ドリーム名鑑 赤い機人と原子力教団 60.わたしの跡(2)


 広場から屋敷までは、近い場所にあったので徒歩で行くことができた。

 屋敷は、さすが上級貴族様という感じではあったが、それほど華美ではない。石造りだが、屋敷と言うくらいなので、西洋のような大きなお城というわけでもなかった。

 屋敷の中に入ると、案内をしてくれる人が、フレデリカさんから別の若いメイドさんに代わった。

 その若いメイドさんに連れられて屋敷の中を進む。壁には絵画が掛けられており、廊下のカドにある花瓶には、綺麗な花が飾られていた。

 夕方になり、すでに太陽が薄れてきたせいか廊下が暗い。一緒にいたメイドさんが、廊下の壁に掛かっている照明一つ一つに明かりをともす。

 メイドさんが触るたびにともされる仕組みだが、あれは、オーラを流しているのか、それとも以前聞いた誰にでも使える、簡易的にオーラを貯めておける機器なのだろうか?

(分解して見てみたい……。う~ん、いかんいかん……)

 わたしは冷静を装って歩く。

 さらに進んで、途中の扉をメイドさんが開けてくれた。

 メイドさんに進められて中に入る。

 豪華な脱衣所だろうか? 大きな鏡も壁に備え付けてあった。

 言われるがままに、汚れた作業着を脱ぐ......というか剥がされた。なんか恥ずかしいが冷静なふりをしておく。

(女は度胸……。でもやっぱり恥ずかしい)

 裸になってさらに奥へ進むと、銭湯サイズの大きな浴槽があった。

 大理石かな? 触ってみると、ちゃんと表面を研磨しているので触り心地がツルツルだった。

(……う~ん。ゴージャス……)

 浴槽に入る前に石鹸で身体を洗うが、メイドさんが手を出してきたので「ビクッ」っと驚く。

 メイドさんが「なんで?」という感じの表情をしたので、心の中で慌てながら、冷静な態度を演じる。

 メイドさんは、洗面器らしき容器を持ってきた。中を覗くと花びらが浮いている。それを髪に浸透させて使うようだ。香りも良い。この世界のシャンプーだろう。

 髪と身体を洗い終わって、やっと浴槽に身体をつけることができた。

「ふー♪」

 あまりの気持ち良さにため息がでた。

 疲れていたのか、一瞬眠気が襲ってくる。

 ……いかんいかん。ここで寝てしまってはいけない。自分の世界に戻ってしまう……。

 今回の戦いで、腕に付いていたブレスレットが壊れた。実はそれ以来オーラを放出できない。

 体内でのオーラ生成はできるみたいだけど……。そのオーラを体外へ放出できない。

 推測するに、この世界の人間じゃないわたしが、オーラを体外へ放出するには、たぶんあのブレスレットが必要だったのだろう。関連性を調べてみたいが今は難しい。

 体内で生成したオーラは、体外へ放出しないと身体に悪影響を及ぼす。これはアキトさんが教えてくれたことだ。だけど……わたしは感じる。体内に残っているオーラが少しずつ薄くなっていくのを……。

 なんでかわからないが直観でわかる。もうこの世界には戻ってこれない感じがすると。

(……まぁ、アキトさんがわたしの世界に来てくれればいいけどね)

 でも……もっとこっちの世界で知りたいことがあったな……。

 浴槽から上がると、着替えの服が準備してあった。

「こ、これは!」

 わたしは、焦るようにメイドさんの方を振り返った。

「奥様がお持ちのドレスでございます。これを着ていただくようにと仰せつかっております」

 清楚な感じのブルーのロングドレス。こんなの......映画でしか見たことない。

 ドレスに合わせたヒールも準備されていた。なぜかサイズもピッタリだった。

 されるがままにドレスに着替えたが、この服装では広場には戻れんぞい……。

 着替えが終わると鏡の前に座らされて、髪のセットとメイクをされた。なされるがままである。

「どうぞ、こちらへ」

 全てが終わり廊下へ出ると、フレデリカさんが居てそう言われた。

 フレデリカさんは、出てきたわたしを嬉しそうに見る。

「たいへんお綺麗で、お似合いでございます」
「あっ、ありがとうございます」(たじっ……)

 わたしは、大人しくフレデリカさんに付いていく。

 大きな扉の前に立つと、扉が開かれた。

 広間の中央には大きなテーブルがあり、一番奥にはアキトさんのお父上がいて、その横には奥様が座っている。

 わたしは奥様の向かいの席へ案内された。

 奥様と目が合いニッコリされる。わたしもニッコリと返す。

「わたしが昔来ていたドレスだけど、とても似合っていて良かったわ♪ ねぇ、あなたもそう思いませんこと」

 奥様が旦那様へ話を振ったので、わたしと旦那様の眼が合う。

「うん。よく似合っている。あいつにはもったいない」

 あれ? 旦那様。最初会ったときよりだいぶ和やかな顔つきになっている。

(……っていうか、あいつって……)

「それにしても、大変ご苦労なさったようね。色々あったようだし、どこのお嬢さんかは今は聞かないでおくわ」

(……ん?)

