540度蹴り(チート720)の物理学
WTテコンドーの演武で最も基本的な蹴りの一つが540度蹴りです。XMAやトリッキングの界隈では蹴り脚着地のターン蹴りを540度と呼ぶため、チート720度とも呼ばれています。
この540度蹴りを蹴り切るための必要なことを物理学的に考えると、大きく分けて二つの事が必要になります。
1.高く跳ぶこと
2.踏切までに十分な回転を作ること
一つ目の「高く跳ぶこと」というのは多くの人にとって当たり前の話かもしれませんが、物理学的に考えて高く跳べば跳ぶほど滞空時間が長くなります。スーパーマリオUSAというゲームに出てきたピーチ姫のような、低いけど滞空時間が長いジャンプというのは物理学的には不可能です。
漫画スラムダンクでは桜木花道のジャンプは滞空時間が長いと描写されていましたが、これが現実世界の選手ならば、最高到達点も同時に高くなります。
理由は簡単で、空中に居る人体が受ける力は重力のみになる為です。人間の身体が受ける重力の大きさは質量$${m}$$のみに比例し、重力加速度$${g}$$との積$${mg}$$と書けます。力とは物体に加速度を生じさせる原因なので、この重力が原因となって空中に居る物体には下向きに$${g}$$の加速度が生じます。
人間のジャンプは踏切り直後の上向きの初速度$${v_0}$$が重力加速度$${g}$$によって減速し、速度が0になるまで身体(の重心)が上昇を続け、そのあとは下向きの速度が重力加速度$${g}$$で加速しながら落下していきます。踏切りの瞬間を$${t=0}$$とした場合、ある時刻$${t}$$における速度$${v(t)}$$は
$$
v(t)=v_0-gt
$$
と書けます。例えば、踏切り直後から最高到達点に達するまでの時間を$${T}$$として、この式に代入すると、最高点の速度$${v(T)=0}$$なので、$${0=v_0-gT}$$という関係式が成り立ち、これを変形すると$${T=\frac{v_0}{g}}$$が得られます。一般的に滞空時間はこの最高到達点に達するまでの時間$${T}$$を2倍した値となります。
速度というのは単位時間(1秒)当たりの位置の変化であり、時間を掛けることで移動距離が計算できるのですが、今回の様に速度が常に変化し続ける場合は単に時間を掛けるだけでは移動距離を計算する事が出来ません。
しかし、速度の変化が無視できるくらい微小な時間$${dt}$$の間の移動距離であれば、これを$${vdt}$$と書いてあげる事が出来ます。
そして、この$${vdt}$$をt=0~t=Tまでの間で足し合わせてあげることで最高到達点の高さ$${h}$$を計算することができます。
このような微小な時間を掛けた値を足し合わせる事を時間積分と呼びます。試しに、速度vを時間積分して高さを求めると、次のような計算になります。
$$
h=\int^T_0(v_0-gt)dt=v_0T-\frac{1}{2}gT^2
$$
ここで、$${T=\frac{v_0}{g}}$$を用いて、初速度を消去すると、最高点に達するまでの時間は
$$
T=\sqrt{\frac{2h}{g}}
$$
と得られ、滞空時間が$${2T=2\sqrt{\frac{2h}{g}}}$$であることから「高く跳ぶこと」で滞空時間を長くできることが示されます。偉そうに数式を使って書きましたが、当たり前の事を確認しただけなので「馬鹿でも分かることを難しく書く馬鹿」になってしまっていますが悪しからず。
本題は二つ目の「踏切までに十分な回転を作ること」という部分になります。物理学では回転の大きさを表すための物理量として、回転エネルギーと角運動量の二つがあります。
回転エネルギーとは回転運動の運動エネルギーの事を意味しています。
例えば、上図の様に質量mの物体が回転している場合の運動エネルギーは物体の速度$${v}$$を用いて、$${E=\frac{1}{2}mv^2}$$と書けるのですが、単位時間(1秒)あたりの回転角度である角速度$${ω}$$と半径$${r}$$の積が物体の速度$${v}$$になる事を用いると、$${E=\frac{1}{2}mr^2ω^2}$$とも書けます。此処で、質量×半径の二乗である$${mr^2}$$を慣性モーメントと呼び、$${I=mr^2}$$であらわされるとすれば、回転エネルギーは
$$
E=\frac{1}{2}Iω^2
$$
と書けます。慣性モーメントが大きいほど、同じ角速度の回転でもエネルギーが大きくなることから、慣性モーメントは物体の回転しにくさを表しています。物体は質量が大きければ大きいほど、回転半径が大きければ大きいほど慣性モーメントが増して回転しにくくなります。
一方、ニュートンの運動方程式$${ma=F}$$は速度と加速度の数学的な関係である$${a=\frac{dv}{dt}}$$を用いて、
$$
m\frac{dv}{dt}=F\\
mr\frac{dω}{dt}=F\\
mr^2\frac{dω}{dt}=r×F\\
I\frac{dω}{dt}=r×F
$$
と書くことができます。此処で、最終的に出てきた$${r×F}$$は物理用語で力のモーメントと呼ばれている物で、一般的にはトルクと呼ばれ、物体の回転を変化させる原因となる物理量です。ニュートンの運動方程式$${m\frac{dv}{dt}=F}$$のFが速度を変化させる原因とするならば、回転の運動方程式$${I\frac{dω}{dt}=r×F}$$の$${r×F}$$は角速度を変化させる原因となります。rは半径、Fは力です。
空中にある物体は必ず重心を通る回転軸回りに回転しますから、重力によるモーメント(トルク)は空中では必ず0になってしまいます。
つまり、空中では回転の運動方程式は、
$$
I\frac{dω}{dt}=0\\
\frac{d}{dt}Iω=0\\
$$
この式はつまり、空中では慣性モーメントと角速度の積$${Iω}$$の大きさが変化しないという事を示しています。ここで$${Iω}$$の事を角運動量と呼び、外からトルクを受けてない物体の角運動量が変化しないことを角運動量保存の法則と言います。したがって、重力以外の外力(床反力)を受けることができる踏切りまでの段階で作った角運動量がそのまま空中姿勢における角運動量と変らない事が分かります。このことから、540度を蹴る為には踏切までに十分な回転を作ることが大切であることが分かります。