ドリーム名鑑 赤い機人と原子力教団 56.シャンテウ空域会戦(6)一隻駆け
「この『蛇道』と呼ばれる谷は、形状からそう呼ばれていますが、実は半年前から決まった時刻に強風が流れます」
ケリーさんがそう言った。
「半年前? それはずいぶん都合のよい強風ですね......」
わたしは、素直に感じたことを口に出す。
「元々は、谷の内部だけで風が吹いていたのですが、半年前に谷の中。ある部分を破壊してしまったんですよね......。それ以来、風は強風となり、谷の外へ流れ出すことになったんです」
ケリーさんが、なぜかため息を吐く。
「破壊って、この辺の人たちにとっては、ずいぶん迷惑な話ですよね......まさか?」
わたしは「あっ!」という顔で、ケリーさんを見た。
(.あの人ならやりかねない......)
「あっいえ! アキト隊長ではありませんから安心してください。犯人は副団長ですから......」
「そっ、そう......副団長?」
ケリーさんがわたしの顔を見て、手と首を同時に振る。だが、その後に表情がガラリと変わった。
「もうすぐ、後ろから強風が吹き流れて来ます。その風に乗ってアロンゾは飛び出し、敵船隊の中へ突入するのです。敵は混乱しているとはいえ、アロンゾに砲撃を集中してくるでしょう」
そう言って、ケリーさんはわたしを見る。
「わかりました。任せてください!」
「お願いします」
ケリーさんがそう言うと、一瞬アロンゾの速度が遅くなった。
空気が変わり、一瞬の静けさ......。
「「「............」」」
「来ます!」
アンナマリーさんが口にする。
「ゴゴゴゴゴゴ!!!」
周囲の風の音が一瞬で変わる。
そして、アロンゾがゆっくりと動きだす。
アロンゾの速度が少しずつ上がるが、わたしはまだ機関部へオーラを流していない。出力は、変わらないのにもかかわらず、速度が上がりはじめる。
「さやかさん!」
ケリーさんの掛け声に、わたしは一気にオーラを流す。
アロンゾの出力が急速に上がる。強風にオーラの出力を乗せると、アロンゾの速度はさらに上がった。
(うひょー!!!)
前方に、谷の出口が見える。
「砲撃用意!」
ケリーさんのその声に、ブリッジの砲撃手が身構える。
「「「............」」」
一瞬、ブリッジを沈黙が支配した。
アロンゾが、一気に谷から飛び出す。
前方に敵船隊が見えたが、急速で接近。すでに敵船隊が目の前だった。
「撃て!」
ケリーさんが号令する。
その瞬間、アロンゾのキャノン砲と、、左右にあるショットボムが砲撃を開始した。
近距離のせいか、砲撃がすぐに敵船をかすめる。ショットボムが右手の敵駆逐線と左手のスペイゼに命中した。一発目のキャノン砲は外れたが、二発目の砲弾は大きい船に命中したようだ。ブリッジの中で歓声が挙がるが、すぐに命中した船を通り過ぎて視界から消える。
目の前をふさぐ敵船は一隻も存在しない。まるでアロンゾは一本の道の中を飛び去る燕のようだった。
「さやかさん! 砲撃来ます!」
わたしはアロンゾ全体に神経を集中する。熱さを感じた部分へ、瞬時にオーラを飛ばす。感じた軽い衝撃は、砲撃が命中した証だったが被害はない。わたしの生成したオーラシールドが、上手く敵の砲弾を受け止めているようだった。
「ガン!」
突然、何かに当たったような衝撃が身体を襲う。衝撃があった方向に顔を向けるとアロンゾの右側アームに機人が張り付いていた。
「ドカン!」
続いて左側でも衝撃と音がした。アームにスペイゼが衝突して(刺さって?)いる。
(......これってアロンゾラリアート的な?)
「アームを切り離して!」
ケリーさんが叫ぶ。
その瞬間に、左右のアームが同時に切り離された。
アームに取りついていた機人とスペイゼも一緒に後方へ投げ飛ばされる。機人はなんとか離れていったが、スペイゼは途中で爆散した。
「燕が亀になりました!」
わたしは声に出して叫んでいた。
アロンゾは砲撃を続ける。
空域上にいる船隊は『蛇道』から伸びている強風を境にして左右に分かれていた。
「取舵! 敵へ突入します。さやかさん。敵の砲撃はさらに厳しくなりますのでこらえてください!」
「ふぇっ?」
わたしの口からは、なさけない声が出たが、アロンゾはこちらから見て左側の敵へ突入する。
「ひゃ~!!!!」
「(撃)てー!」
アロンゾのスピーカーから、ケリーさんの声とは異なる号令が聞こえてきた。どうやら、味方からの通信が届く距離まできたらしい。
アロンゾから見て右側。アルパチア側から見て左側に分かれた敵船隊。
アロンゾが突入した逆の方向にいる敵船隊に向かって、アルパチア船隊から砲撃が放たれた。ある程度合流をはたした、船隊群からの纏まった砲撃だった。
(もし、逆側に突入したら味方の砲撃に巻き込まれていたよね......)