「まったく、これだから中央の奴らは……。上級貴族だけで、国がやっていけると思っている。中級や下級貴族ですら駒としか考えておらん」

 えっ、中級、下級貴族? わたしはいったい誰だと思われているのだろう。これって犯人はフレデリカさんだよね……。

「ははは……」

 愛想笑いするしかない……。

「すみません。旦那様。奥様。遅くなりました」

 そう言って、広間に入ってきたのはケリーさんだった。ちゃんと礼服に着替えている。

(その服はどうしたの? まさか、アロンゾに……)

「大丈夫よケリー。兵士さんたちの様子は如何かしら?」
「ご安心ください奥様。重症者はいますが、旦那様の手配のおかげで命を落とす者はいません。今は食事を振る舞い、休んでもらっております。船の修理は明日からとなりましょう」

 ケリーさんが答えた。

「うむ、ご苦労だった。早く座りなさい。食事にしよう」
「あなた、まだアキトが……」

 奥様が批判めいた口調になる。

「ほおっておけ。あいつなんぞおらんでも、今日は若いのが二人もいる。楽しい食事になるだろう」
「そんな、あなた……」

(これは……)

 わたしは、隣に座ったケリーさんを横目で見て、助けを求める。

「旦那様」

 ケリーさんの声に対して、旦那様がケリーの方を向く。

「シルミームが……この国のために動いてくれました」

 一瞬、旦那様の眼が大きく開かれたが、ケリーさんを見ながら考え深いような表情になる。

「そうか……。お前を中央にやるのは心配だったが、あの方の弟子をして……恥ずかしくない仕事をしたのだな」
「はい。これも旦那様のお陰です。我が家の事だけでなく、私までご面倒をお掛けしたのですから……」

 ケリーさんの一人称が『僕』ではなく『私』になっていた。

「ふむ。気にする必要はない」

 こうして見ると、旦那様は本当にダンディーなロマンスグレーなのだけど……。

「そうよ、ケリー。あなたは良くやってくれています。それに沙也加さんの件だって、あなたのようにこの人がちゃんと面倒を見るつもりよ」

(ん?)

 本当に自分の状況がわけワカメだよ……。わたしが困ったような表情でケリーさんを見ると、彼は微笑んだ。

 バン!

 勢いよく扉が開いた。

「お、お待たせして申し訳ありません……」

 そこには、着替えが終わって、ゼーゼー息を切らしているアキトさんが立っていた。

「貴様! 今頃……」

(あぁ……旦那様がお怒りになる……)

「あなた……」

 奥様のその声に旦那様が止まり、一瞬で落ち着きを取り戻す。さすがは夫婦、絶妙なタイミングだったよ。

「お前は、沙也加さんの隣に座りなさい」(ジロリッ)

 旦那様がアキトさんに言った。

「はい……って、さや……か……」

 横に来たアキトさんがわたしを見る。

 アキトさんは、わたしを見たまま停止していた。

「どうかしらアキトさん。わたしのドレスなのだけど、お似合いでしょう」
「えっ、はっはい……」
「くすくすっ」
 
 周りのメイドさんや、執事さんが笑う声がする。アキトさんの顔が赤くなった。

 アキトさんの表情と、周りの雰囲気を感じて、わたしの顔も熱くなる。

「フッ……」

 軽い笑い声のする方をチラ見すると、声の主は旦那様だった。その表情はとても優しく、息子を見る眼もこの一瞬だけは暖かい。

「座るがいい」
「はい……」

 アキトさんが席に着くと、食事がはじまった。

 食事が終わると、宿泊する部屋に案内されたが、ケリーさんは自分の家があるので早めに屋敷を出た。

 結局、わたしはアロンゾに戻れそうもない。

 案内された部屋の中央にはベッドがある。わたしの世界のベットより大きくてフカフカだ。

 でも……わたしはアキトさんとお話しがしたい。食事の席では込み入った話ができなかったせいだ。

 コンコン……。

 そう思っていると、小さく部屋をノックする音が聞こえた。

 わたしが扉を開けると、素早くアキトさんが部屋に入ってきた。

「すまんなさやか、マナー違反なんだが、さっきの状況では話したいことも話せなかった」

 わたしはアキトさんの顔を見たが、アキトさんの顔は赤くなっていた。

「なんだ……さっきは言えなかったが、とても……綺麗だ……」

 わたしの顔の沸点が上昇した。

「あっ、ありがとうございます……」
「あっ、いや……」

 アキトさんが恥ずかしそうに顔をそむける、

 やはり、この人を愛おしく感じる。

「それよりも、さやかに話しておかなければないことがある」
「はい……いったいなんでしょう」

(……それよりもって!)

