ドリーム名鑑 赤い機人と原子力教団 58.終わりの跡


 さやかと一緒に、アロンゾのブリッジに入った。

「お帰りなさい隊長......。お疲れ様でした」

 ケリーが、ブリッジに入って来た、俺とさやかを見てそう口にする。

「さやかから聞いた。船長と副船長は......残念だった......。それにしても、お前こそ大変だったな」

 まさか、ケリーが船の指揮をするとは思ってもいなかった。

「いえ......。皆が協力してくれましたから。それに......さやかさんがいなければできないことでした」

「そうか......。って、ケリー......。お前には今回のことで、色々と聞きたいことがある」

 こんな状況でも、俺はケリーに詰め寄る。

 さやかから聞いたアロンゾの策もありえないが......。

「ケリー。お前......まさかとは思うが......もしかして、ザッシュ副団長の策を知っていたんじゃないのか?」

 副団長の策は、会議に出ていた者以外は知らないはずだ。だが、ケリーと副団長との関係は薄々とはいえ感じていた。

 俺の問いかけを聞いて、ケリーはいつもの癖である、手と首を同時に振る動作をするが、俺は強引にケリーの顔を掴み動きを止める。

「あがっ! たいひょう.....」

「あっ、アキトさん。そんなカールゴッチばりに、アイアンクローを決めないであげてください! いくらなんでもあんまりです」

 さやかの言葉に、俺はケリーの顔から手を離す。

(カールゴッチって誰だ?)

 ケリーは、観念したかのように口に出す。

「わかりました......お話します。ですが、今は状況の整理が先ですので、落ち着くまで待ってください」

(そうだった......。今こいつは臨時の船長だった。正直、今の俺より忙しい)

「すまん....」

 俺は、素直にケリーに謝った。

「ええと、それでですね......。一つ......お願いというか、要請があります」

「ん? 要請? なんだ、俺にできることならなんでもするが......」

(ケリーからお願いとは珍しい......)

「助かります。この戦いの被害は甚大です。シャクティ機士団も3割が戦闘不能。特に酷いのはタイシャク騎士団です。旗船及び、駆逐船が4隻沈んでいます。我がダルマ機士団でも旗船が小破。カモン・アーセナー隊の駆逐船1隻が撃沈され、中破1隻、小破が3隻です」

 ケリーが一気に報告する。

「ゲセロ隊長も討たれたしな......」

 俺はアーケームに切断されたパラムスを思い浮かべる......。

「カモン隊長も戦死したそうです......。先ほど連絡がありました......」

 ケリーが言う。

「このアロンゾも、今はなんとか飛べていますが、出力機関に無理をさせたせいもあり、王都まではもちません。アームもありませんからオハジキのを係留けいりゅうすることもできません」

 俺は、ブリッジの中をあらためて見る。攻撃の跡が......酷い惨状だった。

「そうだな......」

「ビクッ!」(無理させた犯人)

 隣にいたさやかが動いた。見るとなんだか申し訳なさそうな顔をしている......。

「そこで......どこか途中で、船の修理をする必要があります」

 ケリーが俺に告げる。

「あっ......」

 俺は声を挙げた。

「途中というと......まさか......」

 ケリーが微笑む。

「はい。そうです。アキト隊長のご実家であるブルハーン領です。あそこならここから近いですし、設備もあります。なので......」

 ケリーは、俺を下から覗き込むように見る。

「俺に......オヤジと話しをつけろと......」

「はい......この状況ですし、近い領からの早いものがちになりますので.....」

 それはそうだ。地上部隊だって集まるだろう。

「......わかったよ。確かにその方が話がスムーズだな。直ちに向かってくれ。団長には俺から話しをしとく。うちのオハジキ2機は領内までもちそうか?」

 ジャマールとライマが気になった。

「大丈夫です。すでにブルハーン領へ向かうよう、先に伝えてあります」

 俺はジト目でケリーを見る。

(......こいつ、最初からそのつもりだったな......)

 俺以外の家族で、この会戦に参加しているのは、すぐ上の兄一人だけだった。その兄はシャクティ機士団旗船の航空士として乗船していたので生きてはいるだろう。ちなみに、俺は三男坊だから上にもう一人兄がいる。

「さーて。久しぶりにオヤジの顔でも拝みにいくか」

「くすっ」

 後ろで、さやかの笑う声がした。

 団長へ連絡を取ったら、ブルハーン領には、ダルマ機士団内でも、飛行に耐えられない船だけが行くことになった。到着するまでの間、アロンゾのハンガー内で、俺たちはケリーからいままでの経緯いきさつを聞くことになった。

 ケリーは話し出す。

「元々、今回の会戦において、裏の作戦案を考えたのは、アキト隊長が知ってるとおりザッシュ副団長です」

「それは、隊長会議のときに本人から聞いたが、一番皆が気になったのは手段だ。どうやったらこの短時間で敵王都を奇襲できる? 団長からは機密の一言で、あの場では教えてもらえなかったが......」

 会議の席で皆が感じたのは、策よりも、その実行性の問題。現実的には到底不可能な策だったからだ。足の速いスペイゼや機人でも間に合うわけがない。飛行船でも同じだろう。補給だって必要だ。

「普通ならできないでしょう」

 ケリーの口調は落ち着いていた。俺はなんだか恥ずかしくなる。

「でも......アキト隊長はアーケームと戦いましたよね」

 ケリーが突然『アーケーム』の名前を出した。

「ちょっと待って、ケリーさん。なぜ......あの赤い機人が出てくるの?」

 黙って聞いていたさやかも口を挟んだ。

「もし......アーケームだったらザッシュ副団長の作戦案を行うことは可能ですか?」

(......ケリーは、なにを言っている......)