アロンゾは敵船隊へ突入した。
わたしは、オーラを出力機関へ流しながら、オーラシールドを貼り続ける。
「砲撃を当てる必要はありません。とにかく敵の中を移動して敵の眼をこちらに向けてください!」
もう、泣き言なんかを言ってる余裕なんて無かった。神経をひたすらオーラを流すことに集中させる。
ブリッジの前方に敵のオハジキ......じゃなかった。シャルメチアの『ベイスタ』が現れた。
ベイスタは被弾していたのか、機体から煙が出ている。アロンゾへは衝突コース......。
(......ダメだ。当たる!)
わたしはなぜか、アロンゾの前装甲ではなく、向かってくるベイスタそのものに、シールドを展開するような感覚でオーラを放った。
オーラシールドとは物体表面に対してシールドを貼るものだ。そのため、アロンゾで言えば、攻撃が外壁装甲部分のシールドに当たることにより効果が発揮される。
「バシィーン!!!」
だが、ベイスタはアロンゾに衝突する前に、何かに当たり弾かれた。
ブリッジでそれを見た何人かが、驚いたように一斉にわたしを見る。
(......あれ? わたし......またまたなんかした......)
ケリーさんもわたしを見ていた。
「さやかさん......それ......」
ケリーさんがわたしの腕を指さして言う。
「えっ!」
わたしは、指を差された自分の左腕を見た。
そこには、この世界に来たときに付いていたブレスレットがある。なんと、それから溢れるくらいの光が出ていた。
確かに、わたしがオーラを使うと薄く光るときがあったけど、ここまで強い光ははじめてだ......。
「カコーン!」
軽く何かが当たった音がした。空から流れてきた残骸だろう。
その音で皆が正気に戻ったのか、あらためて戦闘に集中する。
アロンゾは、最大速度で戦場を駆け巡り、砲撃し続けた。
一旦、敵船隊群を突き抜けても、再度突入を繰り返す......。
アロンゾのキャノン砲が、右手前方にいた敵巡洋船のブリッジに命中。さらに、その巡洋船の横をすり抜け、出力部にもショットボムを命中させる。
だが、アロンゾの乗務員たちから喜びの歓声は聞こえない......。
後方から、アロンゾに向かって放たれる砲撃音が後ろから響いてくる。攻撃はますます厳しく、敵の機人やスペイゼに半包囲されそうになっていた。
「ケリー! もうすぐ、風が止まる!」
航空士の男性が、悲鳴を挙げるように叫んだ。
風が弱くなり、敵船の動きに纏まりが出てきたが、そのせいでジワジワとアロンゾは包囲されそうになっている。
ケリーさんは、包囲しようとしている敵船群の状況をジッと観察していた。
「あそこへ!」
ケリーさんの右手が上がり、敵船群の一点を指し示した。
「あの部分だけ、まだ包囲が薄い! 機関部、全速前進!」
その指示を聞いて、わたしは機関部へ向かってオーラを放つ。
「さやかさん。さっきの感覚でシールドを展開してください!」
「えっ! はっ、はいぃー!」(さっきって......)
(......もう......どうにでもなれー!)
アロンゾは、真っ直ぐ突き進む。
飛びながらも、敵からの砲撃が前後左右から飛んでくる。
「ゴン! カン! ドカン!」
(あぁ~、当たってる当たってる~。シールドにだけど当たってるよ~~)
前方からシャルメチアの機人ケアムスが現れた。手に付いているライフルをアロンゾに向け、接近しようとしていたが、突然流れて来た何かに当たりバランスを崩す。すぐに体勢を立て直したが、その瞬間にアロンゾから発射されたキャノン砲が、近距離で命中して爆散する。
アロンゾは包囲の一角。敵船隊群に突入した。ケリーさんは包囲が薄いと言っていたせいか、すぐに包囲を突き抜けた....。と思ったら......。
「えええええぇぇぇ~!」
そう思ったら、眼の前にいたのは、分断されていたもう一方の敵船隊群。その後ろだった。
こっちの敵船隊群は、味方であるアルパチア船隊群から砲撃を受けている真っ最中......。
わたしはケリーさんを見る。目が合うなり彼は、右手を上に挙げて手を振りながら首を振る。
「迂回している余裕はありませんので、さやかさん頼みです」
ケリーさんが、申し訳なさそうにわたしを見る。でも、眼は真剣だった。
「もー!」(涙目)
(......シーズン2に突入!)
アロンゾは、敵船隊群の後方へ突入した。
まさか、こんなところに、敵の船が一隻で突入してくるとは思わなかったのだろう。突入してすぐには砲撃されなかった。それに、砲撃しても味方に当たる可能性もある。それでもたまに砲弾が飛んできたが命中はしない。
それよりも、味方からの砲撃の方が苛烈をきわめた。
もちろん味方は、わたしたちのことを考慮して砲撃することはない。わたしはオーラ全開で味方の砲弾をも受ける。
「頑張ってください......もうすぐ、抜けます......えっ......」
ケリーさんの声が上ずった。ケリーさんを見ると顔色が変わっている。
わたしは、ケリーさんが見ている方向を見た。アロンゾの前方を......何かが......通り過ぎようとしている。
それは......赤い機人だった。
その瞬間、わたしの脳裏に、ある機体の名が浮かんだ。
「あれが......アーケーム......」
(つづく)
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