ドリーム名鑑 赤い機人と原子力教団 57.シャンテウ空域会戦(7)赤い機人
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戦場の異変。
アキトたちが戦っていた空域。
そこは当初、ダルマ船隊と敵シャルメチア右翼船隊が戦っていた空域だったが、アーケームとの戦闘によって、両船隊群のいた地点からはずいぶん離れてしまっていた。そのため、蛇道から流れてくる強風の影響も、ほとんど受けることもなかった。
異変に気づいたのは、強風のせいで敵船隊群が二つに割れ、その一方の敵船隊に対して、集結したアルパチア船隊から砲撃が放たれたときだった。
ただでさえ強風によって混乱しているシャルメチア・アラゴの両船隊。アルパチア船隊に向かって反撃する余裕はなく、一方的に砲火にさらされていた。
「これは...」
レイカーが言う。
「いったい何が起こった? レイカーは何か知っていたか」
「いや......聞いていない。例の策とも違うだろう。これは......」
アキトたちは呆然となっていた......。
「ジャンタ! 状況がわかるかい?」
ムーンは、無線を使って近くにいたカジスタの乗務員。ジャンタに問いただす。
「お嬢。はっきりとはわかりませんが、どこからか船隊を乱すほどの風が流れてきたようです」
「風だって? そんなこと、シャルメチアの奴らからは聞いちゃいないよ!」
「お嬢様。私たちの船隊も分断されてます」
もう一機のカジスタ。女性乗務員であるキャンダルが言う。
「レレン! そっちはどうだい!」
「............」
ムーンが通信機を通して、旗船バンシールにいる部下に話しかけるが応答はない。
「まったく......。しょうがないね。キャンダル『コムニカ』を飛ばしな」
「はい!」
ムーンがそう言うと、キャンダルが乗っているカジスタから、棒状の物体が上空へ打ち出された。
棒状の物体は、弓なりに飛びながらシャルメチア・アラゴ両船隊群の上空まで飛んでいき、光をにじみ出しながら停止した。
「どうぞ......お嬢様」
キャンダルが、苦しそうに言う。
「わるいねキャンダル。しばらく我慢しておくれ」
ムーンはそう言った。アーケームの頭部の先端、アンテナのような部分が光る。
「レレン! 応答しな」
「......ザザッ.......お嬢!」
レレン・ボケンの声が聞こえた。
「そっちの状況を端的に話しておくれ」
「はい.....。当初布陣していた地点。さらにその後方から強風が発生したようです。それによって、船隊が中央から分断されました。うちも同様です。敵はそのスキに、分散していた船隊を集結。現在、そこから一方的に攻撃を受けています。こちらは強風のせいで満足に反撃ができない状態です。今は、全船防御に集中していますが......このままですと......」
レレン・ボケンは、悲痛そうな声でそうムーンに報告した。
ムーンは、遠目に砲撃される味方の船隊群を見つめる。
「限界だね......。正直、こんな展開は読めなかったよ......」
「お嬢......」
レレンが口にする。
「やられたね。こんな策をとれる奴がいるなんて、想定外もいいところさ......」
ムーンはため息を吐く。
「でも......負けるわけにはいかないね。奥の手を使うよ」
「お嬢! そいつは......」
レレンが叫ぶ。
「アルパチアには申し訳ないが、アーケームを開放する」
続けてムーンが呟く。
「敵船隊を......全て沈めることにする」
アーケームからにじみ出ていたオーラが変化した。
そのオーラは膨れ上がり、アーケームのほぼ全てを覆い隠して見えなくする。かろうじて見えているのは足先と頭部の先端だけ......。
まるで......炎の中にいるアーケームが、そのオーラに同化して燃えているようだった。
「キイィァァァァァァァァァァァァァーーー!!!」
怪獣のような声が空域全体に響く。アキトのパラムスと戦った先ほどよりも、さらに大きな鳴き声だった。
「キイィァァァァァァァァァァァァァーーー!!!」
アーケームは、炎のオーラに包まれたままの状態で、一気に飛び出した。
その向かう方向はアルパチア船隊。
だが、それを見ていた者たちがいる。
「レイカー! 追うぞ! あの勢いだと......アルパチア船隊に突入する。考えたくもないが......」
「あぁ......あの機人は化け物だ。闘ったからわかる......。戦術的な状況でさえも、変えられるほどの馬鹿げた力だ」
レイカーも十分理解していた。
「追うぞ!」
「あぁ!」
右手から、アルパチア船隊へ真っ直ぐ突入しようとする赤い機人......。それが聞かされたアーケームであることが直感でわかった。
その姿は、王都で出会ったあの女性機士を、そのまま連想させられるフォルム。まさに、あの人が駆るに相応しい機体......。そのアーケームが、目の前を通り過ぎようとしている。
「ダメだ!」
ケリーさんが叫ぶ。
「ダメって?」
わたしは聞く。
「あのアーケームは普通じゃない!」
「普通じゃない?」
さらに、ケリーさんに問い返す。
「僕も見るのは初めてですが......。あのオーラの姿は......たぶん開放状態です」
「開放状態?」
「以前、師に聞いたことがあります。機人と機士が......一定の状態から限界を突破した現象です。もちろん全ての機人に起ることではありません。ですが、開放時の力は数個船隊に匹敵します」
「数個船隊って、じゃぁ......」
「はい。あの状態のアーケーム一体で、アルパチア船隊を壊滅させることも不可能ではないのです。これは......誇張ではありません」
「なんとか......ならない?」
ケリーさんは、わたしの問いに思案する。
「そんな......。でも、さやかさんのオーラ量なら......」(ボソッ)
「なに?」
わたしは問い返す......。
ケリーさんがわたしを見る。
「さやかさんの特別なオーラなら、アーケームの開放状態に、なんらかのストップをかけられるかもしれません......。あくまでも可能性ですが......」
「可能性......」
わたしは、眼を大きく開いてアーケームの方を見た。
アーケームの後方を追う機人が2体いる。一体はアキトさんのパラムスだ......。
ーーー俺は……君をここで失うわけにはいかないんだーーー
アキトさんの言葉が頭に響いた......。
(でも......それはわたしだって同じこと! それに......)
