速で行われる組手競技ですから見間違いによる誤審は付き物ですが、意図的にそれをやるような先生方だとは思えません。
 一方、日本のWTテコンドー界隈の多くが協会に対する不信感を持っている事は事実であり、こういった不信感を持ち公平性に疑問を提示する先生方に対して広く門戸を開いて審判講習会を行うなどして審判として登用していき、幅広いテコンドー関係者が審判を務める事で審判委員に対する信頼を取り戻す事は急務だと思われます。
 審判を務められる先生方は素晴らしい先生方が多いだけに、疑惑の目を向けられ続けている現状を見ると心苦しくなる限りです。

追記① (9月15日更新)

本件について、日本智道館の江畑師範よりツイートでご指摘を頂きましたので掲載させて頂きます。

ローキックの応酬に関してはお互い様であり、大前提として主審を相手選手側の師範が務めるような運営側に責任があると言うご意見です。

追記② (9月15日更新)

国際大会での審判経験もある国際師範の先生からDMが届きましたので、匿名で紹介させて下さい。

【1、チョン(青)のカムチョン(下段)】
これはチョンのカムチョンでは無いです。
このケースの場合、国際試合はそのまま流します。 ※意図して狙って蹴った訳では無いという判断です。
そして、下腹部を蹴られた側の転倒によるカムチョンが入ります。
また、流血事故では無いのでドクターも呼びません。 すぐに「スタンドアップ」のサインです。
*下段のカムチョンに関して
蹴り合ってる最中や出会い頭の下段は基本的に反則を取りません。 しかし、単発で終わった場合は反則を取ります。
つまり、中段以上の蹴りと下段の蹴りを織り交ぜて蹴ると、審判は反則を取らないわけです。
【2、ホン(赤)のカムチョン(下段)】
これはそのままホンのカムチョンで良いですが、止めるタイミングが遅いです。
【3、ホン(赤)のカムチョン(下段)】
ここは単発で終わってるので下段カムチョンです。
そして、ここでミスコンダクトが入るわけですが、僕だったら取らないです。 なぜなら試合の残り時間とホンのカムチョン数も判断基準になるからです。 ただ、このホンの選手は態度が悪いことで審判の間では有名です。
態度が悪いというと語弊があるかもですね。 ホンの選手は基本的にクリーンな試合をしますが、相手の意図関係なく反則されるとそこからラフファイトになります。 そして、その都度カムチョンを食らう、、、そして、ヤケになる。
なので、そのことを知ってる主審が、選手の安全確保のために早めにミスコンダクトを出した、、、と推測することもできます。
【4、チョン(青)のカムチョン(下段)】
これは出会い頭なので取りません。
【5、ホン(赤)のカムチョン(下段)】
僕だとここでミスコンダクトを出すかな〜?といったところです。

追伸:自分の生徒が試合するのに主審に入るのはおかしいです。