短編小説『席、空いてますけど……』

電車で何故か、俺の隣の席には誰も座らない。
しかし、子供、怪我人、足が悪そうな人、お年寄りと、次々と勝手に座らず勝手に俺に非難の視線を……。
その、あまりにしょ〜もない理由とは?
「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」「note」に同じモノを投稿しています。


 四十代も半ばを過ぎた頃から、しょ〜もない誤字脱字をやる事が増えた。
 会社の仕事関係も、プライベートでのSNS投稿やメールやメッセンジャーでも。
 この前なんて、複数箇所とはいえ、5分見直せば見付かったであろう誤字脱字のせいで、会社の上役に出したメールの内容が、俺の意図とは百八十度とまでは言わなくとも、百五十〜百六十度ぐらい違った代物に成り立ててた。
 と言う訳で、休日に駅で電車を待ちながら、この齢でやる趣味じゃないとは思うけど、小説投稿サイトへ投稿してる「なろう系」小説の本日分の投稿を推敲……いや、ホントは昨日の夜、日付が変る前に投稿するつもりだったが、間に合わなかったんだ……。
 ああ……千文字ちょっとなのに、結構な誤字脱字が……それも、誤字脱字を1つ直せばいいだけじゃないくて、文章1つ直さないといけないようなのが、2つか3つ。
 うそだろ……まだ、五十になるまでの執行猶予期間は、結構残ってるのに、もう、能力ならぬ脳力が衰え始めてんのか?

 ああ、電車が来た。
 とりあえず、乗る。
 ターミナル駅なんで、乗り換えが結構有る。
 目的地の最寄り駅まで普通で1時間弱という特急使うべきかビミョ〜な距離。
 とりあえず、本日は普通列車にした。
 この駅で下りた、俺と同じか、少し上の齢のおっちゃんが座ってた席に座り、スマホを見ながら、文章を推敲し続ける。
 くそ、ノートPC持ってきて、そっちでやった方が良かったか?
 どうしても、スマホの画面だと、やりにくい。
 何駅か過ぎると、客が増えてきた。
 立ってる客もチラホラ。
 でも……ん?
 何で、俺の右隣の席は空いたままなんだ?
 まあ、いいや、推敲だ。

 更に何駅か過ぎると……親子づれ。両親に子供が1人。子供は小学校だとしても低学年ぐらい。
 俺の右隣の席を親子3人で見てる。
 じっと見てる。
 何故か、座らない。
 何でだ?
 周囲の客は……あれ? 何?
 何で、俺に非難の視線?
 まあ、いいや。

 謎の親子連れが立ち去った後……運動部系の部活に入ってるらしい高校生数人連れ。
 全員が、高校名が入ったジャージを着て、これまた高校名が入ったボストンバッグを手にしている。
 ああ、運動部に入ってて、今日は試合か何かなのか。
 でも、1人は松葉杖。
 残念だったな。……多分、練習中に怪我して、今日は応援なんだろう。
 そんな事より推敲だ。
 小説、書いた事が有る人なら判るだろうが……ちょっと直した事の影響が案外デカい、なんて事は良く有る。
 クソ、前回のエピソードにまで、影響が……。
 ん?
 俺の右隣が空いてんのに、何で、座らない。
 高校生達と、周囲の客は……またしても、俺に非難の視線。

 更に続いて、俺と同じか少し上ぐらいの齢だが、足が悪いのか杖を手にしてるおばちゃん。
 同じ事が起きた。
 何も悪い事はやってない筈なのに、非難の視線を向けられるだけで、いたたまれない気分になり……いや、自分が悪い事やった心当りないのに、非難の視線を向けられて、何故か罪悪感MAXなんて、四十ウン年の人生で初めてだよ。
 とりあえず、スマホに集中して気付いてないフリ。
 更に続いて、異様に腰が曲がった婆さんがやって来て……だから、何なんだよ?
 知らない内に怨まれて呪いでもかけられたのか?
 それとも、心霊現象か何かか?
 一体全体、何なんだよ、これ……。
 何で、俺の右隣の席が空いてんのに座らない?
 そして、なぜ、俺に非難の視線を向ける?
 意味が……判んな……ああ、助かった、目的の駅だ。
 こんな気味が悪い電車、さっさと下り……。
 立ち上がった瞬間に気付いた。ようやくだった……。
 ああ、今までやってた「なろう系」小説の推敲と同じだ……。何で、こんな、しょ〜もない事に、すぐ気付かなかったんだ?
 俺の横の席には……俺の前に座っていたおっちゃんが忘れていったらしい、飲みかけのコーヒーのペットボトルが転がっていた。
 それも、丁度、俺が「この席も俺のモノだ」と暗に主張してるように見える絶妙な位置に。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?