わたしは決意する。
(夢の世界ならなんだってできる!)
「ケリーさん!」
「はい」
「行ってっ! 早く!」
ケリーさんが「えっ?」って表情をする。
「急いで!!!」
わたしは、もう一度強く叫ぶ。
「はいっ! 機関、全速!」
アロンゾの速度が上がる。わたしは、機関部に向かってオーラを強く放つ!
アーケームに向かってアロンゾは前進した。
アルパチア船隊は、近づくアーケームにまだ気づいていない。
その船隊の側面にアーケームが突っ込んだ。
赤い機人が、手に持つソードを振り下ろす。ソードの先端は、船に届いているようには見えないのに、ソードから伸びているオーラの光一閃で、巡洋船が真っ二つにされた。
「まじか!!!」
距離が近くなったせいか、アキトさんの声がスピーカーから聞こえる。
続いて、赤い機人の近くにいたオハジキ2機が、纏めてアーケームに弾かれた。弾かれたオハジキも側にいたパラムスに衝突。その状態のまま、3機一緒にアーケームのソードに切断される。
「ここにいる不幸を呪うがいいさ! 全ては、このあたしと赤龍のせいだと!」
スピーカーから響く、女性機士の声。
「ケリー! 先に行く、あいつを止めないと!」
「アキト!」
続けて、アキトさんとレイカーさんの声も聞こえる。
「もう視近です!」
総舵手のアンナマリーが叫ぶ。
「構いません! あの龍に突っ込んで!」
わたしはそう叫んだ。
実際に赤い機人は『赤い龍』に見えたのだ。
眼の前の『龍』に向かってオーラを放つ。同時に、アロンゾ前方の隔壁に対してもシールドを展開する。間違いなく、今までで最高出力のオーラを展開した。
アロンゾの正面からアーケームにぶつかる。アロンゾに伝わる凄まじいほどの衝撃。張り巡らしたオーラから伝わる、隔壁がへし曲がる感覚。飛ばされる装甲板......。
それでもわたしは、オーラを放出し続けた。
「この船はなんだ! あたしの邪魔を!」
「あの女の人」の声が、頭の中で大きく響く。
ブリッジの中だったが、アーケームの頭部と眼が合った。
わたしは「この人」を睨みつける。
「そうか......だからあたしはあのとき、あんたと殺したいと感じたんだね......」
(......なんだろう。この儚げな声は......。いまのこの人は......)
「キイィァァァァァァァァァァァァァーーー!!!」
怪獣の叫び声が聞こえる......。
(あぁ......この人のオーラを通じて何かが流れて込んでくる......)
「キイィァァァァァァァァァァァァァーーー!!!」
ーーー「女よ! わたしを駆るなら、貴様は龍の子を孕むことになる。そのためには、多くの命が必要だ。その覚悟があるならわたしに乗るがいい」---
(なに? わたしの頭の中のこの映像は? この声は......この機人なの......。あぁ......)
「キイィァァァァァァァァァァァァァーーー!!!」
(わたしは......。目の前が......光に......)
