ドリーム名鑑 赤い機人と原子力教団 第四部.鏡面の裏 49.はじまりの前
駆逐船アロンゾの中。機士用の狭い個室で目を覚ました。居住空間の狭い駆逐船で、畳二畳ほどの空間と言えども、個室を使えるのは船長と機士の二人だけだ。船の指揮をする船長はもちろんだが、最大戦力である機人を駆る機士は、あらゆる面で優遇されている。
俺は、ベッドから起き上がり、右手を額に当ててため息をつく……。
さやかの世界でのことを思い出していた。
教団本部への強制捜査。最初に現れたトモーラと、テレビ画面から見た原子炉事故。
続いて出現した神官と見られる女性と、その圧倒的な力。
トモーラに排除された女性神官。
そして......原子力エネルギーの消滅と、代田さんがその際に起こしたオーラの光……。
結局のところ……なぜああなったのか……。肝心のことは不明なままだ。
将人さんが、病室から出ていった後の記憶がない。さやかの前で寝てしまい、消えてしまったとしか考えられなかった……。
次に……さやかに会えるとしたら、この会戦が終結した後だろう。
生きて帰れればの話しだが……。
「なさけない……さやかに対して、なんの言葉もかけることができなかった……」
悔しさを感じながら狭い個室を出ると、目の前に広がっていた天空が視界に入った。
すでに、太陽が現れはじめているので周囲は明るい。
身体で感じられる巡航速度。向こうの方に、同じ船団の駆逐船が見えた。
船体外側に面している通路を進むと、アロンゾの胴体部から外側に伸びているアームが見える。その先端には、ぶら下がるようにオハジキが係留されていた。
そのままハンガーへ入ると、すでに動いている整備員が数人見える。
「あっ!」
その声のした方向に顔を向けるとジャマールがいた。
「どうしたジャマール、その俺を見て気まずそうな声は?」
「えっと……」
ジャマールが俺から目を離し、知らないふりをするように何処かに行こうとした。
俺は、右手を伸ばしジャマールの襟ぐりを掴む。
「なんだ、その行動は?」
「なんでもな……いで……」
「ジャマールさ~ん! 追加でお願いした緑ロンブリーグリスは持ってきて……」
俺は、その聞こえた声の方向に、素早く顔を向けた。
「くれま……」
彼女が俺に気づく。
「えっと……おはよう……ございます……」
「「…………」」
そこにはさやかがいた。俺を見たさやかは目線をそらし、気まずそうな顔つきになる。
俺は、さやかの方に勢いよく近づく。
近づくにつれ、さやかの表情が、怯える顔つきになる。
「ご……ごめんなさ……い……。えっ?」
俺は両腕で、さやかを抱きしめていた。
「「............」」
本当に俺は大馬鹿だ。なにがさやかを守るだ。さやかはいつも自分自身で動き、困難を乗り越えている。行き当たりばったりの俺とは違う......。
(それなのに……。なのに……ん? なのに???)
抱きしめた両腕を、さやかから離す。
「ちょっと待て、なんでさやかがここにいる? 確か……基地で別れたはず……だよな?」
俺がそう言うと、さやかはなんだか気まずそうに顔をそむけた。
「…………」
「昨夜、隊長が休んでから到着したんですよ」
その声のした方向を見る。ケリーだった。
「やってきた? いったいどうやって?」
俺は、自分の顔をさやかのそむけた顔の正面にもって行き、覗き見る。
「説明してもらおうか……」
「ええっと……はい…....ハァ~」
さやかは、諦めたようにため息をつく。
「実は昨夜、基地でアキトさんたちを見送ったあとに、ナギサさんに声を掛けられました」
「ん? ナギサ? ナギサって、ナギサ・ベイクか? ザッシュ副団長の従者の?」
「はい。そうみたいです。その後、ナギサさんのオハジキに乗せてもらいアロンゾまで送っていただきました」
「……なんで……そうなった……」
俺はそう口に出す。
「アロンゾに到着したら、すでにアキトさんはお休みになっていて……そのまま……」
......困った……。俺は右手を額に当てながら考える。今さら引き返すことなどできない。オハジキに乗せて何処か下にある村にでも……。いや、戦時下の今、それはそれで危険だ。
「っていうか、なんでこうなる」
再び俺が口にだすと、目の先にはケリーがいた。
「おい、ケリー」
俺はケリーに近づく。
ケリーは、いつもの癖である手を上に挙げて、首と一緒に振る動作をする。
だが、俺はケリーの顔を右手でロック。その動作を強引に止める。
「いったい、どういうことだ! そんな丁度よくナギサがいるわけがない。お前......副団長にさやかのことも話したな。なぜだ!」
俺の凄まじい勢いに、ハンガーの中にいる連中は凍りつく。
しかし、ケリーの顔つきは堂々として、こちらを睨み返している。
「さやかさんの力が必要だと思ったからです」
「なんだと……だとしても、さやかを危険にさらしていい理由にはならんだろう!」
「そのことは......純粋に申し訳ないと感じています」
ケリーが臆せず言い返す。
「だったら!」
ケリーの表情は変わらない。
「僕の……感情ではどうしようもできない部分……。整備士として……いえ、サージアとしての技術的な探求心。それと……」
「待てよ! サージアとしての探求心だと……。そもそもお前はまだ、サージアとして認められてはいないだろう!」
