ドリーム名鑑 赤い機人と原子力教団 48.原子力教団(5)神官


「…………」

 彼の無言は、一瞬で病室の空気を変えた。

 彼はゆっくりと口を開く……。

「何を言おうと言い訳にしかならない。だが……きっかけを作ったのは私だ。私が殺したと言われても言い逃れする気はない」

 落ち着いた口調。でも、なにか心にくるものがある……。

 とは言え、彼の言い分……。わたしの質問の答えにはなってはいないし、十分に彼を恨む理由にはなるだろう。

 それでも、あの言い方では事実関係がまだわからない。冷静になって考えることが大切だ。一時の感情に流されてはいけない。わたしはお腹から息を吐きだす。

「べつの質問をします。あなたは父の書斎から奪った『天核珠』を使い、何をするつもりですか?」

 わたしは、同じくストレートに問いかけた。本当は、アキトさんが問いただしたかったことだろう。

「それを……お前たちに話すつもりはない」

 彼はすぐに返答する。

「ならば、なぜここに来た!」

 アキトさんがトモーラに詰め寄ろうとする。

 その瞬間、トモーラの左手と、アキトさんの身体からオーラの気配を感じた。

「ストップ!」「止まって!」

 わたしと、ツンツン彼女が二人の間に割って入る。

「アキトさん。ここは病院です!」「ここで騒ぎを起こしてどうするつもり!」

 女性二人で、男性二人を押しとどめた。

「ドカーン!!!」

 突然、その音はテレビから聞こえた。

 4人の目線がテレビへ向く。

 それは、教団本部を中継しているテレビ画面から見て取れた。

 体育館の上部、端の外壁部分に穴が開いている。

 しばらくしてから、さらに破裂するような音が小規模ながら聞こえてきた。

「順子」

 トモーラが『順子』と言った。一緒にいた彼女の名前なのだろう。呼ばれた方はトモーラに向かって首をふる。

「あんなこと……わたしは聞いてないわよ」

 順子さんの表情には、さっきとは打って変わり緊張感が漂っていた。その表情で、状況が変化したことを感じることができる。

 しばらくして、テレビの中からまた、スピーカー音のようなものが聞こえてきた。

 その声は、懸命に聞こえたが、テレビ越しでは何を言っているのか聞き取れない。

 そのとき、突然病室の窓際付近が光った。

「「「「!!!」」」」

「なに?」

 光と共に現れる白いローブを着た者。身長と骨格から女性だとわかる。

 ローブのフードで表情はわからないが、両手の手首に繊細な模様の入ったリングが付けられていた。

「貴様ら……何をしたのかわかっているのか!」

 ローブの女性を見てトモーラが言い放つ。その表情には怒りが見て取れる。

 白いローブの女性が少し顔を上げた。一瞬見えた顔つきは西洋のギリシャ彫刻のような整った顔立ちだった。

「今の……あのお方の意思に反した貴方の勝手な行動を......放置されるとでも?」

 ローブの女性は、テレビの方へ顔を向ける。

「私でも止めようがありませんでした。あれに関しては、貴方に恨みがある『ヤハト』が動いたようですね」 

「あなたは神官か?」

 アキトさんが二人の会話に割って入る。

 白いローブの女性は、アキトさんの問いかけに気にする素振りも見せない。その素振りにアキトさんが、さらに何か言葉を吐こうとする。

「貴女はいったい……!」

 そこまで言ったアキトさんが急にしゃがみ込む。

 その状況は、まるで上から重力が降ってきたようだった。圧はだんだん強くなり、アキトさんはそのまま病室の地面に押し付けられる。

「控えよ! お前ごときの『人』がめかけに口を利くなど無礼にもほどがある」

 アキトさんから苦しそうな呻き声が聞こえた。

 だが……ゆっくりとだがアキトさんが起き上がろうとする。

「ふっ……ふざけるな……神官だろう……が、なんだろうが......この世界にいる俺にとっては……知ったことじゃねぇ……」

 アキトさんが、苦しそうな口調で反論する。

「ほぉ……」

 白いローブの女性は、面白そうな声をだした。

「あんたらが……あの原子炉で何かしたんだな......。この世界の人間は......俺たちの世界の『人』じゃねぇだろうが!」

 アキトさんの額からは汗が滴り落ちている。

 後ろで何か倒れるような物音がした。

 振り返ると、順子さんが尻もちを付いて座り込んでいる。その顔には驚愕と恐れが見て取れた。

 横のトモーラもアキトさんを見ている。

「ゴラァァ!!!」

 アキトさんが、叫び声ともに立ち上がった。

 白いローブの女性の右手が上がる。

「アキトさん!」

 わたしはアキトさんの方へ近づくが、その瞬間、わたしにも上からの圧力が加わった。

 ......キツイ……。圧力に耐えるため、下腹部でオーラを作ろうとする……でも、無理だった……。アキトさんの世界のときのように上手くいかない。その姿を見て、アキトさんがわたしを庇おうと手を伸ばす。

「無様だな」

 白いローブの女性が口にした言葉。

 その通りだ……悔しい……。

 そう思った瞬間、頭の上で何かが弾ける気配がした。それと同時に上からの圧力も消滅する。

「この者たちは、貴方が助けるほどの者かしら?」

 白いローブの女性はわたしの後ろ。トモーラに向かって話していた。トモーラの左手がわたしたちの頭上を向いている。今の出来事は彼が行ったこと?

