【デドーとKPNPの違い】WTテコンドー電子防具の与太話

2010年頃の電子防具(http://nobody0728.blog.fc2.com/blog-entry-6058.html?sp)

 WTテコンドーと言えば電子防具。既に最初に電子防具が導入されてから15年が経ちました。このノートでは電子防具にまつわる与太話を並べてみたいと思います。

長い道着が流行った話

WTテコンドーの世界大会において一番最初に電子防具が使われたのは2009年頃、道着の上だけ大きいサイズにして下を短いサイズにするのが国際的に流行った事がありました。
気付いたら廃れていった。当時は何も考えず「ふーん。そういうのが流行ってるんだ」と思っていたのですが、今になって気付いたのですが、あれはラジャストの電子防具だったから戦術的な意味があってあの恰好をしていた訳です。

 当時使われていたラジャストというメーカーの電子防具は、両足の甲と裏に装着したセンサーが相手の防具に接触すると自動的に電光掲示板の点数が上がる仕組みで、攻撃の強さよりも接触面積と正確さがカギとなっていました。
 つまり、短いズボンを履いて足のセンサーを露出させ、長い道着を着て腰の部分が巻き上がって蹴りと防具の間に挟まれば蹴りを防御する事が出来るのです。気付いてしまえばなんとも馬鹿馬鹿しい話ですが、なるほど、あの珍妙な恰好は別にそれが格好良いと思ってやっていた訳じゃなかったのです。

デドーのセンサーが磁石だった話

 ラジャスト社の電子防具は結構直ぐに使われなくなり、何十万も賭けて導入した多くの道場が玩具となったラジャストの防具に涙を流しました。多分、その後に導入されたデドーの電子防具を日本中のテコンドー道場が買い渋ったのはそのせいだと思います。

 ラジャストの次に登場したのは「TrueScore(真実の得点)」という仰々しい名前を付けられた電子防具のシステムを買収したスペインのデドー社による電子防具でした。現在ではGEN1と呼ばれています。

 この電子防具の足の甲のセンサーは磁石が使われていました。それも当初は隠匿されていたのですが、センサーチェックに磁石を確認するシートが使われていた為に直ぐに看破され「(磁場を遮蔽する為に)水を掛けると良い」と電子防具に水を掛けたり水ぶきのタオルで表面を拭くのが流行った事がありました。効果のほどは定かではありませんが、電子防具黎明期の混乱を象徴するエピソードではないでしょうか。

得点基準の妥当性について

 2021年に「テコンドーの電子採点システムにおけるキックのインパクトの基準設定の妥当性: 経験的データに基づく参照群モデルの比較」というタイトルの論文が発表されました。
 2018年のアジア大会(KPNP社の電子防具を使用)の得点データをもとに、階級ごとの蹴りのインパクトを調べ、その基準設定の妥当性に関して考察した論文になります。
 WTテコンドーの電子防具には得点になる基準と言うのが設定されており、この設定は階級によって異なります。つまり、軽い階級であれば軽い攻撃でもポイントが入り、重い階級であればその階級に見合った重い攻撃でなければポイントが入らないという事です。
 その基準について各階級で妥当性があるかどうかを調べた論文になります。この論文の中で示されたデータの中で非常に興味深いのが各階級の蹴りのインパクトレベルの平均値です。

電子防具に記録された蹴りのインパクトの平均値と標準偏差

この表で得点になった蹴りのインパクト自体は階級が大きい程大きくなることが示されています。得点基準となるインパクトレベルは
 男子-58kg級:18  女子-49kg級:16
 男子-63kg級:20  女子-53kg級:17
 男子-68kg級:21  女子-57kg級:18
 男子-80kg級:23  女子-67kg級:20
 男子+80kg級:25  女子+67kg級:22
と、階級が大きくなるにつれて基準とされる数値が大きくなりますから、得点になった蹴りのインパクトレベルの平均値が階級によって高くなるのは当たり前なのですが、得点にならなかった蹴りも含めた蹴り全体のインパクトの平均値には階級ごとに大きな差が見られない事が分かります。これはかなり不思議な現象ではないでしょうか。論文の中では、次のように述べられています。

平均的なキックのインパクトを体重別で比較すると、キックのインパクトに大きな差はないと判断されました。現在の WT ガイドラインでは、重量級が高いほどキックの得点への影響が高く設定されています。以前の研究では、得点頻度が低体重クラスよりも高体重クラスで比較的低いことも報告されており、キックの得点強度を設定するという同じ問題を指摘しています

Adequacy of setting standards for kick impact in the Taekwondo electronic scoring system: comparison of a reference group model based on empirical data

要は、現在の蹴りのインパクトの得点基準が軽量級では相対的に低くなっていて、重量級では相対的に高くなっている為、軽量級では得点が入りやすいが重量級では得点が入りにくい状態になっているという事をこの論文では指摘しています。

デドーとKPNPの戦術的な違い

 今年の7月に「Comparison between the KPNP and Daedo Protection Scoring Systems through a Technical-Tactical Analysis of Elite Taekwondo Athletes(エリートテコンドー選手の技術戦術分析によるKPNPとデドー採点システムの比較)」という論文が発表されました。

具体的な内容についてはそちらの論文を読んで頂くとして、スポーツ科学的な解析からDAEDO(デドー)とKPNPの二種類の電子防具には戦術・技術・得点に関して有為な差がある事を示しています。

この研究は、テコンドーの戦闘で見られる技術と戦術の違いを確認しました。これらは使用する PSS (Daedo または KPNP) によって異なります。更にこれらの違いは性別によっても独立しています。

① KPNPの場合、男子選手はナコチャギ(ヨプリギ・掛け蹴りや裏回し蹴りの事)とネリョチャギ(踵落とし・下ろし蹴りの事)で得点しているが、女子選手はナコチャギとビットロチャギ(ひねり蹴り・フィッシュキックの事)を有効に活用していた。
 DAEDOの場合、男子選手はトルリョチャギ(回し蹴り)での得点が多いが、女子選手はヨプチャギ(横蹴り)での得点が多かった。

② KPNP を使用した試合では女子選手はギブ・アンド・テイク(蹴り合いの中で得点を取られて取り返すような攻防)とカウンター攻撃でより良い結果を得ることができます。一方、Daedo を使用している間は自分から攻めを作る事とクリンチを使用するとより効果的です。

③ 男子選手はKPNPではオープンスタンスの方が得点を取りやすく、DAEDOではクローズドスタンスの方が得点が取りやすかったのだが、女性の場合は逆になった。

④ 打撃面については男女差はなく、KPNPは正面の得点が多く、DAEDOでは背面の得点が多かった。

⑤ 女子選手はKPNPを用いた場合には右前足がより得点率が高く、DAEDOを用いた場合は左前足の選手の方が得点が良かった。

これらの調査結果は、より良い結果を達成する為にはアスリートが競技で使用するPSSを考慮した技術・戦術的なテクニックを選んだりトレーニングの最適化を行ったりして適応する必要があることを示している。

Comparison between the KPNP and Daedo Protection Scoring Systems through a Technical-Tactical Analysis of Elite Taekwondo Athletes

また、この論文は実際の試合を解析していて、論文の中では「DAEDOよりKPNPの方が総得点数が多く、DAEDOの方が得点し易いことが示唆されている」とも述べています。しかし、静止した防具を蹴った中国の実験(「跆拳道不同品牌電子護具踢擊得分效益之比較(2020)」ではDAEDOよりもKPNPの方が感度が良く得点が入りやすい事を示しています。