俺は、怒りに我を忘れて、ケリーの言葉を遮った。
サージアとして認められるためには、少なくとも正式に数名のサージア。またはそれに近い地位を持つ者の推薦が必要だった。
「冷静に考えました。この戦いに勝利するためには、さやかさんの力がどうしても必要です」
「わからん! パラムスを強化するだけで、この戦いに勝てるとでもいうのか?」
「違います」
ケリーが言う。
「では、なんだ!」
ケリーは、俺の眼を正面から見ている。
「この会戦に......勝利するためです」
「……な……なんだと……。この会戦にだと……。お前はいったいなにを……」
俺は思い当たる。
(そうか、副団長の策って、そもそも……)
そう思ったとき、俺の腕を誰かが掴んだ。
さやかだった……。
「アキトさん……。ケリーさんのせいではないの……」
さやかは、俺に訴えるように話し出す。
「これはわたしの意思です。アキトさんは、わたしを助けてくれた。力になってくれた。わたしも……アキトさんを助けたいのです。そして……わたしには、この戦いで行えることがある」
「やれること……」
俺は、さやかの言った言葉を口にする。
「出来ることから目を背けてはいけないでしょう? 確信は持てないけど……もう一人……。わたしを助けてくれた人は、出来ることから逃げなかったであろうあの人は……。あの人のように……わたしは行動したいんです」
「!!!」
ーーー構わない。念のための連絡先だ。これ以上は聞かないーーー
その人の声と顔が頭に浮かんだ。実際に会った時間や、話したことは多くない。でも……あの原子炉でのオーラの光は、到底忘れられるものじゃなかった。
「だから……お願いします」
さやかの訴えるような表情を見た。その眼には揺るぎない信念が見える。今の俺にはそれを拒絶できるほどの何かを持ちえない……。
「……わかった……」
俺は、自分の不甲斐なさを嚙み締めるように答えた。
「ありがとう……アキトさん」
「ケリー」
俺はケリーの方を向く。
「この戦いが終わったら、全部話してもらうぞ」
ケリーを睨みつけるように言い放つ。
「はい。わかりました」
ハンガー内の空気が和らぐ。
「それでは、さやかさん。パラムス強化の続きをしましょう」
ケリーが、さやかに話しかける。
「はい♪」
さやかの楽しそうなその声に、なぜか俺の背筋が寒くなった。
それから俺は朝食を取った。さやかは、すでに食事を済ませていたようで、ジャマールと一緒に食べる。
戦時とはいえ、基地を出たばかり。野菜とハム、チーズが挟まったパン。それとトマトのスープと、十分ましなものだった。
「隊長にしては怒り過ぎ……。さやかが気になるのはしょうがないにしてもさ、彼女同伴の戦場なんて贅沢するでしょ。イチャついて抱き着いてるし……」
俺は、ジャマールの頭をひっぱたいた。強く叩いたわけではないので、ジャマールは気にしない。そのまま頭をクシャクシャにしてやった。
それにしても、こいつ……いつのまにか、さやかを呼び捨てにしているな……。
「隊長。俺悔しいっす」
突然、ジャマールが口に出した。
「なにがだ?」
俺は、口にパンを放り込みながらそう言った。
「俺……昨日の夜にさやかを乗せてきたオハジキで、あいつ……ナギサを見たんすけど……。今の俺じゃあいつに勝てないです」
「どうしてわかる?」
ジャマールとナギサは同い年で同期。オハジキの乗務員になったのも同じ時期。だが、先にナギザに目をつけたのはザッシュ副団長だった。
「あいつのかもし出すオーラは、もうスペイゼ乗りでおさまるもんじゃなかったです。隊長は、知ってましたよね……」
「あぁ……すまん。俺の力不足だ」
オーラは、ある一定量以上になり、質が変われば感じ取れる。
俺は副団長と違って、正直人に教えるのが上手くない。その差が二人の差となったのだろう。とは言え、あくまでもナギザと比べたらだ。他のスペイゼ乗りと比べたら、十分ジャマールも優秀だった。
ジャマールの悔しさは、生まれながらの差もあるだろう。ナギザは中級貴族。ジャマールは平民の出身だ。一般的に生まれ持ったオーラの量や質は、貴族の方が勝っている。そのため、生まれ持ったオーラの差は無視できない。
「お前の目標はレイカーだろう。あいつの背中を追いかけろ」
「はい……」
貴族である「俺の背中」とは言えなかった。
ハンガーに戻ると、さやかがなにやらブツブツ言っていた。
「どうした?」
「あっ、アキトさん。なんだか……素材がが足りないというか……」
「なに! それは大変だ。使用する量が不足してるのか?」
俺の大げさな様子を見て、さやかは両手を振る。
「あっ、いや。そう言う意味ではないです」
俺は「?」のような顔をする。
「ここで使用する分は十分足りてる感じなのですが……。そもそも今まで私が処理した素材って、もっと量が多かった気がするんですよね……」
「ん?」
(それは……。ケリーのやつ......)
そう悟った瞬間、身体が軽く揺れる。全体から感じていた空気の圧力が変化した。アロンゾが速度を落としたようだった。
「もうすぐ、シャンテウ平原上空に到着するな……」
さやかの顔をよく見た。
数時間後に、会戦が始まる……。
(つづく)
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