「ギイィァァァァァァァァァァァァァーーー!!!」
「らぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「!!!」
聞こえてきたアキトさんの掛け声と、パラムスの鳴き声とともに、パラムスがアーケームに突っ込んだ。
その衝撃に目が覚める。
「さやかぁぁぁぁ!!!」
「ギイィァァァァァァァァァァァァーーー!!!」
わたしのオーラがアーケームに......。さらに、後方から突っ込んだアキトさんのオーラがアーケームに合わさる。
「やらせるかぁぁぁ!!!」
「ギイィァァァァァァァァァァァァーーー!!!」
アキトさんのパラムスが、アーケームに衝突した衝撃によって、アーケームはアロンゾから離された。
2体の機人は一緒になって離れたが、アーケームはパラムスに蹴りを入れて自身から遠ざける。
「どいつもこいつも......いい加減にっ!」
ムーンが叫ぶ。
だが、そのときになってやっと気づく......。
「「「............」」」
ムーンのアーケームと、アキトのパラムスからオーラが萎んでいく。
「アキト!」
レイカーのパラムスが追い付いてきた。立ち止まって周囲を見渡している。
先ほどまで、シャンタウ空域で行われていた砲撃が止んでいた。
あまりのことに、ムーンはあっけにとられる......。
「どうしたレレン! いったい、どういうことだい!」
ムーンが問いただす。
「お嬢......」
スピーカーから、レレン・ボケンの返事が返ってくる。
「シャルメチア王と第一王子。連名での命令です......」
「連名での命令だって? まさか......」
ムーンが聞き返す。
「停戦の指示です。直ちに戦闘を停止せよと......」
第一王子とは、シャルメチア王都アルケアに駐留しているアラゴの第一王子のことだ。
「どういうことだい? まさか、あいつがまたあたしの邪魔を! そうならっ」
「違います。お嬢!」
ムーンは動こうとしたが、レレンの声に立ち止まる。
「どうやら......アルパチアの別動隊が王都アルケアを奇襲。シャルメチア王と王子が押さえられたようです。さすがに......このお二方を......特に第一王子を犠牲にはできません」
レレン・ボケンは、口惜しそうに言う。
「......誰だい。いったいそんなことをできる奴は......」
ムーンが口にする。
「待ってください。今、続けて通信が入りました」
「............」
しばらくして、再びレレンが答える。
「お嬢。わかりました......。雪機士ザッシュ・マインが『白い機人』で.....しかも、単機で行ったことだと......」
「!!!」
「なんだって! ザッシュ・マイン.......。そいつはここに......」
ムーンの声が途中で止まる。
「そうかい......。ハッハッハッ! クソっ.....」
ムーンが突然笑い。手のひらを顔に当てる。手のひらで眼は隠れていたが、口には悔しさがにじみ出ている。
「そうかい......そういうことかい......。最初から......ここにはいなかったんだねぇ......。まったく、このあたしがしてやられたよ......」
アーケームは、手にもつソードを腰の鞘に戻した。
「終わりだよ。撤退する」
ムーンはそう言うと、自分の船へ戻って行く......。
その姿は、まさに威風堂々。この戦場にいる全ての人間の心に、その存在感と恐ろしさを深く刻み込んだ赤い機人......。その後を2機のカジスタが追って行く。
「どういうこと? 戦闘が......」
わたしは声に出した。
空域にいる軍船全てが、戦闘を停止していた。
「ザザッ......ザザッ......」
スピーカーから声が聞こえる。
「先ほど、シャルメチア・アラゴ連合軍から停戦の申し入れがあり、我が軍はそれを受諾した! 地上軍も直ちに戦闘を停止せよ!」
この瞬間......ブリッジの乗務員たちから歓声が挙がる。
わたしも、席のシートベルトを外して立ち上がると、アンナマリーさんに抱き着かれた。
「パリンッ!」
その瞬間、何か弾ける音がした。そして下へ何かが落ちる。
落ちた何かを見ると、それはわたしの左腕に付いていた金属製のブレスレットだった。
ブレスレットは中央から割れており、付いていた赤い宝石も弾けてなくなっている......。
「それ......わたしが抱き付いたから......」
アンナマリーさんが、心配したように慌てて聞いてきた。
わたしは微笑む。
「......ううん。違うの......。たぶんもう......役目を終えたんだよ......」
「ガクン......」
何かがアロンゾの中に降りたった。そんな軽い感じの振動を感じる。この振動は......。
「さやかさん。先に行ってください。僕は船の被害状況を確認してから向かいますから」
ケリーさんがわたしに告げる。
「はい!」
わたしは、急いでブリッジを出てハンガーへ向かう。
外に面する通路へ出て驚いた。アロンゾの隔壁がいたる所で損傷している。フレームは曲がり、装甲板は弾け飛び、さっきまでの激戦を彷彿とさせる跡が見て取れた。
わたしはハンガーに入る。中には戻ってきたばかりのパラムスが停止していた。
パラムスはこの駆逐船と同じで、いたるところの装甲は傷だらけで、すでに取れている部分もある。ソードの刀身も根元からなくなっていた。
パラムス胸部のハッチが開く。
中からアキトさんの顔が見えた。
操縦席から降りてくるアキトさんへ向かってわたしは走り寄る。
アキトさんは、わたしを見て安心したように微笑んだ。
わたしの眼には涙がにじむ......。ぶつかるように、彼の胸へ飛び込んだ......。
(つづく)
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