ドリーム名鑑 赤い機人と原子力教団 59.わたしの跡(1)


 ブルハーン領の大きな広場にアロンゾは着陸した。

 広場の端には、整備場らしき建屋も見える。

「たまに帰っては来るのですが、ずいぶん懐かしい感じがします」

 近くにいたケリーさんが言った。

「アキト隊長は何年ぶりですか? 僕と違って、あまり帰省していないと、よく奥様に言われています」

 横にいるアキトさんが、めんどくさそうな顔をした。

「妾の子が、実の子よりも頻繁に帰省するわけにはいかないだろう……」
「ん? でも、その奥様の言われている感じから、アキトさんに良くしてくれてはいたのでしょう?」

 ケリーさん口調から、そう感じたことをアキトさんに聞いてみた。

「あぁ……まぁ、あの方は優しい人だからな。そんなことで差別はしない。どっちかというと、実の子どもの……嫉妬の方が面倒なんだ」

(ん~、なんかわかるようなわからないような……)

 
 ジャマールたちのオハジキ2機も、着陸したアロンゾの近くいた。

 そこからジャマールさんが降りてくる。額には包帯が巻かれていた。

「ジャマール!」

 アキトさんが、自分の額に指を差して心配する。

「大丈夫っす。心配しないでください」

 ジャマールさんはそう言うと、ちょうど後から降りてきた駆逐船を見上げた。その駆逐船の横からは、ハンガーに納まっている白いパラムスが見えた。

「ジャマール!」

 アキトさんが、再び名を呼ぶ。

「早く行ってやれ!」

 ジャマールさんが「なんで俺が?」のような表情になる。

「今回のナギサは、副団長の代わりにオトリになったんだ。あのアーケームに対するオトリにな」

 アキトさんがそう言うと、ジャマールさんが目を見開いて考えるような顔つきになる。

「お前はここにいない副団長の代わりだ。任せたぞ」

 ジャマールさんは、アキトさんの言葉を聞いたあと、白いパラムスの方へ向かっていった。

 
「アキト」

 わたしとアキトさん。それにケリーさんがアロンゾから降りて建屋に向かうと声がした。

 声の方へ振り向くと、明らかにお偉いと感じる集団がいた。

 中央にいるロマンスグレーの男性が声を発したのだろう。一目見てわかる。どことなく顔つきがアキトさんに似ている……。

「おやじ!」

 アキトさんがその人に近づく。

 バシッ!

 激しい音がした。ロマンスグレーの男性が持つ杖がアキトさんの顔を打ち付けたのだ。

「あなた!」

 男性のその行為に、横に立つ貴婦人が男性を責める。そして、アキトさんに近寄り顔に触れる。

「大丈夫ですか? ごめんなさいね。あの人はあのような形でしか、子供に接することができないの......だからあの子もたまにしか帰ってこない……」

 この人が、ケリーさんが言った「奥様」なのだろう。その感じからは慈愛がにじみ出て見えた。

「母上、お気になさらすに」

 アキトさんはお母様にそう言うと、父親である当主の前に膝まづく。

「ブルハーン侯。この度のご依頼。お受けいただき感謝いたします。ロイナー団長、侯爵からはよろしくお伝えするように賜っております」

 アキトさんの態度は、貴族らしいと言えばそれまでだけど、自分の父親に対するにしてもよそよそしい感じに見えた。

「ふん。承知した。だが、国のために戦った者に対して当たりまえのことをしたまでだ。お前のためではない」
「はっ!」

 アキトさんが引き下がる……。確かにこれは、頑固な父親かもしれない……。

「ケリー」

 アキトさんの父親である当主様がケリーさんの名を呼んだ。

「はい。旦那様」

 ケリーさんも当主様に近寄り片膝をつく。

「このバカ息子よりもお前に任せる。使える人間はお前の指示で好きにして構わん。わかっているだろうが、兵士たちにはできうる限りの世話をするように」

 自分の子どもに対する態度より、かなり優しい口調だった。

「承知いたしました」

 それだけ言うと、彼らは去って行ったが、わたしは去り際に、ご当主様からジロリと見られ、奥様からも「にんまり」と笑顔を向けられた。

「ゾクッ……」

 わたしは、ケリーさんの方を見る。

「ケリーさん……。なんか怪しいくらい旦那様に好かれていますね……」
「まぁ、色々とありまして。僕は小さい頃から、何かとブルハーン家にお世話になってますし……まぁそれに、ある意味……僕は実の子どもではありませんので……」

 ……あぁ~そういうことね。(察しッ)