「それは......なんとも言えん。あの機人は、なにもかもが特殊過ぎる......。できないとは言えない......。それくらい、アーケームと「あのお姫さん」は特別だった」

 俺は、正直な思いを口にした。

「安心しました。いつもは言い切るアキト隊長でも、そんな言いづらそうになるのですね」

「それは......」

「わたしにだってわかります。あの「龍と人」は特別です」

 さやかもそう言った。さやかとお姫さんの間で、なにがあったのかはわからない。「何か」があったのだろう......。

「そうです。『狂い姫』もですが、あの『赤龍』。アラゴのアーケームだけは別格です。そして、あのアーケームに匹敵する機人が、このアルパチアにも存在します。ザッシュ副団長は、それに乗って敵王都アルケアに奇襲をかけたのです......」

「「!!!」」

「おい、ちょっとまて! いったいなにを......」

「アキトさん。落ち着いて、ケリーさんが話してくれるから」

 さやかが「待て」の手を出し俺を止める。(俺は犬か......)

(.......あのアーケームに匹敵する機人? そんなものが......)

「順を追って説明します」

 ケリーは、変わらず落ち着いた口調だ。

「あぁ......すまん」

「わが師ゲルマリック・プレイルは、アラゴでアーケームを制作した後に帝国を追われました。その理由はアーケームをあつかえる機士がいなかったせいです」

「いなかった? でも、今は『あの人』が乗っているのよね?」

 さやかが言う。

「そうです。反対に言えば、あの『狂い姫』が現れるまでは、誰にも扱えませんでした」

「......あぁ.....なるほど、そういう意味ですか......」

 さやかは理解したようだった。

「わが師は、その後アルパチアに流れてきましたが、そこで、今のアルパチア王の知己を得て王国のサージア長になるのです。とは言え、パラムスの強化を行うくらいで、それほど熱心に活動したわけではありません。ですが......あるときザッシュ副団長が......。当時はまだ一回の機士でしたが、どこからかオーラ核を持ってきました」

「オーラ核......」

 オーラ核とは、機人を制作する上での最重要素材。機人の制御を行うために必要な物だ。この世界に存在する生きとし生けるものが、生命を閉じるときにまれに現れる。たいへん貴重な核となる素材だった。

「わが師は、ザッシュ・マインが持ってきたオーラ核を見て狂喜しました。それほどに、そのオーラ核は師の制作意欲をき立たせるものだったのです」

「なるほど......。ではその機人が......」

「ですが、制作途中で師が亡くなります」

 俺の言葉をケリーがさえぎった。

「高齢だったのもありますが、制作作業に体力を奪われたのでしょう......」

「それでは完成できないはずじゃ......」

 俺はそう言った。

「でも、それをケリーさんが完成させたのね?」

 さやかが言う。

「なんだと......。それは......本当かケリー?」

 ケリーは、さやかを見て微笑んだ。さやかを見る目には、ケリーに対しての信頼感が感じ取れる。

「......さやかさんにはわかるんですね......。そうです。僕が制作を師から受け継いで完成させました。この事を知っているのは、王と団長、副団長。あと、もう一人だけです」

「ん? まさか『蛇道』を壊したのって......」

 さやかが、思い出したかのようにケリーに聞いた。

「ははは。さやかさんは感が良いですね。そうです。その機人のテストのときでした」

「そうか......。副団長は、その機人で奇襲を成功させたんだな」

 俺は聞く。

「そうなります。本当に、よく成し遂げてくれました」

 ケリーの顔を見て俺は気づく、落ち着いた口調や感じ取れる姿勢は、何かを成し遂げた男の顔つきだった。

「その機人って、アーケームみたいに赤いの?」

 さやかが何気にケリーに聞いた。
 
「まさか」

 ケリーは手首と首を同時に振る。

「逆に真っ白な機人です。とても綺麗な姿をしています」

「その機人の名は?」

 俺が聞く。

「『シルミーム』......。師が名付けたのですがね......。

「白い機人シルミームか......。まさに、ザッシュ副団長が駆るに相応しい機人だな......」

「はい。でも、副団長は違う名で呼んでいましたね。なんでもオーラ核が『人』だったようで......」

人核ひとかくか......それは......珍しいな」

 一般的に人が核の場合、自我が強いせいか、調整が難しくなるからだ。

「人間がオーラ核の機体なのですね......。副団長さんは、なんて?」

 さやかが聞く。

 ケリーが、思い出すような表情になった。

「確か......『クローヨシツネ』とか言ってましたね」

「『ヨシツネ』? なんか......呼びづらい名だな」

「そうですね。僕もそう思います」

「ん? どうしたさやか?」

「............」

 さやかが、一瞬思い立ったような顔つきになった。

「うん......。なんでも......ありません」

 さやかが表情を元に戻す。

「あっ、ブルハーン領へ着いたようです」

 ケリーがそう言った。

 俺は外の様子を見る。

 外には、懐かしい風景が見えた。

 俺はさやかを見る。

 さやかも俺を見返す。

 その眼が......とても愛おしく感じた......。

(つづく)

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