 わたしたちを助けてくれた……。

「メイダ……」

 トモーラが、白いローブの女性に向かって口にする名前。そして右手を上げる。

「消えろ」

 トモーラが呟くと、なぜか彼が付けているサングラスが突然弾けた。

「待って!」

 その瞬間にメイダが叫ぶ。ローブから覗いたその表情は必至に見えた。

 白いローブの女性の周りに光が現れる。

 彼女は、その光に包まれるように消えてしまった。

「…………」

「ブーブー♪」

 携帯着信の振動音がする。

 座り込んでいた順子さんが、気づいたように懐から携帯を取り出した。

 彼女は立ち上がり、携帯をそのままトモーラへ渡す。

 トモーラが携帯を耳に当てた。

「益富……」

 トモーラが、誰かの名前を言った。

 わたしとアキトさんは、その光景を黙って見ている。

 しばらくして携帯が切られ、順子へ戻す。

「いったい……」

 順子さんが、心配そうにトモーラに聞いた。

 トモーラがテレビの方を見る。

「今はあれを見るがいい」

 わたしたちは、トモーラの言葉に合わせてテレビを見た。

 テレビ画面の中では、相変わらず体育館の映像を映している。

 避けた外壁部分からは、物凄い量の水蒸気が噴き出していた。

 いつのまにか、放水車以外にも消防のポンプ車がいて、体育館の上の方に向かって放水を開始している。

 テレビからはしきりに『ベント』とか『放射能が漏れる』などの言葉が聞こえてきた。

 そして、わたしは目撃した。

 体育館から、突然光がにじみ出てくるのを……。

 その光は……とても濃いオーラの光に似ていたが、一瞬で体育館を超えていき、周辺一帯まで広がった。

「............」

 なぜだろう。こんな悲しい気持ちになるのは……。横を見ると、アキトさんの眼からは、涙が零れている。

 アキトさんは、自分でもなぜ涙を流しているのか気づいていなかったのだろう。わたしを見ると彼の眼が開かれた。その表情から気づく。自分の顔に手を当てる。わたし自身の眼からも涙が零れていた......。

 上空にいるヘリからの中継画面に変わる。映像でも光に囲まれた範囲が見て取れるが、その瞬間に光は消え去った......。

 先ほどまで、体育館から噴き出していた蒸気も見えなくなっている。

「順子」

 トモーラはそう言うと、懐から小さな箱を取り出した。

「これをマリーに渡してくれ」

 トモーラが出した小箱を、彼女は両手で受け取る。

「だめだよ! これはあなたが……」

 順子さんは必至に首を振りながら拒絶するが、トモーラは微笑み返す。その表情は子供のようだった。

 彼女の眼からは涙がこぼれる……。

「順子。行くがいい。ここまで付いてきてくれて感謝している」

 順子さんがまた首をふる。

「これは俺からの最後のお願いだ」

 順子さんは、一心にトモーラを見つめる。

 しばらくして決心したのか、駆け足で病室を出ていった。

「いったい何がどうなったんだ……」

 アキトさんが、トモーラに問いかける。

「今……あそこで何が起こった! あの光は普通じゃない。それに……」

「アキトさん……」

 わたしはアキトさんの腕を掴む。

「あれは……命が弾けたときのオーラの光じゃないのか! それも……通常見られないほどの命の光だ! 原子炉と……何か関係があるのか!」

 アキトさんの問いかけに、トモーラが反応する。

「原子炉そのものではなく、原子力エネルギー全てが消滅したのだ」

「なんで……まさかあの光が? でも……弾けた命の光って!」

 わたしはトモーラに向かって叫んでいた。

 トモーラの表情が厳しく歪む。

「さらばだ……」

「おい、待て!」

 アキトさんが、彼に向かって掴みかかろうとする。

 でも......先ほどの白いローブの女性のように、光が現れて……消えていった。

 
 その後、わたしたちは、病室の中でただ呆然としていた。

 テレビ画面の中で、騒ぎがまだ収まらず、特別番組として中継が続いている。

 夕方近くになり、兄が戻ってきた。

 その表情はいつもと違い、とても憔悴しきっている。

 叔父に、なにかあったのかと感じて問いただす。

 兄は首を振り、代田さんが殉職したことを教えてくれた。

 代田さんの名前を聞いた瞬間に腑に落ちた。わたしたちが流した涙の意味を……。どのような過程かはわからない。でも、原子炉の暴走を止めてくれたのはあの人だったのだと......。

 アキトさんも憔悴していた。

 わたしはその姿を見て心の中で声を出す。

(もう一度、あの世界に戻して欲しい……)

 この人を......このままにしてはいけないと……。

第三部完
(つづく)

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