「旦那様と、アキト隊長の間に挟まれるのは正直勘弁してほしいですが……。お二人とも素直ではないのです……」
「それはそれは。たいへんね……」

 ケリーさんがしょうがないように微笑む。

「アキト様」

 アキトさんに妙齢のご婦人が話しかけた。さきほど奥様に付いていたメイドの一人だ。アキトさんと何やら話し出したが、二人の態度を見ているかぎり、アキトさんはその人に頭が上がらない感じのようだ。

「ケリーさん。あの方は?」
「あぁ、メイド長のフレデリカさんです。アキト隊長は、幼い頃から何かと言われて育ったらしく、逆らえない人みたいです」

 確かに、フレデリカさんと話しているアキトさんは、なんだか子供のような雰囲気になっている。

(ん?)

 なんかお小言を言われたようで、アキトさんがこっちに逃げるように戻ってきた。

「さやか!」
「はい?」
「さやかに、屋敷の浴室を使わせるように言われたから、行って休んでくるといい」
「えっ? 浴室ってお風呂?」

(そんなことをわざわざ言われるって……)

 バッ!

 わたしは、自分の身体を素早く見る。

 確かに、いや......これはかなり汚れている。自分の顔も触ったら手が黒くなった。

(かなり、ばっちぃ……)

「母上からの指示だし、ここで逆らうとフレデリカがうるさい。疲れただろうからとりあえず先に休んできてくれ」

 わたしは、アキトさんと周囲を見る。わたしよりも疲れている人は大勢いた。それなのに、それを差し置いてわたしだけ休むのは如何なものだろう……。

 それに……落ち着いてアキトさんと話さなければならないこともある。

「さやかさん」

 今度は、ケリーさんがわたしを呼ぶ。

「さやかさんの頑張りは、アロンゾの皆が理解しています」

(ん……でも)

「それに、さやかさんは、あまり人目につかない方が良いのではないでしょうか?」

 ケリーさんが、アキトさんの方を見て目配せをする。アキトさんもわたしに向かって頷いた。

「はぁ~。わかりました。それでは、少し休ましてもらったら、すぐに戻ってきますね」
「あぁ、そうしてくれ」

 アキトさんはそう言うと、ジャマールさんと一緒に、後からやってきた兵士たちの方へ向かった。

「それでは、お嬢様。行きましょうか」

 ビクッ! (いつの間にか、真横にいたフレデリカ)

「は、はい……」

 わたしは、フレデリカさんの後をついて行く。

わたくしは、幼い頃のアキトお坊ちゃんをお世話させていただいたメイドのフレデリカと申します」

 フレデリカさんは、北畠家のお手伝いさんである小津さんとはタイプが異なるが、映画で見たような完璧な雰囲気のメイドさんだった。

「わたしは、沙也加さやかと申します。どうぞ、よろしくお願いします」

 わたしは、なるべく丁寧に、愛想のよい表情を作る。

 フレデリカさんは歩きながら、横眼でわたしを見ていた。

(……なんか値踏みされてるなぁ~)

 これって、研究所の業者とはじめて打合せするときと同じ感覚だよ……。

「失礼ですが、アキト様とはどのようなご関係で?」
「はっ、はい……」

(きっ、来たー!)

 直球だなぁ……。でも、まぁ......自分が幼い頃から世話していたお坊ちゃんと一緒にいるわけワカメな女は気になるよね。それにしても、ここで話したことは、あとでアキトさんのお母様の耳にも入るだろうから、なるべく話に無理がないようにしないといけないな。

「以前、さらわれそうになっていた所をアキトさんに助けてもらいました(わたしの世界で)その後、わたしの家もある組織に襲われましたが(光のバシュタ教団ね)その際もたいへんお世話になりました」

(ある意味嘘は言ってない……)

「それは……さぞ大変な思いをなさったのでしょう……。お父上は、なんのお仕事をされていたのでしょうか?」
「えっと……行政を管理する仕事をしていました(政治家で大臣でした)」
「それは……。なるほど」

(えっと……なにがなるほどなのかな?)

「結局、身寄りがないこともあり、機士団でお世話になることになったのです」

 フレデリカさんが歩いていたのを止める。

「お嬢様。今回のいくさ、本当にご苦労様でした」

 あれ? なんか、フレデリカさんのわたしを見る目が、同情の色になってるけど……。それに、またお嬢様って……。

 前方に大きなお屋敷が見えてきた。

 アキトさんって、本当に上級貴族のお坊ちゃんだったのね……。

 なんか……わたし、怖くなってきたかも……。

(つづく)

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