 わたしは少しすねた表情になる。

「あっ、すまん。そういう意味じゃない。さやかは綺麗で俺なんかには……」

 まったく……。この人は、こういうところが可愛い。

「なんですか?」

 わたしは、微笑みながらに聞いた。

「実は、アラゴのお姫さんと戦っていたときなんだが……」
「あの人と?」

 一瞬で、今日の出来事を思い出す。もう、あの人の姿は網膜から離れない。美しく気高い、狂暴な赤い龍……。

「アーケームと、俺のパラムスが戦っているとき……。お互いの機人が鳴いた」
「「…………」」

 わたしは『あの時』のことを思いだす。確かに2体の機人は鳴いていた。まるで、2体の怪獣がうたうように……。

 わたしは、ある推測を口にする。

「あの……アキトさん」
「なんだ?」
「わたし、機人って機械だと思っていたのですが、もしかして機人は生きているのですか?」

 わたしは、思ったことをそのまま聞いてみた。

 あの時のアーケームとパラムスは、生物がお互いを主張するように叫びあっていた。

 アキトさんの口が開く。

「さやかの思うように、確かに機人は生き物だ。と言っても、この世界で普通に生きてる他の生物とは違う。人によって作られた人工の生物だ」
「人工の生物……」
「だが、通常の機人は、よほどの事がない限り自我を見せない。機士に操られ、その力を発揮する」
「では、あのときは……」

 ――キイィァァァァァァァァァァァァァーーー!!!――。

 あのときの機人の鳴き声が頭の中に響いた気がした。

「機士と機人の意思が、極限にまで合わさった結果だと俺は思う。そのとき、機人は『うたう』と言われている」
うたう……」
「俺も......聞いたことがあるだけだった。だが、あの時は違ったんだ。たぶん、さやかのコーティングの効果も、なんらかのトリガーになったのだろう」
「そうなんですか? あぁ~ますます気になりますね……」

 わたしはアキトさんを見上げる。

「話しは戻るが、俺はアーケームとの戦いのときに......今まで出し得なかったほどのオーラを開放させた」
「はい……」
「そのとき……俺の中で何かが弾けたんだ」
「弾けた?」
「あぁ……。まるで身体の中に存在していた……何かが弾けたような音がしたんだ」

 ……それは、まるでわたしのブレスレットが壊れた時と同じような……。

「それ以来、身体の中で感じていた『特別なオーラ』の感覚が無くなった……」
「特別なオーラ?」
「あぁ、それはさやかの世界で、オーラを生成したときに近い感覚だ」
「それって……」

(……あぁ……それは……)

「無くなってわかる。あれは、さやかの世界で必要なオーラだったんだ……」
「つまり……」

 わたしもわかってしまった。

「もう、わたしの世界には来れないってことですか……」

 アキトさんは、わたしを見て静かにつぶやく。

「あぁ……たぶんそうなるだろう」

 部屋の窓の外が明るい。

「この世界にも月があるのですね……」

 わたしは、納得したようにそう言った。

 わたしの言葉に合わせるように、アキトさんも窓の外を見る。

「明るいのは月のせいではないよ。はるか上空にある、大陸そこの天石が光り輝くせいだ」
「「…………」」
「わたしも……今のアキトさんと同じような感覚を体験しました…….。今は、体内のオーラを外へ放出できません……」
「それは……」
「大丈夫。体調は問題ありません。でも……少しずつ体内のオーラが薄れてきています。だからわたしも次はないと感じてます」

 わたしを見ているアキトさんの表情が、悲しみに暮れる……。

「さやか、俺は……」

 わたしは、アキトさんに優しく微笑む……。

「それでも信じています。アキトさんにまた必ず会える日を……それまで……わたしは待っていても良いでしょうか?」

 わたしはアキトさんに向かって思いを告げる。

「あぁ……必ずさやかの元へ帰る。必ずだ……」

 わたしは、つま先を立ててアキトさんの首に手を回す……。

 アキトさんは……わたしを優しく、強く抱きしめた……。

(つづく)

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